異世界
2話目です。
ブクマよろしくです。
真っ暗な世界で、俺はぽつんと立っていた。
上下左右も曖昧な漆黒の中で、ただ「立っている」という認識だけがある奇妙な空間。
そんな場所の中心に、『それ』は堂々と鎮座していた。
「いやあ驚いた。まさか、代替品が送られてくるとは。」
『それ』が、どこか白々しい口調でそう告げる。
顔は分からない。ただ、その表情が嘲るようなものであることは分かる。
この意味不明な状況といい、どういう事なのかを問い詰めようと、俺は口を開く。
「ーーー」
口を、開く。開けない。
いや、違う、これはーーー
「あぁ、今の君は精神体だから喋れないよ?」
口が、いや、それだけではない。
足も手も、俺の体には何も存在していなかった。
「ここは世界同士の狭間。今、君はこちらの世界へと送られている途中なのさ。」
理解ができない。思考を、闇に阻害される。
そういえば、俺はどうしてこんなところに居るんだろうか。
何か重大なことがあった気がするのに、まるで記憶にモヤがかかったかのように思い出せなかった。
「本来、この世界に送られるのは君ではなくあの少女の方だったんだ。」
ふと、『それ』がひとりでに話し始めた。
どうやらご立腹らしい。
それより、あの少女とは誰だろうか。
思考が、かき乱されるように酷く妨害されるのを感じる。
「だが、君が余計なことをしたせいで彼女は死亡しなかった。いくら人間手製のユグドラシルとはいえ、まさか死の強制力があの程度のものだとは思ってもいなかったさ。」
苛立たしげに『それ』は告げる。
「当然、勇者の素質なんて君にはないから、人間共は莫大な費用をかけて一般人を召喚したことになる。」
「当然、奴らもただでは諦めないだろう。再び勇者召喚を執り行うかもしれないが、そうすれば君を生かしておくメリットもないし、間違いなく君は殺されるだろうね。」
「流石に、そんな理不尽はいくら代替品とはいえ同郷の僕からすれば見たくないんだ。」
「まぁ、優秀ではあるみたいだし、エクストラスキルもあるから心配はいらないんだろうけどね。」
「一応、授けておくよーーー■■■を。」
ふと、闇の世界を割るように光が入ってきた。
到着したのだと、ぼんやりとした意識が理解する。
「時が来れば、この力は覚醒するだろう。せいぜい上手く使いなよ。」
そして、『それ』は笑った。
「僕は、一人孤独な神様さ。いつか、君と会う日が来るかもね?」
そして、光はやがて、俺を包み込んでいきーーー
「……成功、したのか?」
「これで、帝国は……!」
「勇者の降臨だ!」
暴力的な光が、闇に包まれていた俺の視界を貫いた。
朦朧とした意識すら、周囲に響く大きな声で一気に覚醒する。
「俺、さっきまで誰かと話してたか……?」
直前の記憶を探るが、全てモヤがかかったかのように不明瞭だ。唯一覚えているのは、あの肌を舐る炎の猛烈な痛みだけ。
記憶の混濁をはっきりと認識し、ひとまず現状を理解することに努める。
何故か俺は、ひんやりとした硬い床に寝転がっているようだった。
状況が、全く分からない。ぼんやりとした視界には、まるで中世ヨーロッパを彷彿とさせる豪奢な装飾が施された天井が映っていた。
どうしようもないので、とりあえず上半身を起こす。
何故か、異常なほど身体が固い。
少し動いただけで複数の関節がごきごきと鳴る音が聴こえてくる。
それに違和感を感じながら、俺はいつもの寝起きの流れを踏襲してぐっと伸びをして立ち上がった。
ーーーそして何故か、俺の前方から歓声があがった。
今まで意識から外していた声の主を求めて前方を見ると、鮮やかな紅のローブを羽織った人々が俺を囲うように立っているのが見えた。
どうやら俺は、床に描かれた幾何学模様のサークルのようなものの中心に寝転んでいたようだ。
紅蓮のローブの人々は老若男女問わず揃っていたが、誰もが俺を見て歓喜の表情を浮かべ、涙を流しているものもいた。
恐らくだが、30人以上はいるだろう。
「どういう、ことだ……?」
意味不明な状況に困惑し、状況を把握しようと周囲を見回して愕然とする。
俺がいるのは、まるでかつての王族が住む城のような装飾が至る所に施された広大な部屋だった。
ここまでの建築物は、日本どころか世界でもそう多く残存してはいないはず。
つまり、ここは確実に日本ではない。日本に誰かが建てたとしても、この部屋を作るだけでいったいいくらかかるものか。
シャンデリアや壁に飾られた数々の装飾等、あれは明らかに、本物でしか出せない光沢だ。
「ドイツの、ノンシュバンシュタイン城が一番近いな……」
ふと、俺の脳裏に世界遺産に登録された城の玉座の間が思い浮かぶ。
だが、あそこは完全ガイド制で自由見学は不可能なはずだし、前提として俺は日本にいたはずだ。ドッキリにしては、あまりに大掛かりすぎる。
そもそも、確かに豪華な装飾ではあるが、天井や壁にに彫られた絵は明らかにヨーロッパ付近の文化圏ではない。
これではまるで、別の世界のようなーーー
「いや、実際にそういうことなのか……?」
俺の足元には青紫色のチョークのようなもので描かれた幾何学模様。
「例えるなら、これはーーー魔法陣。」
状況が結びついていく。
昔、読んだことがあった。こんな本を。
「つまりーーー」
「どうやら随分と頭の回転が早いらしい。君の思っている通り、これは異世界召喚ってやつさ。察しが良くて助かるね。」
ふと、紅蓮のローブを羽織った人々を割って1人の男が俺に声をかける。声は嗄れていたが、どこか軽薄な口調だった。
80代ほどの、腰の曲がった長い黒髪の男性だ。その服は有り得ないほどの装飾が施されており、彼が尋常でない立場であることが伺える。
「老人―――?」
何処か、この男に違和感を感じる。
まるで何かの仮面を被っているかのような、チグハグな。
そんな奇妙な感慨を覚える老人の後ろには、鮮やかな紫髪を腰まで伸ばした尋常でない美少女が立っている。恐ろしい程の美貌を持つ少女は、俺を油断なく見つめていた。
紅蓮のローブの人々も静かに俺たちを見ており、俺はプレッシャーに押し潰されそうになるがなんとか口を開く。
「は、はは……悪い冗談だ。」
当たり前だ。確かにその想像はしたが、まさか本当にこんなことがあるはずもない。
だって俺には、友達や家族がーーー
「ーーーぁ」
ふと、記憶の欠落を自覚する。
家族、家族家族家族家族家族、家族『家族』ーーー?
頭が、全身が、まるで電撃が走ったかのように痛む。
炎のゆらめきを、あの熱を、思い出していく。
「どうやら、思い出したようだね。」
「そうだ、舞香……は。」
あの炎の夜に、何があった?
崩落する天井から、舞香を庇って、あの後の、俺はーーー
「そう。君は既に、一度死んでいるよ。」
そう、酷くあっさりと告げた老人に、俺は考えることを放棄した。
奏多くんの能力は妹の舞香に比べると劣りますが、でも普通の人の中では天才の部類に入る何でも出来る系の子です。
本人は無自覚ですが、結構人を見下したりする所があります。