二十
数時間前にハムスターになった私は先輩にくっ付いて、馬車に揺られていた。その反対側にはカロール殿下が座っている。何も発すること無く、目を瞑り腕を組む殿下……あなたはなぜ? 婚約破棄をした私を探すのだろうか?
まったく私には分からなかった。
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馬車に乗る数時間前に戻る、カロール殿下襲来の後だ。
先輩の研究室で、私は彼に話しかけた。
「ねぇ、先輩」
声を出すと外からカタッと音が聞こえ、慌てて手で口元を押さえた。
「ルー、大丈夫だ。魔法で外の奴には聞こえなくしたから、普通に話しても平気だ」
「ほんと……」
ホッとして、今朝作ってきたお弁当を食べようと、先輩にお弁当箱を広げて貰った。
ちなみにお弁当は三段、先輩と魔法屋さんと子犬ちゃん用だ。
お弁当を食べながら聞いた、先輩の話によれば三ヶ月前。
カロール殿下はリリーナさんに「お前では無い」と、急に彼女を側室が入る城の離れに、リリーナさんが何を言っても追いやったらしい。
そのあと、その離れにカロール殿下が会いに行く様子もないと言った。
「二人ともあんなに想いあっていたのに?」
「周りの話では、リリーナ様が殿下の名を呼んでも側にこず。話しかけても無視。前のように微笑みもせず。寄り添わなくなったと、聞いたよ」
まるで、人が変わったようだと……。
学園に入学してから変わり、ヒロインのリリーナさんを好きになったはずのに、なぜか、また変わったと言うの? 訳がわからない。
「でな、殿下は俺とルーが学園や城の中で、仲良くしていたことを誰かに聞いたらしく、魔法省に勤務する俺のところまで来るようになった」
まあ、実際にルーとは仲良くしてたけどな。と、先輩は笑う。
笑う先輩に、私は小さな体を反転させて背を向けた。
「そうですね、先輩とは仲良くしてましたけど……先輩は私に隠しごとをしてたわ。先輩の髪色が黒だなんて知らなかった」
お揃いの灰色の髪を喜んでいたのに。
「それには訳がある。黒髪はこの世界どこの国でも不吉だと、呪われているだと言われるからだ。この国に来ることになって色を変えたんだ」
知ってるけど、この国?
「先輩はこの国の人じゃないの?」
「ああ、そうだ。俺は海を越えた国から弟と二人で、王子の婚約者を探しに来たんだ。あと、少ししたら国に戻る予定だから、元の髪色に戻した」
国に戻る予定? 先輩が自分の国に帰る……。
「ルーだって、黒髪は不吉で呪われていると言われていて、気味が悪いだろう?」
「思わない! 私は先輩の髪を気味が悪いなんで思わないわ」
思わないと叫んだ私に、先輩の息を飲む音が聞こえた。
「ほんとうか? ほんとうにルーは俺の、この黒い髪色を気味が悪いと思わないの、か?」
私は小さな体で何回も頷いた。
先輩の表情が、眉と顔をしかめ泣きそうな顔をしたあとに、笑った。
「でも、怒ってはいるわ。先輩にその黒髪は似合ってるけど……」
「けど?」
なに? と、私を見た先輩の赤い瞳が心配に揺れた。
「先輩とお揃いの灰色の髪で嬉しかったの!」
「ルー?」
今度は目を見開く。勢いまかせに言った自分の言葉に、だんだんと恥ずかしくなってきて、私はお弁当に飛びついた。
「せ、先輩の好きな甘い卵焼き、全部食べちゃうんだからね」
「それはダメだ、この弁当の卵焼きは全部俺のだからな」
先輩は取られないように、お弁当箱を持ち上げて卵焼きを頬張った。
「あー先輩。それはずるいよ、私にも食べさせて」
下でぴょんぴょんと跳ねた。それをみても知らん振りをして食べる先輩。
「先輩、シエル先輩って……無視しないで」
やっぱり無視をする。
むっむ、こんなこと昔にもあったわ。あのときの先輩は、卵焼きを全部食べちゃったんだ。
「もう、黒髪でも灰色の髪でも先輩は先輩ね……お願い先輩。私にも卵焼きをください」
また、ぴょんぴょん飛んだ。今度は我慢できなくなったのか、肩を震わせて笑い出した。
「はははっ。ルー、あーん」
あーん? 口を開けると小さく切った卵焼きが口に運ばれてきて、ぱくついた。
♢
「ふーお腹いっぱい」
「ルーは、ハムスターになってもよく食べるな」
「それは、先輩が面白がって口元に持ってきたからでしょう」
「ま、そうだな」
あ、魔法屋さんと子犬ちゃん用のお弁当を渡してないと思い出して、机の上を探したけど二人のお弁当は消えていた。
「先輩、ここに置いといたお弁当知らない?」
「あれか、あれはラエルと子犬に渡したといたよ」
「え、いつの間に? どうやって? ……きゃっ、先輩。いきなりシャツを脱がないでよ」
先輩がシャツの前をはだけさせていた。そのままクローゼットの前に移動して着替え始める。
「仕方ないだろ、午後はルーを探しに殿下が東の街に向かうとかで……はぁ、着替えないとな」
面倒だと言いながら、新しいシャツとズボン。黒いローブを出していた。
(先輩)
さっきはだけたシャツの隙間から、チラッと、胸に大きな火傷の痕が見えた。
その痕が気になったけど、先輩に聞くことができなかった。




