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「再〜登〜場〜」
可愛らしくも何とも舌足らずな声に鼓膜を揺さ振られ、はっとマリアが気付いた時には、既にその体の自由は奪われてしまった後であった。柔らかいシーツらしきものに寝かされてはいるが、その手足は手錠の様なものに繋がれ、視界は光一つ走らぬ暗闇によって覆われてしまっている。悲鳴を上げようとしたが無駄だった。口には何かが噛まされており、喉から出て来るのは、音にならぬくぐもった吐息ばかりである。どうにか抜け出そうと体を動かして、更に気が付いた。衣服が脱がされている。摩れる布地は、下着だけだ。
嫌な予感が悪寒となって背筋を迸る。
「にゅふふん、抵抗しても無駄ですよんだ」
それは耳元で囁かれた声で持って、益々に膨れ上がった。
彼女がその体で感じているのは肉体的、原始的な脅威だった。もっと単純に言ってしまえば、身の危険である。声の印象からすると、ずっと年若い少女の様だったけれど、マリアはその少女に酷い恐れを抱かされていたのだ。
勿論それは性的な理由によって。
「お久しぶりですからねぇ、じっくりこってりと愉しませて貰うのす、夕飯搾取の為ぇ」
少女は静かに離れると、彼女の周りを弾んだ調子で歩き出した。マリアは声と共に肌へと触れる視線に幾度も震えながら、何度も喉を奮わせる。何がどうしてこうなったかなんて全く理解出来ないし、理解したくも無い。シューレの事ももう頭から離れていた。ただ彼女は必死である。その、自らの身に今にも降り掛かって来そうな一つの罪、同姓の者と通じてしまうという罪から逃れる為に。
尤もその仕草は、少女にとって寧ろ潤滑油の様なものだったらしい。
声に更なる興味と関心を込めながら、彼女は続けた。
「可っ愛いですねぇ、見た目しっかりおばちゃんすけど。でも、別に、そんなの関係無いのす。えぇ、そりゃもう年齢だなんて、在ろうが無かろうがどうだってのです。良い歳したお爺ちゃんと幼女がくっ付いたって問題など無いのですよん、法的以外には」
そうして少女は再びマリアへ近付いて来ると、ぎしぎしとベッドを軋ませながら、その上へと覆い被さった。柔らかいが馴れ馴れしく、暖かいというよりも艶かしい肌使いが間近に感じられ、吹き掛けられる吐息が気持ち悪い。更に冷たい皮革の様なものに覆われた、しなやかに細い何かもまた、露となった肌に触れて、ぞっとさせてくれる。
それらの思いを、声のする方とは逆の耳より聞こえる振動音が、大いに助長した。
「ともあれおばちゃんは大人しくお縄に付いていればいいんのです、嗚呼、も、か」
当然の事ながら、マリアは首を横に振った。説明が欲しいとは言わない。ここに来てそんなもの、最早無意味だ。それから言った所でどうせ開放されるとも思えなかったから、それも望んではいなかった。残念な、頗る残念な事だったけれど。ただ仮令そうであっても、せめて真っ当な風に扱って欲しいとは考えていた。真っ当な、異性同士が行なう様な。
けれど当然の事ながら、それが受け入れられる事は無かった。
「はにぇ、何をそんなに嫌がって……あー、はいはい、解った解った、解りましたっ」
少女はそう不思議そうな声を出してから、直ぐに合点がいった様子で言い放った。
「気付かないで申し訳無いのす。前じゃあ、も、やーなのすね。おばちゃんだから、も、我慢出来無いんすね。うん、はい、解りましたにゃ、尻、尻でしますんで心配無用に」
少女の台詞に、マリアの呻きは大きくなったが、彼女の意思は伝わらなかった。その直ぐ後の鋭い衝撃を持って意思自体が消えて無くなり、呻きもまた声高になったのだから。