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最初に見えたのは空であった。青く透き通り、輝く太陽を抱きながら、白い雲が流れている空。疑う事無く、だが余りに想像通りである為、嫌が応でも疑いたくなる空だ。
そうして、その空の中を、一本の線が貫いている。
線は、塔であった。巨大な、余りに巨大な塔。空へ至る様に、空を貫く様に、その空を超え、空の向こう、未だ見知らぬ、しかし妙に覚えの無くも無い地へと誘う様に、一切の歪みも傾きも無く、真っ直ぐに伸びている。彼方此方から覗ける隙間からは、二つの金属が絡み合い、噛み付き合う音が毀れると共に、細長い蒸気が時折立ち登っている。
そこにどの様な意味が込められているのか、マリアにはさっぱり見当が付かなかった。成る程、凄い建物だとは思うけれど、一体何に使うのやら、何を目的としているのやら。記念碑の類とも考えたが、その割には装飾に乏しい。にも関わらず、何らかの趣向が感じられるのだから、腹立たしい所だ。古い、古い趣向だ。彼女には思いも付かない様な。
しかしマリアが思いも付かなかったのは、彼女の所為ばかりでは無く、どちらかと言えば、現在彼女が迎えている環境によるものの所が大きい。何せ宙ぶらりんなのだ。脚が付いて居らず、今まで感じた事の無い感覚が全身を貫いている。名も知らぬ建造物など、二の次だ。問題は彼女自身の事で、他の事柄にまで心煩っている余裕など無いのである。
マリアは足掻いた。足掻き、足掻き、足掻いて回った。この何とも言い難き浮遊感の中にあって、定まらぬ自分という存在が嫌で堪らなかったのだ。天と地を繋ぐ塔を目の前に、己がどうしようも無い程に、ちっぽけで、嫌な人間に思えてならなかったのである。
地。
自身が発した言葉に考えた及んだ時、マリアは、はっとして視線を落とした。
そこには彼女が脚を付けるべき大地があった。確かな、揺ぎ無い大地が
そうして大地には街が広がっている。直ぐ先にまで居た、生地では無いけれど、だが慣れ親しんで居なくも無い街にも似た家々の群れが、その間を直走る通りが、周囲を囲う円形の城壁が、何よりも行き交う人々の姿が、そこには見出された。中にはどうも薄気味悪い、何処かで見た様な黒衣の者達がたむろしているが、それでも人々は人々だ。
マリアは何だか嬉しくなった。
こんな半端な所で無い、自分の居るべき場所が眼下にあったのだから。
彼女は歓声と共に体を下へ向けると、両の手を広げた。そこに行かねばならないと思い、そう願った。塔を通じて天に居わす誰かにでも祈りが通じたのか、大地は明らかに近付いて行く。街の中へ、人々の元へと向けて、まっしぐらに。
やがて、という程の間も無く、マリアの願いは叶えられた。
彼女は彼女の望む大地へと到達した。
浮遊感は消えて無くなり、地に脚は付けられた。
そしてマリアは証として、拭い切れぬ赤い印をしかと残したのであった。