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「仕方が無いじゃないか……だってつまり、こういう事なのだろう、マリア……」

 何故か帰って来てしまった自宅の中で、マックスはそう虫の息で言った。かち割られた頭部からは絶え間無く血が流れ続け、倒れ伏す彼の服も、周囲の床も、赤く汚して行く。

 その傍らには、一人の女性が同じ様にして倒れ伏していた。

 マリアであった。目を引ん剥き、完全に事切れている。無残に打ち砕かれた頭蓋から垣間見えるのは金属の断片であり、線であり、基盤であり、その他諸々の機械だった。

 人工の髪の毛が間より火花散らすそれを、もう一人のマリアは呆然と見下ろしている。鋭利な、しかし乱雑に並んだ刃を生やす、半ばで砕けた瓶がその手に握られていた。瓶の先からは明らかに、中身とは別種の液体が滴り落ちている。赤と、黒の液体だ。

「君の教養とは、完璧を求める事、だ……君の言う完璧、がどうだったのか、詳しく知らないけれど、でも、僕の場合、これがそうなんだ……皆がそうである様にそうなってしまった……君は否定したけれど、でも仕方が無いだろ……愛するに足るには、自分に取って都合が良い方がどれだけでも良いんだよ……悲しいが……解らないかな」

「えぇ、解る訳が無いわ、ちっともねっ」

 末期の台詞を口にするマックスに対し、マリアは思わず叫んでしまった。

 それは嘘偽らざるものである。訳が解らないというのが、今の彼女の一番の感想だ。

 マリアはシューレを、自分の息子を探しに来た筈である。それがどうして、自分の夫の浮気を目撃する羽目になってしまったのか。しかもその相手が、己と寸分違わぬ容姿を持った相手だなんて、とてもでは無いが、理解出来ない……更に言えば、それが機械の人形だったとはっ。殆ど反射的に動いてしまった体に頭脳が付いてきて、今一応は冷静に物事を見て取る事は出来る様になっているけれども、見える事と解る事は、全くの別物だ。解らないか? さっぱり解る訳が無いだろう、こんな事っ。

 そんなマリアの様子をどう取ったのだろう、マックスはふっと笑みを浮かべ、

「嗚呼……やっぱり君はそうなんだろうなぁ……」

 そう静かに告げてから、まるで眠る様に息を引き取った。

 扉を抜けて来て、今、実の夫に手を掛けた方のマリアは、苛立たしげに瓶を放り捨てた。盛大に鳴り響く硝子の破砕音に我ながら驚きつつ、噛み締めた奥歯を鳴らす。マックスを殺したという意識よりも、何もかもが不明である意識の方が大いに勝っていた。

 そしてまた、彼に寄り添う様にして機能を停止している人形への不快感。落ち着いて来たとしても尚消える事の無い、いや増すばかりの感情。自分と同じ容姿の、だが違う相手が目の前に居る事がどうしても許せず、マリアはマリアの顔へ向けて、その踵を落とした。何度も何度も、原型が何だったのか、判別付かぬ様になるまで。やがてそれが功を成し、丹精な顔立ちが、見るも無残なぐしゃぐしゃへとマリアが変わると、マリアは安堵の吐息を漏らした。額に垂れる汗を拭い取り、己が成果に満足の笑みを浮かべる。

 鈍い衝撃が後頭部で弾けたのは、その時であった。

 やはり何が起きたのか解らぬまま、マリアは前のめりに倒れて行く。

 意識ぶらつき、命すら危ういのが感じられる中、彼女は背後へと視線を送った。

 そこに居たのはマリアだった。

 憤怒の形相を浮かべ、両手には瓶を抱えている。底に皹の入った瓶を。まるで先の事件の際限の様だ。マリアがマリアを見て衝動的に襲い掛かった、そんな事件と。

 でもやっぱり解らない。

 音を立てて床に伏し、掠れる視界の中でマリアは思った。きっと今、自分を死なせようとしているマリアもまた、同じ様な事を考えているに違いない、と、そう続けながら。

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