嘆きは空に融けて
保存して、書き途中だった小説を、間違えて訳分からんところで投稿してしまいました。
本当に申し訳ございません。
これは、「真紅に染まり」の編集版です。ご迷惑をおかけしてしまい、すいません。
これからも見ていただけると嬉しいです。
カレジ・イルティス。
セーニョ大帝国においてその名は、〈魔術陣師〉ティロスに並ぶほど帝国中に轟いている。
エルフの血、更に彼女自身の圧倒的な神紋性能で、無名の村の田舎魔術師から成り上がったシンデレラストーリーは有名で、吟遊詩人たちに謳われる程である。
兄であり魔術の師匠でもある〈風神〉パルマ・イルティスを慕っていることも知られていて、その兄妹の美形ぶりからファンも多い。
そんな有名人がこの魔境で暮らし、質素な暮らしを送るのには理由があった。
10年前、「あの事件」が起こってから、彼女は1度もセーニョに足を踏み入れていない。
それが何故なのか、未だに彼女自身も分かっていなかった。罪悪感か、はたまた……
「ただ、私が逃げたいだけなのか……だよね。」
そう、整った顔を歪め自嘲する彼女に、目の前で上等な剣を持ち構えたオークが舌なめずりをした。
それは通常のオークと比べ体格が良く、纏っている装備も上等であることから、上位種であることは間違いない。
だが、オークリーダーにしてはおかしい。
オークリーダーは、個々の戦闘力より統率に重きを置いている。
無論通常のオークよりは強いが、それでも戦うとしたら集団戦法を使ってくる筈だ。
「豚戦士……か」
並の冒険者ならその存在が何であるか分からなかっただろうが、彼女の記憶には僅かであるが残っていた。
それはかつて、帝国の武官がオークの群れを討伐した自慢話をしていた時、群れに希少種である豚戦士がいた、というようなことを聞いた事がある。
それは、通常のオークより好戦的で、なおかつ実力を兼ね備えたオークが至れるという進化系。
オークリーダーより戦闘力が高く、指揮能力は無いものの、その脅威度は確かA-級程度だった筈だ。
完全に、戦うことだけに特化したそのオークは、低級魔物として名高い通常のD+程のオークとは完全に隔絶している。
実際、剣の構えは隙がなく、これまで幾人もの剣士と相見えたカレジの中でも上位に入る腕前だと予想できる。
これは、あの年齢で化け物のような能力を持つ少年にも分が悪い。
切り札を使えば勝てるだろうが、3分経ってしまえば周りのオークたちに殺されてしまうのがオチだ。
「私が、抑えておかないと……」
今少年は、大蜥蜴の救出に向かっている。
大蜥蜴にしては有り得ない戦闘力を持つあの魔物なら大丈夫だとは思うが、やはり彼女の不安は途切れなかった。
明らかに、統率がとれすぎている。
これだけのオークを、オークリーダー数匹で従えられる筈もない。
豚戦士より上位の、豚人ノ王がいる可能性もある。
今のところヒルクは無事で、先程まで豚人術師に押されていたのを何とか押し返している所だ。
このまま行けば勝てるだろうと判断し、彼女は自分の戦闘に神経を研ぎ澄ませ。
そして手にした巨大な杖を構え、静かに魔力を練り始める。
「グ、ゴォオオオオオ!!」
先に攻撃を仕掛けてきたのは、豚戦士だった。
獰猛で、それだけで獲物が萎縮するような巨大な叫び。
それを上げながら、巨体が神速で走ってくるのはまさに地獄絵図に等しい。
有り得ない速さでありながらそのオークはなおも隙がなく、いくらカレジといえども侮れない鋭さがあった。
そして、10メートル程の間合いを一瞬で詰めたオークが剣を振るう。
それは、無駄な動きを極限まで省いた究極の剣技。どこかの冒険者から奪ったのだろうか、やけに質のいい直剣が大気を裂き、その延長線上にあるカレジの華奢な首を落とそうと迫る。
剣神に愛されたようなその動きは世界に悲鳴をあげさせ、音速にまで迫る程だったかもしれない。
並の剣士ではまともに抗えず、何も分からないまま死んでいただろうその一閃を、しかし大帝国の最高戦力は軽々とかわした。
それは、傍目から見たら斬られたように見える程紙一重を走っていたが、それでも彼女は動揺していない。
それは、攻撃を避けれる絶対的な自信があるからこそだ。
あと数センチで届かなかった自分の剣技に、そしてそれを避けた獲物に、怒りの咆哮をあげる豚戦士が間断なく剣を振る。
もはや魔物ではなく、一介の剣士として振るわれた直剣は、大気の抵抗すら無視して死を描く。
反応すらできていないカレジを見て、その醜悪な面がにやりと歪んだ。
だが、その安堵は酷く場違いなことを、そのすぐあとに体感することになる。
「ぐ、ぼぉ!?」
豚戦士が、自分の放った一撃が宙を泳いだことに困惑の叫びをあげた。
その数秒が、このオークがこれまで1番多く物事を考えた時であっただろう。
だが、考えても分かるはずがない。
今まで彼は、剣を振るうだけで良かったのだから。
もし、豚人術師が使う攻撃に興味を持っていれば、彼はもう少し冷静に対応できただろう。
無論、それが聖属性魔術による反射神経の底上げだと分かる魔物なんて、居るはずもないのだが。
「じゃあ、次はこっちの番ね。」
そう、耳元で女の声が聞こえた瞬間、豚戦士は剣を振った。
それは、剣を極め、剣に生きたオークが放った至高の一撃。
普通のオークなら反応も出来なかっただろうそれに対応できたのは、その弛まぬ努力の証。
王を守り、世界に君臨するため鍛えてきたその剣技は、それでもカレジには届かない。
放った剣撃が宙を舞い、距離をとるため跳躍しようと膝を曲げた瞬間ーーー
胸元に衝撃が走り、肺が圧迫され一瞬で呼吸が出来なくなる。
身体が軋む音が聞こえ、その頑丈な肉体が軽々と吹き飛ばされたのが、回る視界でぼんやりと理解出来た。
吹き飛ばされる直前、目の端に映っていた炎のお陰で、彼は自分がなんらかの魔術に吹き飛ばされたのだと気が付く。
そして、あのオーク・マジシャンの魔術が効きもせなかった自分を吹き飛ばす、桁違いの威力の魔術であることも理解する。
だが、それで何かが変わるはずもない。
暫く吹き飛ばされ、地面に激突した時、それでも豚戦士が生きていたのは、奇跡としかいいようがないだろう。
全身土まみれで、まともに立ち上がることも出来ないオークは、それでも地を這い、近付いてくるカレジに強烈な殺気を向ける。
なおも戦う意志を持ち続けるその魔物に、彼女は少し寂しそうな顔を向けていた。視界が歪み、カレジの表情など見える訳もないオークに、それは分からないだろうが。
「昔、こんな人がいた。君みたいに、もう動けないのに戦おうとする人を。でも私は、その思いを踏み躙った。それも、今日で2回目。」
だから、彼女は思うのだ。
「わたしは、ただの悪役だよ。英雄なんかには、なれない……」
最後の一言は、誰に向けたものなのか。
虚空に向けて放ったそれは、酷く哀愁に満ちていていて。
だがそれは、首が落ちた豚戦士には、永遠に聞こえることもなく。
空に融けて、消えていった。
爆風、爆風、爆風。
そう表現することしか出来ない熱を帯びた暴風に、2mはある巨躯が次々と吹き飛ばされている。
塵のように吹き飛ばされるオークたちに、豚人術師は焦っていた。
この群れは、100匹程のオークが集う小規模な群れ。
だが、その戦闘能力は他のオークの群れと比較にならないと、様々な群れを点々としてきた豚人術師は知っていた。
故に、彼は今回の襲撃を挑むべきだと王に進言したのだ。
王。それは、進化というシステムを薄らと理解している豚人術師にとっても規格外の存在。
これまで、豚戦士や豚将軍が群れの長であることが常だった彼にとって、絶大の信頼と忠誠を捧げるべき王。
その王が、今目の前で傷だらけで倒れている。
ここまで運んできたオークは既に爆風に巻き込まれて死に、今残っているオークは少ない。
先程まで、竜と相対していたもう一体の豚人術師とその手勢10匹程は全滅し、単独で動いていた豚戦士は女に殺された。
王の手下も死に、残るは彼の手勢12匹と傷だらけのオークキング、豚将軍が2匹だけ。
絶体絶命の状況で、それでも彼は希望を失っていなかった。
王の手下が、王と謎の少年との戦闘中に奪ってきた〈大蜥蜴〉という魔物。
それは、この戦いには参加していない〈豚斥候〉が事前に報告してきた家の居住者の1匹で、通常のオークならかなりの数を倒し尽くせる程の戦闘力を持つ。
だが、それでもこの家に住む他の人間よりは弱く、故に彼はこの魔物こそがこの闘いの鍵になると踏んでいた。
それは、豚人術師の中でも特に卓越した考えであることに、しかし本人は気付かない。
残された最後の希望は、この魔物を使い敵をおびき寄せること。
そして、オークの最高戦力で全員を囲み、倒す。
そうすれば、数多くの上位個体が生まれ、戦力は一気に底上げされるだろう。進化した個体の子は能力が高く、優秀である。
1人倒して少し時間を稼げば、全員を殺すことも不可能ではない。
当然、険しい道のりになることは間違いないし、数多くのオークが死ぬだろう。
それでも、あの人間たちはここまでしたオークを絶対に許さない。
それは、人間に関わったことのある彼の絶対的な確信。
どうせ、抗うしか生きる道はないのだ。ならば、盛大に足掻いてやろう。
風の魔術しか放てないはずのエルフが放つ火属性魔術から逃げるように、彼はその僅かな手勢を率いて森に逃げる。
賢すぎるオークと、仲間を奪われた怒りに燃える異世界人との闘いの火蓋が、切られようとしていた。
ブクマが6件になりました。
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