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桜咲く季節に君と出会い  作者: 汐音
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迷い道

商業エリアは、ずいぶん様変わりしていた。

新駅ができ、大通りは立体化され、見覚えのない風景。もう、別の町だ。

スーパーや飲食店もずいぶんたくさんできている。ずいぶん変わったものだ。あの頃はポツンとスーパーとホテルがあっただけだったのに。


そんな景色を傍目に、大学の敷地内に入る道を進む。学内は、まだあの頃と基本あまり変わらないようだ。迷うことなく事務棟にたどりつき、用事を済ませる。

覚えていたはずの学籍番号に間違いがあったそうで、意外と待ち時間が長くかかった。おかしいな、ちゃんと覚えていたはずなんだが。


しかしやはりよく見れば、学内の様子も変わっている。

広場だった場所に新しく研究棟が建っている。みんなで野球した所だ。あの広場がないなら、学生たちは今どこで野球するんだろ?

学部棟の近くにさしかかる。在学中の殺人事件を思い出した。大変な事件だった。学生寮にも聞き込みの刑事がやってきたんだった。確か、事件直後失踪した留学生の隣の部屋に、誰か友達が住んでたっけ。ええと誰だったかな…… もう思い出せない。確かその先の、そうだ、あの棟だ。そうそう、そうだった。


その横はプラタナスの並木。

教授の言葉を思い出す。ここでプラタナスなんて名称を知ったんだ。授業中突然、教授が2階の教室の窓外を指して怒り出したんだ。


「あの木の名前さえ知らないのか? 知らないなら、調べようとは思わなかったのか? 木がある事に関心さえなかったんだろう? そんな、目の前の事にさえ関心がないんなんて! 君たちっていうのは……!」


さらに車で過去をたどるように学内を進んでいく。

この先は、入学して2年次まで住んだ学生寮だ。建物は、塗り替えられてるが、建て替えられてはいないようだ。相当古くなっているだろうが、あの頃と同様、たくさんの桜にかこまれて華やかだ。

懐かしい。

3月の終わり。

初めての一人暮らし。

当時すでにボロかった学生寮。

不安とワクワク感。

満開の桜。

……そして、あいつと出会ったのだ。


あいつ…… 

そう、セージ。

名前は、ええと…… 

そうだ、

沖田おきた 誠司せいじだ。

オイオイ、名前もうろ覚えか。顔は覚えてるんだがな。


長く思い出す事もなかった記憶が次々よみがえり、胸が少し痛くなる。愉快な事ばかりじゃなかったからね…… 

あっそうだ、

学生寮を出た後に住んでた、あのアパートはどうなっているだろうか。せっかくここまで来たんだ、少し寄り道して懐かしい記憶をたどってみようか。もう次に来ることはないかもしれないし…… 


大学の敷地を出てアパート街に出る。新しい建物や、あの頃からある建物が混在している。意外と道を覚えているものだ。

あ、そうそう、ここだ。当時新築だった鉄筋の三階建て。まだあるんだな。


あそこはどうなっているだろう、セージのアパートは。見に行ったところで何かあるわけじゃない。それに当時でもセージのアパートは相当古かった。さすがにもう無くなっているだろう。でもまあアレだ、'懐かしい' ついでっていうの? ちょっと回り道して行ってみよう。今さら知った誰かに会うなんてこともないんだし。

ここを左折して、その先の2本目の角の左側だったな。

数年間、毎日毎日あれだけ何度も通った道だ。忘れるはずもない。


それなのに、おかしい。なかなか見つからない。


もう一度、大通りから回ってみよう。

確かここを曲がって、その先の……

あれ? 

いやー、さすがにもうなくなっちゃったか。あの頃でさえずいぶん古かったし、小さなボロアパートだったもんなあ。でも確かこの辺りだったはずだ。場所くらいは迷わないだろ。その後に別の建物があるにしたって、場所さえわからないなんてことはないはずだ。


おかしいな。

どこで間違えたんだろう。見つからない。絶対この道で合ってるはずなのに。「今さら来るな」ってことか? もう、あきらめようか…… いやいや、ここまでグルグル回ったんだ。もう1回、うん、あともう1回だけ探してみよう。


そんな風に何度かぐるぐる迷った挙句、ようやく見覚えのある建物に行き当たった。


あったよ。

あったぞ。

ここだ。

ああ、やっとたどり着いた。


あんなに通ってた道なのに、こんなに分からなかったなんてな。

このオンボロアパート、まだあったんだ。

甘酸っぱいような、胸が痛むような感覚。青春の思い出ってやつか?

それにしても、

懐かしい。


いつも停めていた道端に車を停めて、あの頃いつもやってたみたいにアパートの2階を見上げた。

そうだよ、あの、2階の角部屋だ。セージの部屋だ。

もっとよっく見たい。

車窓を開けてじっと見る。

すると、開いた窓に人影がある。まさか、あんなボロアパートに、今でもまだ人が住んでいるのか? 一体どんな人が住んでるんだろう? 

目を凝らす。


えっ? 

もしかして、

あれはセージか? 

いやまさか、

そんなわけない。


わかっちゃいるけど気になる。

……って、

やっぱり間違いない、

あれ、セージだ! 

あいつ、今もまだここに住んでるのか? 


突然内臓が何かに掴まれるたようにギューッと痛んだ。


確か、セージは転勤の多い仕事に就いて、どこか遠くに居ると聞いた気がしていたが。まだここにいたのか。


声をかけようか。

かけていいのか?


いや迷ってる場合じゃない。

次いつ帰って来れるかわからないんだぞ。今声をかけなければ絶対後悔する。この先二度と会えないかもしれないんだぞ


一瞬のうちに思いが巡り、思いきって呼びかけた。あの頃みたいに。

声が震えているのが自分でもわかる。


「セ、セージ!」

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