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 マリアは唖然とした。数秒もあれば慣れると言え、流石に行き成りでこの光景は厳しい。

 何せ扉の向こうに広がっていたのは、砂だらけの荒野だったのだから。

 口元に手を当てながら、彼女は大地に踏み出した。吹き荒ぶ風に髪を煽られ、頭に手をやる。これまで味わった事の無い程に乾いた、強い風に体が震えた。何処か隠れる場所は無いかと思って辺りを見渡せば、枯れた草と仙人掌、或いは岩位しか見当たらない。気が付くと扉は消えていた。音も無く、影も無く、まるで最初からそこに無かった様に。

 しかし、一体ここは何処だろう。マリアは訝しがり、辺りを伺いながら、砂を蹴って進んで行く。少なくとも、彼女が居た街では無い。それが所属する国とも。夏には草木生い茂り、それ以外ともなれば雪降り積もる平野ならばあるが、こんな場所がある程、暖かな気候では無かった筈だ。風流れて尚、じわじわと注がれるのが確かに解る暑さに額の汗を拭いつつ、首を上へと傾ければ、嫌味な程に青い空の中で、猛烈な太陽が輝き照っている。

 こんな所に本当にシューレが居るのかしら。

 額から頬、顎へと手を持って行きながら、マリアは元気無く歩いた。何処かへ行く当て等毛程も無かったけれど、止まっている訳にも行かないと考え、ただ闇雲に。

 けたたましい馬の嘶きと蹄の音が響き渡ったのは、そんな中での事であった。

 ひっと息を飲み込み、マリアは音のした方へと振り向く。

 彼方、とは言え、それは人間の脚での話だが、馬に乗った者達の姿があった。

 見るからに真っ当な者では無い。恐らくは、遠く海を隔てた新大陸は、西部に居を構える者であろう。彼女が忌避する所の無法者である。そんな彼等は遠目にもはっきりと解る恐怖を頂いたままに、こちらの方へと向かって来ている。

 その顔は恐ろしくおぞましく、マリアは何処か隠れる場所が無いかと、周囲を見渡した。勿論そんな場所は無い。あったならば、もっと早くに行っていただろう。その間にも、嘶きと蹄の音は近付いて来る。間近に来たからと行って、特に何があるという訳でも無いのだけれど、しかしあの類の人間とは出来れば関わりたく無いものである。

 出来れば、とは、つまり絶対に、という事だ。

 マリアは背を僅かに屈めながら、おろおろと首を動かし、無意味に靴跡を残した。

 暫くして僅かに砂が丘を成す場所を見つけると、息を殺して身を押し込む。

 その体が完全に隠れるよりも早く、彼女の頭上を何頭もの馬が駆け抜けた。

 声を漏らさぬ様、マリアは両手で口を塞いだ。こちらが見えていたのである、まず間違い無く、あちらの方でも見えていただろうが、それでも隠れずには居られなかった。

 幸か不幸か、彼等はマリアに気付く事無く、そのままに通り過ぎる。背後に聞こえていた音は何時の間に真上を通って眼前へと至り、やがては何処へと遠退いて行った。

 ふぅと溜息を付きながら、彼女は顔を上げた。

 先程見たのと同じ様に、だが位置としては逆として、馬の一群は地平線目掛けて走り去っている真っ最中だった。異邦の言葉で何事かを叫びながら。

 マリアは小首を傾げた。一体彼等は何に怯えていたのだろう。良く聞き取る事は出来なかったけれど、『ネバーモア』という単語を、仕切りに叫んではいた様だったが。

 確かそれはこんな意味だった筈、と思った瞬間、彼女の顔に影が差した。

 逃げる連中にばかり目が向いていて気付かなかった。それを追い掛けている者に。

 彼女は目を見開いた。顔色を青に変え、体を縮めさせた。その眼球に映るのは、巨体と八脚を誇る黒馬、そして黒衣の騎手だった。この乾いた大地の中にあって影の如き暗さを讃え、疾風の様に砂塵を舞い上げ、死神にも似た威厳を誇っているそれは、それこそが、先の者達をこの世の果てまでにも追い掛けていた者であったのである。

 驚愕と恐怖が突如としてマリアの身に襲い掛かり、甲高くも短い悲鳴を上げさせた。

 しかし、黒馬が彼女を跨いで通る頃には、幸いな事にそれも感じる事無くなっていた。

 何故なら、感情の昂ぶりを感じたその刹那、居ても立ってもいられずに駆けずり出したマリアの首は、思わずもつれた脚によって在らぬ方向を見る様になってしまったのである。

 それはもう永遠に変わる事はあるまい。彼女が恐れと驚きに苛まれる事も、永遠に無いだろう。永遠に、そうだ、正しくはそう、『最早二度と』に


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