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桜咲く季節に君と出会い  作者: 汐音
3/9

遠い記憶が少しずつよみがえってくる

小腹が空いた。


休憩かたがたコンビニに寄ろう。


おにぎりにしようか、サンドイッチにしようか。

スイーツもいいな。ネットニュースで見たコンビニスイーツ。

久しぶりの日本のコンビニ。

実はひそかに楽しみに思っていたのだ。


「コンビニに立ち寄る」

たったそれだけのことで

こんだけワクワクとか

我ながら面白い。




ああそうだ、

噂の

「コンビニコーヒー」。

飲んでみたかったんだ。

何年か前話題になってた。

まだあるかな。


車をとめて

店内に足を踏み入れると

聞き覚えある電子メロディ。


懐かしーなオイ。


棚を少し眺めて、

結局

水とサンドイッチ。


レジでコーヒーを頼むと

レジの男の子が

慣れた手つきで

カウンター上に

ポンと紙コップを置く。


ん!?

……また、だ。

この紙コップは一体

この後どうすんの?

分からん。


じっと

紙コップを見る。

レジの子は当然

怪訝な顔。

僕は明らかに

ここでも

不審がられている。


これも、聞かないと前に進めないヤツだ。

やれやれ仕方ない。

チョットおかしいくらい思い切り明るい調子で僕は口を開いた。


「ああ、コンビニコーヒー初めてなんです。どうすればいいか、教えいただいても?」


若干反応が不安だったが

すぐにその不安は一蹴される。

怪訝顔から一変、

「なーんだ、そんなことか」

みたいな笑顔でカウンターからわざわざ出て来て案内してくれた。


「こちらです。

 ここに紙コップを置いて、

 そして、このボタンです」


他に客もなかったせいか、丁寧にもセットしてくれた。ふたりでジーっとコーヒーが注がれる様子を眺める。彼はなぜかニコニコ顔だ。コーヒーが入り終わると

「お砂糖、ミルクはここにあるんで。ハイどうぞ」


親切な好青年じゃないか。

なにしろ笑顔が良い。

顔も、よく見りゃ可愛い。

日本も捨てたものではない。


礼を言って

早速アツアツのコーヒーをすすると、ふわっと香ばしい薫りにつつまれる。

なるほど。

これが噂のコンビニコーヒーってヤツか。


少し田畑だらけの日本らしい緑の景色と安心快適な道路を堪能した後、空港近くにとっていたホテルにチェックインした。ここでまた驚く。

フロント係の名札がすべてカタカナだ。アジア系外国人だ。外国人ワーカーが増えていると聞いていたが、本当なんだな。完璧な日本語で流暢に話す。聞くと彼はベトナムから来たという。

ルームキーをもらってエレベーターに乗る。


いやに狭く感じる。なんて窮屈なエレベーターなんだ。


客室のドアを開けて、また驚く。狭っ! なんという狭さだ。まあまあ良いホテルをとったつもりだったのに。面積も天井の高さも、ひどい圧迫感だ。これじゃクローゼットじゃないか。青白い蛍光灯のせいか部屋の空気も灰色がかって陰鬱だ。

ホテルのシングル部屋ってこんなに狭かったか?


そして、狭い狭い空間に、恐ろしいほどいろんな設備が十分すぎるほど組み込まれている。


そういえば昔、東京のワンルームのマンションにカナダの友人が来た時、興奮してシャワー付き洗面台の写真やユニットバス、ミニキッチンの写真を撮りまくっていた。今なら分かる。そりゃ驚くわ、まるでコックピットだ。


浴室のドアを開けてみると、更に狭い。学生時代には贅沢にさえ感じたユニットバスなのに。

便器フタに「清掃済み」と印刷された白い紙帯、トイレットペーパーの先は折り目もピッチリと三角に折られている。僕はフタは閉める派だから、フタしてある点は大いに賛成だ。

バリでは、なぜか便器のフタを上げておきたがるんだ。あいつらは「フタ」の存在理由をちっとも理解していない。ただの飾りだと思っている。フタは閉じてこそ意味があるものだろう?

そんなわけでフタしてあるのは良い。が、この紙帯は余計だろう。やりすぎの域だ。いかにも「掃除しました」ってのをわざとらしくアピールしすぎだ。それでも日本人はそんくらいのやりすぎ感が好きなんだろう。息が詰まりそうだ。


狭い狭いと驚いてばかりいても仕方ない。

とにかくまあ熱いシャワーを浴び、妙に丈の短い、浴衣ともバスローブともつかない備え付けの寝間着をまとう。

これが糊がしっかり効きすぎて、なんかもう固い。バリバリだ。もっと柔らかい方が僕の好みなんだけど。何だか落ち着かない。「ちゃんと洗濯してます」と押し付けられている感も凄い。


他にも色々と妙に落ち着かないのは、移動の疲れのせいかもしれない。

ベッドも狭い。こんなんじゃ床に落ちる。おちおち寝返りもできない。

心の中でブツブツ言っているうち、いつの間にか沈み込むように眠っていた。


翌朝は早めにチェックアウト。一路、学園都市に向かう。


見覚えのあるような景色が窓外に走る。

いくつかの町を抜けていく。どの町も、同じような小売りチェーンの路面店にファミレス、コンビニ、住宅街。そして田園風景。そうだ、この道沿いはこういう感じだったな。懐かしい。


それにしても、快適なドライブだ。


道路に、落とし穴のような穴ぼこがない。道幅も路肩も十分すぎるくらいゆったりしている。そうだよ、アスファルトで舗装された道って、こういうンだったわ。

犬も飛び出してこない。

野獣のような追い越しのバイクや車もない。

なんて走りやすいんだ。

左右の道からやってくる車も人も、みんな丁寧に停止してくれる。なんて、なんて優しい国なんだろう。ホテルの部屋が狭いからと言って文句たれすぎたな。こんなに優しい運転する人だらけの国だというのに。


車体も快適だ。

走っているうち張り詰めていた神経が、脳の奥底からジワーっと心地よくリラックスしてくる。

サスペンションの状態が良い。硬すぎず柔らかすぎず、ちょうどよい心地よさ。尻が痛くならないどころか、上質のソファでくつろいでいるみたい。

そして静かだ。

ラジオから流れる音楽も、スピーカーの音質も、なんて優雅なんだろう。

ああ

気持ちいい。

なんて楽しいんだろう。


そうだ、この感じ。

僕は、ドライブが

本当に好きだったのだ。


好きだったことさえ記憶のかなたに忘れかけていた。


次第に景色が変わり、街路樹の続く大通りに差し掛かる。

ここも、桜が咲き始めていた。


並木の桜のサイズが、記憶よりも、ひとまわり大きく感じる。

当たり前か。

あれから何年だ? 10年? いや20年近くか、なにしろもうずいぶん経つんだから。

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