子竜無双
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どうか!
俺が治癒魔術を取得し、大蜥蜴が全快してから3時間後。
やっと俺の魔力切れが復活し、俺も大蜥蜴も、完全に復活した。
未だ食糧なども問題はあるが、それでも死まであと一歩のところに迫っていた7日目8日目に比べたら雲泥の差だ。
―――本当に、あの竜には感謝しかない。
俺たちが助かったのは、全部あのピンク色の子竜のお陰だと言っても過言ではない。それくらい、あの時の俺たちの状況は絶体絶命もいい所だったのだ。
「まぁ、だからといってなんで連れていくのかはちょっとよく分からないけどな……?」
そう。今俺は完全回復した大蜥蜴の背に乗っているが、そんな俺の後ろには楽しそうにはしゃぐピンクの竜の姿がある。
俺たちはなんやかんやあって、この竜を旅の仲間に加えることになった。
正直、いくら命の恩人……恩竜だからとはいえ、親に襲われる可能性がある以上連れていくつもりはなかった。
流石に、命を救ってくれた者のせいで死ぬというのは俺だって嫌なのだ。
それでも仕方なくOKしたのは、まず大蜥蜴の強い抵抗にあったことが大きい。「絶対に連れていけ」と言っているような毅然とした態度だったせいで、普段はあまりそういった感情を出さない大蜥蜴にそこまで言われてしまうと俺も折れるしか無かった。
また、理由はそれだけではない。
なんとこの竜、こんな見た目をしているが実はめちゃくちゃ強いのだ。
詳しい経緯は省くが、あの竜は大蜥蜴が俺にごねている間に自分に襲いかかってきたあの巨大蜘蛛4匹を瞬殺していた。
D級上位の実力を持つ相手に4匹で襲われて、それを一瞬で叩きのめした竜の姿を見て、これこそがドラゴンなのだと思い知る形になった。
恐らく、子供ではあるが「辺境の街が滅ぼされる危険性がある」というB級程度の実力は兼ね備えている。これで幼体なのだから本当に、種族の差とはこの世界において圧倒的なものらしい。
つくづく、俺が血迷って剣を振り上げた時に殺されなくて良かったと思う。割と真面目に、この世界に来てから一番運が良かったかもしれない。
まぁとにかく、このパーティの中で一番強いこともあって、仕方なくこのドラゴンを連れていくことになった。
流石に抵抗されたら連れていくのは辞めるつもりだったが、ノリノリで着いてきてしまったのが何とも複雑な気持ちだった。
ちなみに草は食べず、俺のパンを差し出すとめちゃめちゃ嫌そうに食う。こいつのせいで、食糧問題が深刻になってきた気がする。
「7日目と8日目はロクに進めてなかったからな、さっさと村につかないと―――」
村に着けば、一応の食料問題は解決するはずだ。
「辺境の村は一人でも働き手が欲しいだろうから、君のような若者は歓迎されるはずさ」とはミズルの言葉だが、きっとレベルが上がった今の俺なら役に立てるだろう。
「よく考えたら村の人もこんな所に住んでるんだから当然レベルは上げてるか……俺より強かったら嫌だな……」
この世界ではレベルがあるせいで身体能力の価値観が全く分からないが、前の世界ではそれなりに運動出来ていた組だったのにいきなり村人たちに運動音痴扱いされたら、正直立ち直れない。
なんとか、ここでレベルをあげておきたい所だが―――
と、大蜥蜴の背で一人考え事をしていると、呑気な声で遊んでいた子竜がふと立ち上がり、単独で端の森の中に飛び込んでいく。
「またかよ……」
そう、これこそが先程から俺が頭を悩ませている子竜の行動だ。
大蜥蜴は構わず時速40kmほどのそれなりのスピードで進んでいるが、実はアイツ大蜥蜴よりも全然脚が速いのですぐに追いついてくる。
「大蜥蜴より速いならマジ何の為に背中乗ってんだ……うわっ!」
愚痴をこぼす暇もなく、後ろから物凄いスピードで血塗れのドラゴンが追いかけてきてあっという間に追いつく。チーターもびっくりの猛スピードだ。
相変わらず怪我ひとつ無いので、被っている血は返り血だろう。
どうやらこの竜、近くにいる敵を片っ端から殺しているらしい。
「勿論俺たちが気付く前に倒してくれるのは有難いんだけど、限度があるわ!」
さっきから欠片も魔物と遭遇しないのは、恐らく、こいつが俺たちが魔物に気付く前に全部倒しているからだ。
倒してくれるのは本当にありがたいが、こうして治癒魔術まで手に入れた今の俺たちにとって魔物を避ける理由は無いに等しい。後のことも考えて早めにレベル上げはしておきたいのだが。
「ギャウギャ〜♪」
まぁ、助けられた恩があるから置いていくつもりは無いが、お願いだからその血塗れの身体で俺にくっつかないでくれ。ぁあ!?服にベッタリと!
「ちょ、マジでやめてくれ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
その後かなり子竜との格闘は続いたが、しぶしぶ頭を撫でたら満足して再び一人で遊んでいた。―――本当に思考が読めなくて少し怖い。
「なんだ、アレ……」
俺が密かに戦慄していると、森の端から何か小さな影が飛び出してくる。
速い。速すぎて姿が見えない。何なのだ、アレは。
恐らく俺とじゃれ合っていたからだろうか、反応が遅れたドラゴンもその速さに思わず動きを止めている。
―――速さだけなら、この小竜と同じレベルだ。
謎の影は俺たちの横にぴったりと着くと、まるで煽り運転のように距離を詰めてくる。
明らかに、攻撃の機会を伺っていた。
「大蜥蜴!スピードを緩めるな!」
大蜥蜴に進み続ける命令を出したあと、俺たちと並走する小さい影に目をこらす。灰色の体毛に、大きく輝く翡翠の瞳―――
「〈森精狼〉……!」
脅威度はC級下位、森林系の魔境全域に生息し、土魔術と風魔術を移動の補佐として使用することでB級相当の素早さを持つ。
つまりところ、強敵。
名前は聞いていたが、まだ1度もあったことがない魔物だ、当然警戒は怠れないが、それでも。
「やっと来たレベルアップのチャンス!ここで逃す訳にはいかねぇ!」
剣を抜き、構える。
この程度の魔物に遅れをとっていては、時空の天使に会うことなんて到底不可能。俺は絶対に、この魔物に勝利しなくてはならない。
と、ここで〈森精狼〉が攻勢に出る。
顔を一瞬こちらの方に向けたかと思うと、不自然なスピードで加速し反転、そのまま、物理法則に逆らうような3次元的な動きで大蜥蜴の背に飛び乗って―――
ぐしゃ、と。〈森精狼〉の体が分断された。
飛び乗る際のほんの僅かな減速。だがそれを、タイミングを伺っていた子竜が逃す訳がなかった。
一瞬で距離を詰め、鋭い鉤爪で魔物を両断した子竜が、もともと血塗れだったピンク色の鱗に追い打ちをかけるように血を被る。漂う血の匂いは、濃密な死の香りがした。
―――要は、俺はまたこの竜に先を越されたことになる。
「俺、この先一生レベルアップできないんじゃねぇの……?」
〈森精狼〉の綺麗な両断面に顔を顰めながら、俺はそんな嫌な予感が的中しないことを願っていた。
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〈森精狼〉の襲撃から、更に数時間が経った。
既に日は沈みかけ、暗い緑の森林が、まるで呑まれるような茜色に染まっていく。
相変わらず出会う魔物は子竜が瞬殺、あの〈森精狼〉以降は魔物を見かけたことすらない。それなりのスピードで進んでいるため、確実に魔物は寄ってくると思うのだが―――
「本当、ここまでチートだと親竜が怖いな……」
背後を振り向くと、この数時間で浴びるほどの返り血を浴びた子竜が無邪気に寝転がっている。魔物は全部、こいつにボコボコにされたらしい。
生態系を変えそうな殺戮っぷりだが、本当になんでこんな奴がこの森にいるのか訳が分からなかった。明らかに外来種の類だ。
「だとしたら、親竜はいないのかもな」
適当に考察してだらけているが、俺だってここまで何もしてこなかった訳では無いのだ。
何と先程の〈木精狼〉、覚えていた通り移動に風魔術を使っていたらしく、あの後試して見たら使えるようになっていた。恐らく〈初級風魔術〉Lv1。つまるところ初めての、森で使える攻撃魔術である。
しかし、重大な問題が発生した。
ミズル達からは、魔術の基本四属性、つまり火水風土に関してはこんな風に説明を受けた。
「火は完全な攻撃、風は応用もできる攻撃、水は攻防一体で土は防御特化……だったか。」
彼らに言われた言葉を思い出すと、風は応用もできる攻撃と一番バランスが良いように思えるが、実際は違う。
俺の〈天才〉のスキルだと、ゲットしたスキルは最初全てレベル1だ。
火魔術はレベル1でも普通に使えたのだが、こちらはレベル1だと普通に強い突風くらいしか起こせず、正直攻撃としては使いようがない。
〈森精狼〉がやっていたように移動の補助に使うのも試したが、人間の体でやると普通にコケて終わりだった。
狼しかできない荒業なのか、単純に俺のコントロールがないことの二択だが、出来れば後者であって欲しいところである。
という訳で、風魔術に関しては実用化できるまでかなり時間がかかりそうなので保留。スキルを多用するとスキルレベルが上がるらしいので、暇なときに突風吹かしまくればきっと使えるようになるだろう。
「お、またか……」
そんな感じでだらだらしていると、本日十数回目の子竜の狩りが始まったらしい、子竜は相変わらずの物凄いスピードで森の端へと飛び込んで行った。
正直、アイツがいればこの森で驚異となる魔物はいない。
ここでレベル上げしなくても、とりあえず村に到着して生活基盤が整ってからやっていけばいいんだ。焦って死んだらどうしようも無いことは、7日目8日目で思い知ったじゃないか。
焦らなくていい。一歩一歩着実に、強くなろう。
帰ってきたら風魔術で血を吹き飛ばしてやるのもいいかもしれない。
そう思い、俺は何気なしに子竜が飛び込んで行った方向を見て―――
「……は?」
俺の身体のすぐ右を、何か高速で飛来する物体が通り過ぎ、反対側の木に衝突する。
それは、子竜が進んで行った方向から投げられたものだ。
反射的に振り返り、木にめり込む飛来した物体が何か観察する。
この数日で否が応でも鍛えられてきた、『死』への嗅覚が悲鳴をあげた。
「嘘、だろ……」
―――木にめり込みピクリとも動かないのは、自分の血で赤く染まった子竜だった。
「グギャァァァァァア!!!!」
夕暮れの森に、『何か』の咆哮が轟いた。
最低最悪の闘いが、始まる。
あの〈森精狼〉は移動の補助に土魔術は使っていない個体だったので、奏多は土魔術を覚えられませんでした。割と使うスキルには魔物にも個体差があります。