四十二
王城の一部屋で
「さてとやるか」
ルーチェの部屋で
「では、直しますね」
時刻は同じ「【修復、復元】」の魔法が使われた。
♢
「ふわぁぁっ、眠っ」
「あらあら、どうしてんだい? ルーチェちゃん、今日は特に眠そうね」
「夜に怖い夢を見ちゃって、あまり寝れなかったんです」
本当は寝ていない。
それは先輩とラエルさん、みんなも同じ。
ラエルさんの魔法で、部屋と裏庭が元通りに戻っていく。
「ありがとうございます、ラエルさん」
「いいえ……おい、ガット、子犬!」
二匹はふらふら私のベッドに寝転んだ。
「あるじ、俺っち、限界突破っす」
「ラエル、寝る」
力尽きた子犬ちゃんと黒ちゃんを、ベッドからガッチリ、両脇に抱えたラエルさん。
「ルーチェさん、仕事が終わったら魔法屋に集合してね」と、扉を出して帰っていった。
福ちゃんは窓から「また後でな、小娘」と飛んでいった。
「また後でね! 福ちゃんたら、私のこと小娘だって……ふふっ」
今思い返せば、福ちゃんと黒ちゃんとは普通に会話してたし、子犬ちゃんまで話せるなんて驚きだ。
それと一瞬だったけど、先輩とキスした。
「先輩の唇って、柔らかかったな……もう一度してみたいな」
(……! なぁ⁉︎ 私ったら、なんてことを考えてるの!)
ベッドにダイブして、枕を抱えて、しばらく悶えた。
♢
ふっ、しんどい……徹夜はテスト前とかゲームでしか、したことなかった。
朝の仕込みも終わって、朝食に分厚いメンチカツにキャベツとチーズ、ケチャップを挟んだホットサンドを食べて、益々眠気アップしてる。
もう直ぐ開店だから気合を入れないと。
今日のガリタ食堂のランチは、衣サクサク牛肉コロッケと分厚いメンチカツセットに、山盛りキャベツ、浅漬けきゅうりと大根、豆腐とわかめのお味噌汁。
コロッケとメンチは醤油かソース、カラシはお好みで。
「ルーチェちゃん! 七番テーブルにお冷おしぼり出して」
「はーい!」
「ルーチェ、上がったぞ」
「はーい、コロッケとメンチカツは揚げたてなので、火傷に気を付けてください」
お客さんはコロッケとメンチカツをふーふー、はふはふしながら、美味しい顔で食べてる。
すごく美味しいだろうな。
熱々でサクサクのコロッケと、肉汁が溢れ出るメンチカツを口に入れて、そこに、ご飯を頬張る。
ご飯が減ってきたら上にキャベツをひいて、コロッケでも、メンチカツでもいい乗せて、ソースをかければコロッケとメンチカツ丼にもなって二度美味しい。
忘れちゃいけない。大将さんのきゅうりと大根の浅漬けも美味しいし、一から出汁をとって作るわかめと豆腐の味噌汁も絶品だ!
朝のホットサンドも美味しかったなぁ。
「ルーチェちゃん、足が止まってるよ」
「す、すみません!」
今日もガリダ食堂は、多くのお客さんで賑わていた。
♢
瞬く間に、本日の牛肉コロッケとメンチカツ定食は完売した。
「お疲れ様、ルーチェちゃん」
「女将さん、大将さん、ニック、お疲れ様でした」
お、終わった……今日は、さすがに疲れた。
でも、揚げてる途中で割れちゃったコロッケとメンチカツを、大将さんに貰っちゃった。
後で魔法屋さんに行って、みんなで分けて食べよう。
「ただいま」
玄関のランタンに触って炎をつけると、奥からすーすーっ寝息が聞こえた。
ベッドに誰かいる?
恐る恐る近くとベッドの上に、シャツとズボン姿、黒い髪の男性が、胸に読みかけの本を抱き寝ていた。
(また、私の読み差しの恋愛小説、読んでる)
それに着てきたであろう、黒いローブはベッド脇に綺麗に畳まれていた。
もしかして、わたしの仕事が終わるまで待っていて、力尽きちゃったのかな?
「お疲れ様、先輩」
私が捕まる部屋に、ラエルさんと子犬ちゃんが来た時に、聞いたよ。
『ルーチェさん、大丈夫ですか?』
『キュン!』
二人はいきなり部屋に入ってきた。
『ラエルさんと子犬ちゃん! あれっ、先輩は? どうして一緒にいないの?』
そう聞くと、ラエルさんは眉を潜めた。
『兄貴は捕まって地下牢屋に入れられていたんだ。今はそこから脱出して、襲ってくる騎士を眠らせながら、ルーチェさんを探したみたい』
『先輩、牢屋に入れられてたの?』
あの先輩が?
『驚くよね。兄貴、動揺することがあったから……いつもの兄貴じゃ、なかったんじゃないかな』
いつもの先輩じゃない?
だったら、先輩を助けにいかなくっちゃ。
『ラエルさん、ここから出して! 私、先輩の所に行きたい!』
『それは出来ない、まだ終わっていないからね。ルーチェさんに何かあると兄貴が悲しむ」
兄貴には、僕の使い魔ガットが「ルーチェさんを見つけた」と伝えたから、いまは落ち着きを取り戻したみたい。
次に「カロール殿下を探す」って言っていたよ、とラエルさんは教えてくれた。
その後は福ちゃんが来たり、ラエルさんが先輩に呼ばれたと、教会に向かったり。
しばらくして部屋に来た先輩は言った。
『全て終わった』
「それって、先輩とラエルさんが全てやってくれたの?」
カロール殿下は私をもう探さない?
カロール殿下は私を必要としない?
カロール殿下は先輩に酷いことを言わない?
「ん、ルー?」
「起きたの、先輩?」
まだ微睡の中なのか、瞳は閉じたまま。
「この後は魔法屋さんに行くんだよね、いま着替えるから待ってて」
「あ? あぁ、わかった……」
着替えようと仕事着を脱ごうとした所で、先輩の瞳がぱっちり開く。
「ルー……?」
「おはよう、先輩。いま着替えちゃうから」
シャツのボタンに手をかけると、先輩はゴロリと転がり、背中を向けた。
「すまん! ルーの仕事が終わるまで待ってたが、睡魔に負けた」
「仕方ないよ。だって、寝てないんだもの」
タンスからワンピースを出して着替えて、仕事着はハンガーを通してフックにかけた。
「先輩、着替えが終わったよ」
「じゃ、ラエルと子犬が待ってる魔法屋に行こうか……」
先輩はローブを羽織り、二人で壁際まで来たけど足を止めて、先輩は私の方に振り向いた。
見上げると、先輩の赤い瞳が迷う様にさまよっていた。
「ルー。俺はルーが好きだ。いまから魔法屋で話すことは、これからの俺達の事だ。しっかり考えて答えを出してくれ」
と言って、扉を出そうとした先輩の腕を掴んだ。
「待って、私だって先輩が好き。もしかして、先輩は何処かに行ってしまうの? ……私も一緒に」
「ダメだ! そこで何が起こるか分からない。ルーを危険に巻き込みたくない」
それは私が足手纏いだから?
魔力が無くて魔法が使えないから?
先輩のローブを掴み引っ張った。
「やだ、やだ、頑張るから、何か出来ることを見つけるから、側に居させて……」
必死に先輩に伝えた。
眉を深く寄せた先輩は、私を引き寄せて、痛いぐらいに抱きしめた。
「俺だって連れて行きたい! ルーを離したくない。この国の今の生活を捨てて、俺について来れるのか?」
今の生活?
「それに俺は……とんでもない嘘つきだ」
(嘘つき?)
「「ルーは魔力無しなんかじゃない、俺よりも高い、膨大な魔力を所持している」」
苦し紛れに出た先輩の言葉に、驚いた。
「え、私は魔力持ち? 魔法が使えるの? じゃ先輩、ライトの魔法が使えるってこと?」
先輩の瞳は驚きに開かれた。
「ルー?」
「いつも思ってたの、先輩がライトの魔法を唱えるとき綺麗だなって、それが私にも出せるの?」
もう嬉しくって、先輩を見上げた。
先輩の眉間にシワを寄せて、いまにも泣きそうな表情をしていた。
これは私のエゴかもしれないけど、先輩は私のためを思って、黙ってたのかもしれない。
だって先輩は、なんでも自分で溜め込んじゃうから。
「先輩しっかり教えてね」
「なんでだ? なんで怒らない? ルーは、なぜ俺を怒らないんだ! 普通はどうしてと責めるだろう?」
先輩を責める?
「もう、責めるわけないじゃない。学園で私の側にいてくれたのは先輩だよ、支えてくれたのも先輩なんだよ。もし、先輩がいなかったら私は、わた……」
苦しみで、心が壊れていた……と伝えようとする前に、腕を掴まれて、乱暴に引き寄せられた。
「せっ……ん、んん」
昨日のキスとはまったく違う、深く、唇を覆い尽くす、噛み付くキスをされた。




