十九
「誰?」
お弁当を近くの机の上に置き近付いた。その男性はどこか先輩に似ていた。
「せん……ぱい?」
「んっ、ルー?」
先輩と呼びかけると、その男性はルーと反応した。この呼び方って先輩だけなのに……
あっ、手を掴まれた⁉︎
え、えーーっ!
「きゃっ」
力強く引っ張られて、男性の胸の上に転がる。
「ん、どうした? ルー」
優しく呼ばれ男性の瞳が薄ら開く。あ、先輩と同じ切れ長な赤い瞳だ。
この男性は、やはり先輩なの?
私を見ているはずだけど、気付かず目を細めて優しくみつめた。
「ルー……また、会えるなんてこれは夢か? なんて幸せな夢なんだ」
くっくと小さく笑い、先輩の腕が背に回った。先輩との近づいた距離に吐息が首筋にかかる。
(んんっ⁉︎)
「せ、先輩。シエル先輩、離して!」
「やだ、離さない。もう少し……ん、これは、ルーの香りだ」
そんな「やだ、離さない」って先輩⁉︎ それに香りだなんて恥ずかしい。
身動きが取れず羞恥心だけが募る。
「ん、温かく、柔らかい……? はぁ?……温かい? 柔らかい⁉︎」
私の背中をさわさわと触り、パチっと先輩の瞳が開く。胸の上にいる私を見て先輩は、なんとも言えぬ表情をした。
「ルー⁉︎」
「おはようございます、先輩」
微笑んで挨拶をすると、先輩は「まじかぁ」と呟き片手で頭を抱えた。
「なんで、ここにいる?」
「なんでって、私にもわかんないよ。魔法屋さんに行こうとして先輩に貰った鍵を使って扉を開けたら、ここに繋がったのだもの」
真実を告げると、先輩は眉をひそめた。
「ここに繋がった? まさか俺は術の失敗したのか? いいや、しっかり魔法屋と繋げたはずだ……ラエルとの確認も取ったはずなのにどうしてだ?」
先輩は私を乗せたまま考えだした。
「あ、それと先輩。一緒に来たはずの、子犬ちゃんがどこにもいないの」
「子犬が……いないだと?」
♢
薬品が香る部屋のソファーの上。先輩は私を下ろす気はないのか、そのまま黙っている。
ふーっと一息つくと私を見た。
「子犬は魔法屋にいるってさ」
「ほんと、よかった。でも、どうして私だけ?」
「さーなぁ……ちっ、来やがった。ルーはこのまま動くなよ」
と言うと、着ていたシャツを脱ぎ捨てて、ソファーにかけてあった黒いローブを取り、私ごとかけた。
先輩の胸板! と照れより前にキィーーンと耳が痛いくらいに音がした。
(くっ!)
その直後に勢いよく扉が開き、どかどかと数人の足音がして、ソファーの近くで止まった。
付けてきたブレスレットは真っ赤で、警戒音に耳が痛い……先輩の手が背中を撫でると、音はしだいにやんだ。
「おい! シエル。貴様の部屋から女性の声が聞こえたと、いましがた報告があった。誰を連れ込んでいる? まさかとは思うが……」
先輩は慌てず寝起きの演技を始めた。
「ふわぁっ、まさかとはなんですか? 今日は午後からのはず。なのに、こんな大勢でノックもなしに、私の部屋に入るなど失礼ではありませんか?」
「それは、そうだが……いいや。貴様、その上にいる女性はルーチェ嬢ではあるまいな?」
(ドキッ⁉︎)
な、なんで私の名前が出るの? 今、先輩の上にいますけど……
先輩はくっくと笑い。
「殿下は何を言ってるのですか? ルーチェ様は見つかってはおりませんよ。その方がどうして、私の胸の中になどいるのでしょう?」
そう言うけど先輩の手は私の髪を撫でて、くるくるとか指に絡めて遊ぶ。
それがくすぐったくて笑いそうで……ドキドキと緊張が混ざる。
その時ドクンと脈を打つ。
体がピキピキと音が鳴るくらいに痛い。その痛みに我慢出来ず(くっ)と声に出さないようにうめいた。
それに気付いた先輩は声を上げた。
「殿下、私の連れが目を覚ましてしまう。お帰りください……それとも殿下はルーチェ様ではなく、彼女の肌を見たいのですか?」
先輩の腕の中の女性が動いたのと、先輩に強めに言われ、ことがことだけに殿下は引き下がった。
「すまなかった。シエルと女人失礼した」
出て行き静かになる先輩の部屋。その部屋の中で先輩は指をパチンと鳴らして、ローブを取った。
「はぁ、ビックリしたな」
「えぇ、びっくり」
「ルー?」
「なんですか?」
あれ、先輩がやけに大きく見えるけど……。
「お前、この部屋で何か触った?」
何か触った?
「あ、魔法陣が描いてあった紙を拾って、そこの机の上に置きましたけど……」
「そうか触ったんだな……それが原因だな。ルーお前、ねずみになってるぞ」
ねずみ⁉︎ 自分の手を見ると灰色のふさふさが見えた。
「ほんとうだ、ハムスターかな? それともチンチラ?」
「小さいから、ハムスターだな」
そっか……ハムスターか。
え、ええーっ、ハムスター⁉︎




