逃走の末に
面白かったら評価お願いします。
めっちゃモチベーション上がります。いやマジで。
何が起きているのか理解出来なかった。
冷たかったとはいえ、先程から会話を交わしていた人間にいきなり攻撃されたのだ。訳が分からない。
「な、何をしたんだ!?辞めてくれ!」
腹に残る激痛と先程の文言からして、今の衝撃波を出したのは目の前で冷たく俺を見つめる紫髪の少女以外無いだろう。
でも何故。勇者ではないとかなんとか言っていたが、意味が分からない。俺を勇者だと言って召喚したのは、こいつらだと言うのに。
「お前如きを気絶させるには〈衝撃波〉で充分だと思ったが、意外とタフだな、異世界人。」
「どういう、ことだよ……!説明してくれ!」
まだ腹が痛く、上手く話せない。
それでも、この状況で何か叫ばなければ殺されることだけは理解出来ていた。赤ローブの男達は何かを察したかのように、俺を囲むよう動く。明らかに感じる殺意に、身体の震えが止まりそうになかった。
一瞬で、周りが全員敵になる。
「何が何だか、訳が分からない!誤解してるんじゃないのか!?」
「お前の称号欄に〈勇者〉は無かった。ステータスもそこらの村人程度。お前は勇者などではない!」
紫髪の少女は、先程とは裏腹に感情をあらわにして叫んだ。
莫大な費用をかけて召喚した勇者が、実は一般人だったからイライラしているってことか。確かに、その気持ちは分かる。
だが、それは―――
「そんなの、ただの八つ当たりだ!俺を召喚したのはお前らだろうが!」
「―――黙れ。」
「黙らねえよ!勝手に召喚しといて勇者じゃなかったら殺すって?頭湧いてんじゃねえのか!?」
叫ぶ。感情を吐き出す。
こんな理不尽な状況、叫ばずにいられるものか。
俺はもう二度と家には帰れない。父にも、母にも、妹にも会えないというのに、こんな幼稚な精神性の女に八つ当たりで殺される?
―――ふざけるな。
「黙れと、言っている―――!」
少女が叫ぶ。綺麗な紫髪が、彼女の周りで渦を巻く『何か』に靡く。
彼女の、透明な茶色い瞳が輝いた。宝玉がついた杖を構える。
なにか、来る。
「がぁぁぁぁぁっ!?」
―――次の瞬間、俺がさっきまで立っていた壁が爆発した。
迫り来る命の危険を本能的に感じて、俺はギリギリで左に飛んだ。
壁にはクレーターができ、隣の部屋と繋がっている。
先程の衝撃波の強化バージョンだろうか、当たったら即死間違いなしの攻撃に、首筋がおぞましい程の危機を伝える。
その衝動に従い、俺は衝撃波を放ち動きの止まっている少女と赤ローブの男を押しのけてドアを開け放つと、そのまま廊下を疾走した。
こう見えても、学校で1位2位を争う短距離タイムなのだ。
命の危機ともあり、俺の身体は爆発的に加速、一気に彼らとの距離を離し―――
「え、―――早っ!?」
全力で走り出した直後、もう目の前に紫髪の少女が立っていた。動きが見えない。人間の速さではなかった。
明らかに、人外。
次いで男達が到着し、再び俺を取り囲む。
いくら広い廊下とはいえ、一本道では逃げ場がない。土地勘もないから、何処に逃げればいいかも分からない。詰みだった。
「話せば分かる!俺はお前らに危害を加えるつもりは無いんだ!」
「―――黙れッ!!!」
再び放たれる衝撃波が、暴力として世界に顕現する。
避けられない。顎に、直撃した。
「かッは……」
意識が揺れる。脳が悲鳴をあげている。平衡感覚が失われ、立つことすらままならなかった。視界がブレる。憎たらしい紫の女が上手く見えない。
思い切り床に倒れ込んだ直後、怒号とともに男たちに浴びせられる暴行。顔面を思い切り蹴られ、腹に殴打が加えられる。
「が、あァァァァァッッ!?やめ…っ!助け……誰か!」
あまりの痛さに絶叫を上げる。痛さに思考が塗り潰される。そんな醜態すら無視して、豹変した男たちは俺をボコボコにする。
子供への容赦なんて、微塵も感じられなかった。
暴行の中、意識はゆっくりと、虚空の彼方へと消えていって――
―――ふと、舞香の顔が脳裏に写った。
「お」
赤ローブの一人が、一瞬だけ声を上げた。
俺に馬乗りになり顔面を殴ろうとした男が、不意打ちで差し込まれた渾身のアッパーをぶち込まれ沈黙する。
「何!?」
遠くから、紫髪の少女の戸惑うような声が聞こえて、俺は強がってニヤリと笑った。
折れた歯を吐き出しながら、驚きで一瞬動きが止まった男達の一人に思い切り膝蹴りをかまし、脇を通り抜けて再び走り出す。
―――顎は、人間にとって大きな弱点のひとつだ。
顎を揺らせば脳が揺れる。脳が揺れれば大きなダメージを負う。
あの少女の衝撃波は確かに顎を捉えていたが、真正面からのインパクトであれば意識は飛ばない。衝撃はそのまま横に行くからだ。
最初の衝撃波も、その後の暴行も、とてつもない痛さだった。それでも、意識を飛ばさなかった俺の勝ちだ。
下からのアッパーで、高校一年生の男子が懇親の力で顎を打てば、大の大人であっても意識は簡単に飛ぶ。
ほとんど賭けだったが、上手くいった。
またさっきのように秒で追いつかれるのを防ぐため、そこかしこに飾られている高そうな壺やらを割って廊下へと投げ、少しでも時間を稼ぐ。
部屋に入ってもいいが、見つかったら確実に殺される状況なら廊下を走って逃げた方がいい。
それに、一応ドアを開けて逃げ込んだかのように見せるブラフも作っておく。
廊下の角を曲がった。先程通った場所ではないから、自分が何処にいるのか検討もつかない。ただ、さっきよりは確実に逃げられている。
走れ。走れ。走れ。
この世界から脱出して、もう一度妹に会う。
冷たく当たってきたことを、謝らなくてはならない。
足がもつれる。何が何だかわからなくて汗も止まらない。
恐らく肋骨は折れているだろう。前歯もぐらついているし、鼻からあたたかいものがダラダラと流れ落ちているのも感じる。
絶望的な状況で、妹に謝ることだけを考えて必死に、ガクガクと震えそうな足を叱咤して走り続けた。
走り続けて―――
「くそ、が……」
―――再度、背中に打ち込まれた衝撃波で、俺は盛大に地面へと叩きつけられた。
当たり前だ。こちらは極度の疲労に加えて大怪我、土地勘もなく、全身が今もジンジンと痛みを告げている。
向こうは、異世界生まれ異世界育ちで、この城をよく知っている身体能力人外女だ。どんな馬鹿でも、勝てるわけがないことくらい分かる。
どうして、もう一度妹に会えるなんて、夢を抱いていたんだろう。
「ごめん、舞香……」
もう身体は動かない。首だけで後ろを振り向くと、俺が割った壺の破片だらけの廊下を、中空に浮かぶ青白く発光する足場のようなもので渡ってくる紫髪の少女がいた。顔は、怒りに歪んでいた。
あれも、魔法なのだろうか。
俺は捕まって、八つ当たりで殺されるのだろうか。
果てしない怒りと恐怖だけはあるのに、体はまったく呼応しないのが憎らしくて、とても情けなかった。
鼻血がこぼれる。先程の顎の一撃のせいだろう。
「殺してやる、異世界人。」
倒れ伏す俺の横に辿り着いた少女が、杖を構えてそう言う。
目の前の廊下からも、さっきとは別の赤ローブの増援が来た。いよいよ、本当にダメらしい。
「―――?」
その時、気付いた。
体の中で、何かが渦を巻いている。
これまで感じたことのない何か。暖かく、全てを包み込むようなそれを、生きるために操作する。
血でも、空気でもない新しい何かは、俺の求めに呼応して動いた。
本能のままに、それを動かす。
やがてそれは、俺の右手に集まっていって―――
「な、ぁ……!?」
廊下に倒れ、ピクリとも動かなかった自分の右手を上にあげる。
紫髪の少女にも赤ローブにも、対応する時間は与えない。
溢れる力に呼応して、俺は右手に集中したそのエネルギーに形を与えて―――
「〈衝撃波〉――ッ!」
――刹那、俺の右手から発生した衝撃波が、紫髪の少女を軽々と吹き飛ばした。
力が湧いてくる。これが何かは分からない。
でも、分かることがひとつだけある。
「今なら、何でもできる―――!」
無限に力が、溢れだしてくる。
その力に身を任せて、俺は吹き飛ばした少女を見向きもせずに再び走り出す。あれだけ打ちのめされた身体が、恐ろしいほど軽かった。
赤ローブの男たちが驚きから復活して道を塞ぐ。邪魔だ。どけ。
俺は、また舞香と――!
「〈衝撃波〉!〈衝撃波〉〈衝撃波〉、〈衝撃波〉ァ!」
溢れ出る正体不明の力を再び右手に集めて、目の前の敵を吹き飛ばす。大の男が、面白いように飛んでいくその様は、滑稽だった。
本当に、何でもできるような気がした。
圧倒的な万能感に浸りながら、俺は先程とは比べ物にならないスピードで廊下を疾走する。
そして――
「窓!……高いけど、いける。」
人の背丈より少し上に設置された大窓。その窓の奥には、綺麗な水色が写っている。空だ。
あそこからなら、この城から脱出できる。やるしか、ない。
後ろから、紫髪の少女の声が聞こえる。
ヤバい。かなりのスピードだ。追いつかれる。間に合うかは、五分五分と言ったところだろう。
「殺してやる、異世界人ごときがァァァ―――ッ!」
もはや、最初のキャラが見る影もないキャラ崩壊を起こしているが、気にしない。あんなヤバい女より、舞香の方が五万倍マシだ。
ふと、少女が走りながら懐から一枚の幾何学模様が描かれた紙きれを取り出した。それは眩い光を発して世界を塗り替え、紙きれが手のひらサイズの氷の弾丸へと変貌する。
明らかにヤバい、当たったら死ぬやつだと本能的に理解する。
狙うなら何処だ。急所である頭?心臓?
いや、違う。さっきも、すぐに殺せばよかったのにわざわざ男たちにボコボコにさせた。そもそも、勇者でないことが確定した時点で衝撃波なんて打たずにナイフで刺した方がよっぽど効率的だ。
つまり彼らが抱いているのは、純粋な殺意ではない。それは、ねっとりとした、泥のような憎悪。
なら、狙ってくるのは―――
「〈天歩〉!」
叫ぶ。技の名前は、何故か本能的に理解できていた。
瞬間、目の前に生成された青白い足場に飛び乗ると同時、俺の足があった所に氷の弾丸が突き抜けた。どうやら、俺の想像は間違っていなかったらしい。
「な、何で〈天歩〉を……さっき見た時は、スキルなど1つも習得していなかったはず!」
後ろから驚きの声を上げる少女を後目に、俺は続々青い足場を次々と生成して渡っていく。
正直に言うと、なんでこんなことが出来るのかなんて分からない。俺に備わった唯一の固有スキル〈天才〉が何か関係しているのだろうが、詳しい理屈は俺に与えられた情報では分かりそうもなかった。
ただ、今はそんなこと関係ない。
この力を使えば、俺は逃げられる。
窓までの距離が10メートルを切った。
背後から少女の、切迫したような叫び声が聞こえる。
知ったものか。俺は逃げる。逃げて舞香と会うんだ。
勢い任せに走る。その勢いを欠片も緩めずに、窓を思い切りぶち割る。
ほんの一瞬だけ訪れる浮遊感。初めて見る異世界の空は、地球よりよっぽど蒼く、美しかった。
そして―――
「いい加減にしろよ、野蛮なゴミめ。」
怒りに目を染めている老人―――帝王ミズルと、目が合った。