一 (訂正いたしました)
カロール殿下の婚約破棄から半年後。
わたしは大陸の西側モール海が見渡せる、モール港町から少し離れた高台にあるガリダ食堂で働いている。
目覚めて朝一番に窓を開けると、高台にあるカリダ食堂からは朝日に照らされて、キラキラと光るモール海が見えた。
「ホーホー」
「あ、福ちゃんおはよう」
胸にエメラルドがはめ込まれたネックレスを着け、もふもふなフクロウが窓近くの大きな木の枝に止まる。
食堂の二階に住み始めてからのお友達、フクロウの福ちゃんだ。
毎朝、何処からか飛んできては挨拶をしてくれる。
「ホホー」
「まあ、福ちゃん⁉︎ 今日は昨日よりわたしが寝坊助ですって」
窓を開けるのがいつもより、一分でも遅れると文句を言う福ちゃん。
わたしはベッドに戻り、古本屋で見つけた本を福ちゃんに見せた。
「福ちゃんこれ見てよ。この恋愛物の本がね面白かったの、それで少し夜更かししちゃった」
「ホー」
へーって、福ちゃんのそんな興味のない表情を初めて見たわ。
「仕方がないっか、福ちゃんは男の子だものね」
この本は魔法使いとお姫様の熱烈な恋のお話。
「ホーホホー」
「え、もうご飯の時間だから帰るの……また明日ね福ちゃん」
翼を広げて飛んでいく福ちゃんに手を振って見送り、食堂の仕込みに出る準備を始めた。
壁にかけた鏡の前で、笑顔と一緒に食堂の制服のチェック。
ワンピースのアイロンに胸のリボンも良し。後はこれにエプロンを付けて終わり。
白銀の髪を櫛で梳いて、邪魔にならないように頭の上でまとめ、お団子ヘアーにした。
「ルーチェちゃん、仕込みを始めるよ!」
準備がちょうど終わったときに、女将さんの元気な声が下から聞こえた。
(え、もうそんな時間?)
壁にかけた時計を見ても、仕込みが始まる時間にはまだ早い。
そうだ、今日の日替わり定食は牛肉コロッケ定食。
そして、一品料理には店で大人気のポテトサラダだわ。
いまからの仕込みは、これでもかってくらいの、たくさんのジャガイモの皮剥きが待ってる。
「女将さん、いま行きます」
エプロンを持ち木製の階段を降りた。
階段を降りてすぐの店の裏には思った通り、山盛りに詰まれたじゃがいものカゴが三つ置いてあった。
「すごい量……だわ」
きゅうりとハム、ごろごろじゃかいものポテトサラダに、じゅわぁーっとオリーブ油が染み込み.サクサクの揚げたて牛肉コロッケに醤油がよく合う。
わたしなら軽く、ご飯大盛り二杯は食べちゃう。
皮剥きの準備を始めると、裏口の扉が開き、女将さんが丸椅子を持って現れた。
「ルーチェちゃん、おはよう」
「おはようございます、女将さん。たくさんのジャガイモですね」
「作れば作る程、コロッケにポテトサラダは出るからね。ルーチェちゃんも食べるだろう?」
「もちろん、いただきます」
「じゃあ、これを全部剥こうかね」
「はい、任せてください」
と、女将さんから丸椅子を受け取った。
この世界の食材に食べ物は、馴染みのあるものばかりだった。
お米に小麦粉、キャベツにレタスにトマト、きゅうりとまだまだある。
調味料だってお醤油に料理酒にお酢、みりんまであった。
女将さんが言うには港町モールが近いから、いろんな国の船が来て、色んな品物が入ってくるのだとか……。
わたしが思うには、このモール海の向こう側の国には、わたしと同じ転生者がいる。
その人は物凄く物知りで知識豊かな人。
この異世界に前世で食べなれた調味料や、食材を生んでくれてありがとう。
マヨネーズなんて最高の調味料だ。
剥いても剥いても減らない、ジャガイモを黙々と剥いていた。
そんなわたしのナイフ捌きを見て、女将さんは微笑む。
「ルーチェちゃんもすっかり、ジャガイモの皮剥きが上手くなったね」
「女将さん、本当ですか?」
ここではピーラーなど無く、小型ナイフで手早く皮を剥く。ピーラーでしか皮を剥いたことのないわたしは困った。
慣れないナイフで指を切ったこともあるし、ジャガイモが可哀想なくらいに小さく剥けたりもした。
慣れたと言っても、わたしがジャガイモ一個の皮を剥くまでに、三個ジャガイモの皮を剥いてしまう女将さんはすごいと思う。
「ふふっ。ルーチェちゃんがここに来て半年だったわね。あのボロボロドレスのお嬢様がここまで働いてくれるとはね……助かっているよ」
「えへへ、女将さんもボロボロドレスのわたしを、ここで雇ってくださり感謝をしています」
いまからわたしは半年前に婚約破棄をされた。
屋敷へは戻らずに舞踏会の帰り、宝飾品はいったん袋に入れて王都を出てどこかの町までと、気力だけで歩きに歩いていた。
夜は木の影で寝たり、道に馬車が通ると隠れたりもしていた。
一日を経過したあたりで、王都から近くの街までが遠く、呆然と立ち尽くした。
そこに近くの町で買い物帰りの、大将さんと女将さんが操る荷馬車が通り、わたしを見つけると止まった。
「あんた、どこかの貴族のお嬢様じゃないのかい? こんな畑道で何してんだい?」
(畑道?)
それで小麦畑しかないのか……
「まさか、家を追い出されたのかい?」
「……はい、そうです」
本当は追い出されてはいないのだけど、される予定ではあったから……あながち嘘ではないよね。
女将さんは慌てて荷馬車を降りてわたしの手を引いた。
「ここは稀に野犬とか出るから乗りなさい」
「は、はい」
大将さんと女将さんは何も聞くことなく、自分たちの店まで乗せてくれた。
ここから先は自力でなんとかなるかな。
「ここまで乗せていただき、ありがとうございました」
お礼を言って、去ろうとしたところを呼び止められた。
女将さんに手を掴まれて店の中へ、お腹空いてるだろうと、女将さんと大将さんにお腹いっぱい料理をご馳走になった。
わたしの食べっぷりに驚き、女将さんは「よく食べる子は好きだよ。行くところがないのなら、ここで働きな」と言ってくれた。
「いまが幸せなのは大将さんと女将さん、ニックのおかげです」
半年前を思い出して心からお礼を言った。
「あら、ルーチェちゃんたら嬉しいことを言ってくれるね」
「だって、本当のことだもの」
女将さんと笑って話してると、ガチャッと音を立てて裏口が開いた。
「おーいたいた。お袋、ルーチェ、朝食は何にする?」
「ニック、おはよう」
「おう、おはようルーチェ」
顔を出したのは、大将さんと女将さんの息子ニック、ポテトサラダを作る日は決まっている。
「朝食はもちろん、ポテトサラダのサンドイッチ!」
「またぁ、お袋もルーチェと同じでいい?」
「そうだね、私もそれでお願いしょうかね」
わかったとニックは頷き、剥き終わったじゃがいもを持って、調理場に戻って行った。
「ルーチェちゃん、ラスト!」
女将さんの声で最後のジャガイモを剥き終わり、カゴの中全部の皮剥きが終わった。
ふーっと一息つき。
片付けと、大量に出たジャガイモの皮は油で揚げると、油も綺麗になって塩を振ればおやつにもなる。
「女将さん、このジャガイモの皮貰いますね」
「ああ、いいよ。あとで素揚げにするのかい?」
「そうです」
ザルに移して、裏口近くの井戸水で皮を洗っていると、女将さんも横に来た。
「私も手伝うよ。揚げたジャガイモの皮に塩胡椒を振ると、ピリリとしてお酒のおつまみにいいんだよ」
「いいですね美味しそう、塩胡椒かぁ」
七味にマヨネーズ、味噌、揚げ皮の味付けに花が咲いていた。
裏口の扉が開きニックが顔を出して、話が聞こえたのか、好きな味付けを伝える。
「俺は七味、マヨと醤油かな? お袋、ルーチェ朝食出来たよ」
「じゃー行こうかね、ルーチェちゃん」
「はい、お腹空きました」
洗い終わったジャガイモの水を切り、天日干しをして店に入る。
「大将さん、おはようございます」
「ルーチェ、おはよう」
裏口から入ってすぐの調理場を抜け。
ホールのテーブルには出来立てのポテトサラダのサンドイッチと、いれたてのコーヒーが並んでいた。
わたしのサンドイッチは厚切り食パン二枚を使い、贅沢にポテトサラダを挟んだぶっといサンドイッチ。
女将さんのは食べやすい一口サイズに切ってあった。
「いただきます、ジャガイモが大きくてホクホク美味しい!」
「やっぱり、このマヨネーズっていいね」
美味しい物を食べると、みんなが笑顔になる。
「ルーチェはまたでかい一口だな。本当にお嬢様だったのかぁ?」
「さぁ、昔のことは忘れちゃったわ」
「ははっ、だろうな」
ニックが笑いながら自分の分の朝ご飯を持ち、私の反対側のテーブルに着き食事を始めた。
「あいも変わらず、ルーチェはなんでも美味そうに食べるなぁ」
「だって、美味しいもの」
「そうだろう、親父と俺で作ったからな」
「あらっ、わたしだって、ジャガイモの皮を剥いたわ」
「そりゃ、ご苦労さん。やっぱり作り立ても美味いなぁ」
自分で作ったポテトサラダサンドを食べるニック。そこに仕込みを終わらせた、大将さんも加わりみんなでの朝食が始まる。
こんなにのんびりとした朝食の時間は好きだ。