ニ.そして運命は動き始める
「ねぇ、しよ?」
「そういう気分じゃない」
「じゃあ……今日は君を寝かせないZE!」
「……誘い方の問題じゃないんだよ」
「え〜。ケチ」
右腕を包んでいた温かな特有の柔らかさが離れていくのを感じる。
「今日だからしてほしかったのにな」
こちらに言っているのか独り言か判断できない程小さな声が聞こえた。
申し訳ないと思う。本来であるならば、男としてすぐに応じるべきだ。なんなら誘わせてしまった時点で減点されて当然だ。今ならまだ間に合う、後ろから抱きしめて愛を囁けばまだ……。
そんな思考が頭をよぎるが、俺はそれを実行に移すことはなく目を閉じた。
――――――――――
「お先に失礼します」
俺は定時になると、すぐに荷物をまとめて席を立った。
「おっお疲れ薮内。そうか、今日があの日だったか」
隣の席で会議資料作りに奮闘していた土井さんは手を止めた。
「はい、すいません。手伝えなくて」
「いいってことよ。それより楽しんでこいよ!」
目に見えてテンションが上がり始めた上司は、遠い目でどこかを見つめ思い出に浸るように話し始めた。
「高校の同窓会か。いいなぁ、共に青春を過ごした仲間と卒業後も繋がっていられるっていうのは幸せなことだよな。今のうちに明日の午前休届け出しておくか?」
そう言って意味ありげにニヤリと笑う。
「いえ、その必要はないと思いますけど」
「なんでだ、野郎だけで集まるわけじゃないんだろう。久しぶりに再会したあの子は記憶の中とは変わってしまっていたけれど、面影だけを残したまま綺麗になっていてあの日置いてきた恋心がふつふつと蘇って……くう!ここは任せて気張ってこい!」
「はぁ……」
完全にスイッチが入ってしまったようだ。自分の肩と脇腹に手を回し熱く語りだす土井さん。
このままでは遅刻する。そう確信した俺は『行ってきます』とだけ言うとその場を後にした。
「薮内幸太郎!お前みたいないい男が二十五にもなって彼女がいないなんて、おかしいんだからな!自信持っていけよぉおおおお!」
廊下まで響く激励に苦笑しながら、最寄りの駅へと向かった。
ありがとうございます。でも……俺はあの頃にはもう戻れない。
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