五
(……いないわ)
商店街の中は観光客や買い物客だけ、あの人がここにいたら目立つはずだ。
わたしは財布を開けて魔晶石のブレスレットを取り出す。
(石の色がピンクだわ)
この色は……ここよりはまだ離れてるけど、あの人が近くにいるという証拠。
どうして王都から離れたここに?
まさか、わたしを探している?
いや、いや、それはわたしの思い過ごし。
半年前にあの人に婚約破棄をされて、そこでわたし達の関係は終わっている。
たまたま公務か視察で近くを通るだけよ。
『待て行くな、ルーチェ嬢!』
会場を出ようとしたときにあの人はわたしの名を呼んだ。
わたしはそれに聞こえない振りをして、会場を出てしまったから、あの人の本心はわからずじまい。
でも、あの日婚約破棄をされたのだもの、今さら、そんなことはどうでもいい。
慌ててベンチから立ってしまい、膝の上でのんびりしていた子犬ちゃんが驚き、しがみ付いた。
「キュー」
「あ、子犬ちゃんごめんね」
【キーーン】
【キーーン】
2回目、3回目のわたしにしか聞こえない警戒音がしたあとに魔晶石が赤く染まった。
(もう近くまで来ている……会いたくないわ)
残念だけど食べ歩きはまた今度にして、ガリダ食堂に帰ろうと荷物を持って、近くのパン屋に駆け込んだ。
手早く目についたパンを買い、一目散に帰り道の坂を走った。
食堂の裏の階段を駆け上がると、部屋に倒れ込んだ、それと同時に何かが部屋の中に転がっていく。
(黒いもこもこ⁉︎)
「キューーッ」
「子犬ちゃん⁉︎」
慌てたわたしは子犬ちゃんを脇に抱えて、港町から連れてきてしまった。
♢
それは、わたしが帰ったほんの数分後のこと。
「ここで、馬車を止めろ!」
「はっ!」
煌びやかな馬車が港町、商店街の前に止まった。
従者が開けた馬車の入り口からは、黒いローブを身につけた男が降りてくる。
商店街の人達はなぜこんな所に、貴族が何をしに来たんだと、不思議そうにその馬車を見ていた。
その馬車の中にはもう一人乗っており、中から降りることさえせずに、降りた男に窓から命令をくだした。
「シエル、しばらくここを探して来い」
「かしこまりました、カロール殿下」
黒いローブの男は頭を下げると、商店街の中に消えていった。
その男は思う。
カロール殿下は都合のいい人だと……自分でルーを手放し傷付けておきながら、連れ戻したいなどと自分勝手すぎる。
「ホーホー」
「……ウルラか」
男が空を見上げればフクロウが空高く飛んでいた。
(やはり店が休みの日だ。ルーは港町に来ていたか)
ウルラの報告を受けるため周りを確認して、誰もいない路地に男が入ると降りて肩に乗った。
「何か報告することはあるか?」
『あるぞ。お嬢さんはつい先程ガリダ食堂に、変な子犬を脇に抱えて帰っていったよ』
「変な子犬だと……」
『あぁ、その子犬は私の存在に気付いていた』
使い魔のウルラに気付くとはその子犬、怪しいな。
ルーがおかしな事に巻き込まれる前に、その子犬の事も調べるしかないな。
「ウルラ、しばらくルーとその子犬を監視してくれ」
『わかった。私はチョコ、美味いチョコが食べたい』
「あぁ、わかった買っておくよ。ルーを頼む」
ウルラはルーの所に飛び去り、俺はしばらくこの街で時間を潰すことにした。
殿下には「手掛かりはありませんでした」とでも、報告すればいいだろう。




