SS級、降臨。
ヒルク三人称からのカレジ視点です。
首から噴水のように自らの血を吹き出し、周囲の地面を赤黒く染めるオークの行く末も見ずにそのドラゴンは爪を振るう。
きらりと硬質な輝きを放つその鋭い爪は、いくらオークの分厚い脂肪でも到底太刀打ちできるものでは無い。
まるで豆腐のように抵抗なく真っ二つになるその様は地獄絵図のようだったが、しかし状況的に有利なのはオークたちだった。
背後に庇うのは未だ意識のない大蜥蜴と、首が折れたカレジの亡骸。
彼を拾ってくれた少年はオーク・リーダーに道を阻まれ、いくら魔物の王と称されるドラゴンでも多勢に無勢としか言えないものだ。
訓練されたオークは危険度が1つ格上げされる程の力を持つことでも有名で、故に優れた統率者を持つオークの群れは非常に危険視される。
時にはドラゴン討伐と同じ規模で討伐隊が組織されることもあり、その危険度は国にとってもドラゴンと五分五分であった。
個の力を誇るのは当然ドラゴンだが、手数でいったら圧倒的にオーク。
1対200の絶望的な戦いに、そのドラゴンの持つピンク色の鱗も徐々に傷が目立ってくる。
流石に桁外れの体力を持つ治癒竜という種であるためか疲労は見えないが、着実にダメージを与えていた。
治癒魔術にも限りがあるため、この戦いはかなり厳しいものとなることは間違いないだろう。
だが1番の問題は、カレジが死んだことによる精神の乱れだろう。
〈言語理解〉というスキルを習得している彼は、カレジにもそれなりに懐いていた。
たまに脳内に響く〈剣の精〉なるものと会話をし、まだ幼い少年と一緒に魔物を狩ったり、大蜥蜴とじゃれながら過ごすその日々が彼は大好きでたまらなかったのだ。
そんな日々を壊したオークたちが許せなかったし、自分の仲間が殺されたことを酷く悲しんでいた。
それはこれまで狩る者として生きてきたドラゴンにとってそれは初めての感情で、かつてあの黒き竜と対峙した時のような痛みがあった。
自身の持つ治癒魔術で仲間を救えない己の無力さに打ちひしがれながら闘うそのドラゴンの動きが今までと違ってキレがないのは、それが影響しているのも確かだった。
顔も知らぬ親に産み落とされ知らない森で魔物を狩って生きてきたドラゴンが、初めて感じる敗北感。
槍を突き刺され、硬い鱗が剥がれる。爪を振るいオークの首を落としたそのドラゴンは、ただただ悔しかったのだ。
だから。
「この能力については、事前に言っておいた方が良かったかもしれないね。」
そう、動きが鈍いドラゴンに苦笑しながら杖を構えるカレジが見えた瞬間、そのドラゴンは流れるはずもない涙が零れていた。
つぶらな瞳から流れる大粒の涙に、私はさすがに驚いた。
ドラゴンが涙を流すことにも驚いたし、ここまでショックを受けていることにも驚いた。
クレッシェンの魔術学院では、ドラゴンというのは非常に冷徹だと教わっていたのだがな……
やはり、あの不思議な少年と出会ってから常識が次々と覆されていく。
涙を流すドラゴンの傷だらけの鱗を優しく撫でると、私は静かに前に出る。
オークの数は、あの包囲網を作っていたオークたちのおよそ3倍。
「あの包囲網のやつらは、捨て駒だったってことね……」
ようやくそれを理解し、そして指揮をとっているオークの賢さに舌を巻く。
それは、大怪我を負わせたオークキングの他に賢い敵がいるということだ。
ギルドならS級難度に指定されてもおかしくないその群れに、しかし私は余裕の表情を崩さない。
「大丈夫、ヒルクはもう下がってて。」
さっきは不意打ちを受けてしまったが、この姿になった以上負けるわけにはいかない。
今まで皆の前でとっている姿の時とは比べ物にならない程の魔力の奔流。
それは魔力の感知能力が高いオークたちも気付いたのだろう。突然生き返った私に動揺するように警戒態勢をとったオークたちに、私はより一層赤みを増した髪をたなびかせて杖を向ける。
先端に嵌められた赤い宝玉は持ち主が真の姿を見せたことに喜ぶように脈打ち、これまでとは一線を画した魔術が放てることを確認する。
これこそが、私の切り札。
兄とは違いより多くのエルフの血を引き継いだ私は、ハイ・エルフの種族スキルを獲得していた。
それが〈姿変えし者〉と呼ばれるスキル。
文字通り身長や体重、容姿などを変更出来るスキルで、姿を変えている最中に致命傷を負うと変身が解かれる代わりにその傷を無効化する。
これまでこの切り札を切ったことは少なく、兄にも1度見せただけであったが、その力は強力であることに間違いなかった。
圧倒的な魔力量の差に恐れるオークたちは、それでも群れを護るため必死に私へと肉薄する。
それはさながらスタンピードの時のようだったが、唯一違うのは瞳に映る感情だろう。
スタンピードの時は狂気を宿し、ただ全てを壊す為だけに動いていたオーク達の瞳には、群れを守るため命を賭す悲しい決意。
それを踏み躙る私は、やはりろくな奴ではないのだと改めて実感する。
飛びかかり、粗末な槍を突き出す一体のオークが私にその穂先を届かせる前に水弾に貫かれて崩れ落ちる。
背後から忍び寄ってきたオークは風刃で切り裂かれ、集団戦法を使ってくるオーク達は焔の聖域で焼かれて死んでいく。
地獄絵図。あまりに無惨な光景に、少し距離をとって私の様子を伺っていたドラゴンが呆然としているのが見えた。
でも、そんな反応をされるのには慣れている。故郷の村では、化け物と呼ばれ虐げられていた私にとってその程度慣れっこだった。
これが、魔壁に愛されたと称される私の魔術。
帝国最強、〈四臣〉である私の力。
無論、この姿になったとしても〈双頭〉のアロネゾンや魔術陣師ティロス、ましてや兄に勝てる気はしない。
〈四臣〉の中では最弱なのも理解しているし、帝国から逃げた私が陰口を叩かれていることも知っている。
兄の説得と、皇帝であるミツルの寛容な処置がなければ潰えていてもおかしくない命。ならばそれを、せめて誰かの為に使いたいと思うのはエゴなのだろう。
でも、エゴならエゴで結構。
自分の与えられた力をどう使うかは、自分で決める。
とどまることを知らないオークたちの特攻に、私が放つ魔術がその覚悟を次々と踏み躙っていく。
血飛沫はしかしいずれも私に届くことはなく、群れを守る覚悟と共に空へと消えて。
10年前、帝国が欲した勇者のコア。
それを管理するとある一家の暗殺命令が出された私と〈四臣〉の仲間たちは、何の罪もない幸せな家族を皆殺しにした。
子を、孫を守ろうと致命傷を負ったにも関わらず剣を握った老人を殺し。
まだ何も分からず、無限の可能性を秘めていた赤子を殺して。
そんな血溜まりの中で、私は気づいたのだ。
どんなに優しい人間でも、立場や運命次第で悪魔に変わる。
ヒトという生き物は、そんな恐ろしい種族なのだと。
エルフである私も、それに違わないことも。
その事件の後帝国を出た私は、このフィラル大森林で静かに暮らしていた。
今も時々、帝国からの使者が戻ってこいと伝えるが、私はその誘いを全て断っていた。
世界で数人しかいない上人であるミツルは、酷く冷徹である事が知られている。
彼の下で働いていたら、私はまた誰かの思いを踏み躙ってしまうのではないかと、怖かったのだ。
その結果がこれだと、私は今の状況を自嘲する。
未だ私の魔力は尽きることを知らず、どのオークも槍を私に届けることができないまま血溜まりに沈んでいく。
戦い始めて数十分、数を大きく減らしたオークたちの動きがふと変わった。
「ぐぼぉ……」
皆、突然飛びかかるのをやめ、そしてそのオークたちの群れから1匹だけで出てきたオークに視線が集中する。
巨躯を誇るそのオークは、これまでとは確実に一線を画した覇気を纏っていた。
肌は燃えるように紅く、手に持つのは人間が数人分の長さを持つ大剣。漆黒に輝くその剣は魔剣と見紛う程に美しく、持ち手の風格も伴って一流の剣士であることが伺えた。
これが豚人ノ王かとも思ったが、奴は剣の精殿にボコボコにされ、戦線復帰は出来ない筈だ。
となると、この豚戦士を遥かに凌駕する覇気の持ち主はーーー
「まさか、上豚人……?」
ハイ・オーク。
それは、豚人ノ王がいる群れで起こるスタンピードと呼ばれる魔物の凶暴化とともに生まれる最強個体。
オーク・キングと同等、もしくはそれ以上の力を持つとされるそのオークの危険度は、SS-級。
大厄災とも比喩されるSS級に片足を踏み入れているそのオークは、スタンピードを経験した者にとっては悪夢の象徴でもある。
そして、この個体は恐らく別の群れのスタンピードによって生まれた流れ者。
故に経験豊富で、その実力はSS級に匹敵する程であることは間違いない。
ハイ・オーク。そして、私の戦いが、今始まろうとしていた。
面白いと思ったら評価やブクマ、コメントよろしくお願いします




