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「ヴィオラちゃん逃げて!!」

 水盆に向けて大声で叫ぶが、水面に映る彼らは無反応。

 当たり前だ、水晶での通信は途切れているし、彼らのいる時間軸ではまだ起こってもいないことなのだから。



 レイフが今見たヴィジョンは、ミーシャが肉切り包丁でアリスを刺そうとし、それを庇ったヴィオラの腹に包丁が突き立てられる未来。




 千里眼の魔術師の名は、伊達じゃない。

 面倒なので、監視システムを構築した功績による二つ名のように装ってはいるが、レイフは本当に魔術で言うところの”千里眼”を持っている。


 過去・未来・現在を見通す神秘の目。

 だが、未来は大勢の人間が関わると不確定になり、見通すことは難しい。物理的な距離や、時間が離れていれば離れている程、その精度は下がる。

 魔術書などに書かれているもの程、便利なものではないのだ。


 だが、今見たヴィジョンはこのすぐ後に起こる出来事だった。

 つまり確定した未来。


 このままではヴィオラは、腹を貫かれて死んでしまう。


「大変だ!」

 がたん、と大きな音をたてて立ち上がったレイフは、外へと続く扉に手を掛けて、固まる。扉の取っ手を掴む手が、震えた。





 レイフは、今は好きで閉じこもっているけれど、昔からそうだったわけではない。





 監視するだけならば、水盆や未来視で見たものを衛兵に連絡して、後は任せてしまえばいいものを、相棒の人材不足に困りつつも、些細なトラブルの芽を見つけては摘んできたのは、ひとえにレイフが人間を好きだからだ。

 放っておけない、からだ。


 だが、人は、千里眼がいつでも未来を覗き見れるような便利なものではないと知ると罵り、レイフが簡単には死ねないバケモノだと知ると、またそれによって迫害した。


 それでもヴィジョンは彼の望みとは関係なく頻繁に、そして気まぐれに未来を見せつけてくる。

 それを人に伝えなければ、人でなしと言われ、彼らに都合の悪い未来を見れば、覗き魔と非難された。


 気の狂いそうな扱いを受け、レイフは塔に閉じ籠ることにしたのだ。

 少なくともこれで、彼が何を見たとしても誰も気付かない。


 代わりに技術を用いて監視システムを構築し、それと引き換えにレイフは静かな生活を手に入れた。


 それでも、見えてしまう不幸な未来を変える為に、ささやかな活動を行っていた時に、彼の前に天使が現れたのだ。


 ヴィオラ。

 死ねないレイフを殺しに来た、彼の殺戮天使。


「…………これ言うとヴィオラちゃん、怒るんだよなぁ」

 そこで、ふっ、とレイフは肩から力を抜いて笑う。額には脂汗が浮いていた。

 取っ手を掴む手は震え、足は逃げ出したくてたまらない。めちゃくちゃビビってる。


 正直、外に出るのは怖い。

 世界はレイフに冷たい。

 レイフをまだ知らない人達がレイフを知って、期待に目を輝かせた後に失望し、やがて嫌悪の表情を浮かべていくのを何度も何度も見て来た。


 言葉や表情だけじゃない。時には暴力で従わせようとしてきた者もいる。簡単に死ねないレイフは、拷問しても死なないからだ。


「うーん、でも僕、まだヴィオラちゃんに言えてないことあるしなぁ……ここは頑張らないとだよねぇ……」

 震える足を叩いて、取っ手を握る手に力を入れる。


 あの時助けてもらったから、今度はレイフがヴィオラを助ける番だ。


 金の魔術の光がレイフの体から僅かに零れだす。

 魔術的干渉を受けないように造られた塔から出た彼は、大急ぎで魔術を構築し始めた。




 一方、気絶したクリストファーが運び出された後の小広間では、先程レイフが見たままの光景が展開されていた。

 ガシャン!と音をたてて大量の皿や銀器が床に落ち、料理人がローストビーフを切り分けていた長い肉切り包丁を、ミーシャが両手で掴んで立っている。


「ミーシャ!」

 アリスが驚いて声を上げると、ギラリとしたミーシャの目が姉を見遣った。

「あんたさえ……あんたさえいなけりゃ、上手くいったのに……!」

 よろよろとミーシャは包丁を構えて、アリスに近づく。

 ヴィオラはいつの間にか離れてしまっていたアリスの立ち位置に驚き、エドワードの手を振り切って駆けだした。

 アリスは聖女だ。失うわけにはいかない。


 だが、ミーシャは驚くべき瞬発力でアリスに駆け寄り包丁を振りかぶる。その動きは熟練の暗殺者であるヴィオラさえも驚かせるものがあり、尋常ではないことだけは、よく分かった。

 アリスを逃がし、ミーシャを取り押さえる時間はない、とにかく姉妹の間に体を入れると、ヴィオラは衝撃に備えて体を固くした。



 どっ、という鈍い音がしたが、ヴィオラに痛みはない。



 彼女は敵から目を背けるようなことはしなかった為、その前で何が起こったのかをしっかりと見ていた。


 見ていてなお、信じられなかった。



 金の魔術の残滓が、辺りに漂う。

 ミーシャとアリスの間に入ったヴィオラ。更にその間、ミーシャの持つ凶刃からヴィオラを守るように立ちふさがったのは、移動魔術を使ってその場に割り込んだレイフだった。


 あれほど、ヴィオラが外に出るように言っても、塔から出てこなかった、引き籠りの魔法使い。



「レイフ!!」




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