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ボロい鉄の剣が最強になりました〜偽物勇者、異世界を往く〜  作者: 瞬殺のコバルト
1章・フィラル大森林
10/26

雷撃の天使

いよいよチートの始まりです

―――あの子竜が、為す術もなく吹き飛ばされた。


ピンク色の肌には痛々しい裂傷が刻まれ、木々を伝う濃い紅色が子竜の敗北を脳に焼き付ける。

木にめり込んだ竜は、もう欠片も動かなかった。


パーティ最高戦力の呆気ない沈黙に、大蜥蜴も俺も、驚きで一瞬動きが止まる。

思考が真白に染まり、それでも突如起こった現実に対応しようと身体を動かしーーー


「な……ぁ!」


刹那、子竜が飛び込んだ森の端から、この世のものとは思えない咆哮が轟く。肌に感じる、圧倒的な振動には、敵意を萎えさせるだけの確かな『強さ』があった。


空気が振動し、森の生き物が隔絶された強者の気配に息を潜め、夕焼けに包まれたフィラル大森林は今、戦場へと姿を変えた。

確かにいるはずの姿は、木々に阻まれて見えない。 何かが確実にそこに居るという確信だけがあって、俺は冷や汗をかきながら、それでも静かに、錆びきった剣を抜いた。


子竜を介抱する時間はない。死んではいないと信じたいが、どちらにしろ今俺たちが立ち向かわないと死ぬのだ。


「あぁ……くそっ、怖ぇ!」



久しぶりの恐怖で身体が震えていた。 あのドラゴンを、一瞬であそこまで追い詰める程の強者に、俺たちだけで何処まで闘えるか。 頼れるのは、頼るのは自分だけだ。

こんな所で、俺は死ぬわけには行かない。


よく見ると、背後で血塗れの子ドラゴンが眩い光に包まれていた。自分を治療しているらしく、みるみるうちに傷口が塞がっていく。

あの調子ならば全回復までにそう時間はかからないだろう。


「とは言っても、衝突までに回復するレベルではないだろうな……」


有り得ないほどに空気が張りつめる。それはまるで、森全体が俺たちの戦いを観戦しているかのような静寂。嵐の夜の静けさの中で、俺は全神経を前方へと集中させた。


「ーーー来る。」


【魔力感知】のスキルが感じた、極大の魔力が渦を巻く感覚。 それを感じた直後、俺は大蜥蜴に合図を出して、全力で走り出していた。 背後でチラつくのは紫の炎と、肌をかすめるだけで燃え尽きそうな超高温の熱だ。


巨木に隠されて見えなかった姿が、紫色の炎で木々を焼き尽くしながら現れる。


一歩歩くごとに響く、大地を揺らすほどの地鳴らしに、10メートル程のこの世のものとは思えない巨体。黒い鱗は、王者の風格を醸し出していた。


ーーー夕焼けに染まった空をバックに欠片も揺るがない、圧倒的な威圧。

正真正銘の『竜』が、そこにいた。




ーーーーーーーーーーーー

闇竜 竜族 Lv36



筋力 523


防御 607


素早さ 549


スタミナ 291


神紋性能 A-


ーーーーーーーーーーーーーーー


「これは、マズイかもな……」


ありえないほど広大な大広間の玉座に腰掛け、静かに目を瞑る黒髪の青年が静かに呟く。言葉には、僅かな焦りが浮かんでいた。

その隣には、紫髪の美少女が微動だにせず立っていて、滅多に見ない青年の焦る姿を横目で怪訝そうに捉えていた。


「何かあったのですか?」


呟く青年を横目にした美少女が、彼の僅かに焦燥したような声音を聞いて怪訝そうに問いかける。

それに対して青年は即座に答えることなく、完全に閉じきっていた底の見えない黒瞳をゆっくりと開いてーーー


「あの少年が、闇竜に襲われてる。遠かったから俺の『眼』でもスキルまでは鑑定出来なかったが、恐らく脅威度でいえばA級程度だ。完全に日が沈めばまずいことになる。」


そう冷や汗を浮かべながら話す青年に、少女は僅かに眉を顰めた。

彼女の脳裏に、一週間前の苦い思い出がちらついた。


「お言葉ですが、あのような凡人をそこまで相手にする必要はあるのですか?処分してしまった方が早いと、これまでにも何度も提言しましたが……」


かなり容赦のない発言に、しかし青年は動じることは無い。果てしない宇宙のように広がる深淵の瞳と、恐ろしく整った顔貌を歪ませて僅かに苦笑しただけだ。


「俺の素性を忘れたのかい、ティロス。彼にそんな扱いをすることは出来ないし、何より彼は凡人ではない。……きっと、帝国の利益にもなるだろう。」


そう、どこか熱狂的な含みを持った彼の発言。

そこまで言うのにも関わらず、ろくな装備も持たせず嘘の村の場所を教え、身一つも同然の状態で魔境に放り込む彼の考えが、彼女には理解できなかった。

それが、この青年に垣間見える異常な執念が原因であることは、薄々気付いていたのだが。


しかしそれについての追求は諦め、ティロスは静かにため息をつきながら「しかしーー」と言葉を続ける。


「確かあの場所は……カレジの領域なのでしょう?彼女の性格からして、見つけたら確実に助けに入ると思いますが。」


「流石元親友の【四臣】仲間、案外、よく分かってるじゃない。」


おちゃらけた青年の返答に、ティロスは古傷を抉られたような顔をして言い返した。


「いくら出来損ないとはいえ、あの「風神」の妹ですからね。カレジのことくらい把握していますよ。それで、どうなんですか?」


「んーまぁ、『眼』で見た限り既にカレジもこの騒ぎに気付いてるみたいで向かってるんだけど……」


「ーーー」


「多分間に合わないね。夜になったら視界不良な上に闇竜の補正もかかる。到着までに全滅するのがオチだ。」


一瞬、ティロスが息を呑む気配。

根は善良である彼女にとって、例え嫌いな相手でも人が死ぬことに嫌悪感を抱いてしまうことを、この青年はよく知っていた。


「近くの森の民に協力を要請してみては?貴方の『眼』なら届くでしょう。」


「森の民との深刻な関係悪化を忘れたのか?」


「それはーーー」


「フォルテ自由国家の騎士団共が無駄なことをしてくれたせいで彼らの人間に対する風当たりは非常に強い。Aランクの闇竜に命を懸けてまで挑む義理はないよ。」


青年の言葉は冷酷で、冷たい刃のように鋭く現実を突きつけてくる。だが、それが現実なのはティロスも分かっているのだろう。


沈黙が落ちた大広間の中で、完全に黙りこくった青年は再び眼を閉じた。

これこそ、大陸随一の巨大国家を治める【皇帝】ミズルのスキル。世界中のあらゆる場所を見渡し、六道天使の一角である「座標の天使」と契約した、世界でも有数の実力者、その代表格である『眼』の能力だ。


彼の瞳は、この世のありとあらゆるものを観測できる。


「もう戦闘が始まってから30分は経過してる。これはマズいことに……ん?」


目を閉じ、その先に遥か彼方の物を見据えた青年の表情が、ふと、変わった。

最初に異変に気付いた際の怪訝そうな表情から、徐々に、まるで金属がゆっくりと熱を帯びていくように、次第に歓喜の表情へと変わっていく。


それは、男の執念だった。

見間違いではないかと、完璧に作られた己の目を何度も疑いながら、それでも期待が隠しきれない中途半端な顔。


自分が幸せになっていいのか、困惑しながら喜んでいる子供のような表情を、生まれてからずっとこの青年の傍に居たティロスは今、初めて見たのだ。


「陛下、一体何が……」


青年は何も返さない。否、口は動いているが、声が言霊として外に出ない。それだけの衝撃が、青年の身体を襲っていた。


それでもやがて、彼は、皇帝は、ミズルは、息苦しそうに喘ぎながら声に歓喜を浮かばせて、絞り出すように言った。


「天使の、顕現だ……!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーー



ーーー状況は、最悪の一途を辿っている。


「何で、こんなことに……!」


目の前に悠然と立つ巨体を前にして、俺は額から血を流しながら呟いた。


既に、戦闘が始まってから10分が経過している。


明らかに人智を超越した存在である「竜」は、これまで俺が出会ってきたモンスターの中で頭一つどころか、生物としてのくくりからして違っていた。

巨大な体に反して素早い動きは歴戦の戦士のような知性を感じさせる戦い方で、俺と大蜥蜴は死なないよう逃げ回りつつ、どうにか一撃食らわせて退避することを繰り返すしかできない。


それでもまだ生きていられるのは、ひとえにあの小竜の奮戦のお陰としかいいようがなかった。

あの固い鱗を前に、【衝撃波】等の対人用スキルなんて通用するハズもない。


「グギヤァァァァッ!」


再度、回復を終えた小竜が眩い光から飛び出すと同時、目にも止まらぬ速さで自身の何倍もの大きさの竜へと突っ込んでいく。

戦いが始まってからあの小竜は、ろくに戦うことも出来ない俺たちを守るために何度も何度も回復魔術で自身の体を癒し、投げ飛ばされる度に回復することを繰り返していた。


自身の身を一切考慮しないその特攻にさすがの竜にもダメージを与えているのは確かだが、それにしても終わりが見えない。確実に、小竜が力尽きるのが先だ。


「行くぞ、大蜥蜴……!」


いつまでもこのままではいられない。

逃げるにしろ倒すにしろ、小竜が力尽きてしまっては意味が無いのだ。


小竜が再び突撃したこの瞬間。

俺は大蜥蜴へと合図を出し、そのまま猛スピードで竜の体へ攻撃を仕掛ける。


「ーーーッ!」


近づいて行く巨体に震える足を叱咤しながら、俺は剣を引き抜き、大蜥蜴の突進の勢いをそのままに竜の首へ一気に飛び上がった。

視界が揺れ、これまで感じたことの無い衝撃が俺を襲うのを感じながら、それでもレベルアップで強化された身体能力を駆使して強引に空中で姿勢を立て直す。


「おら、喰らえやぁぁッッ!」


竜は今、素早い機動を生かして的確にダメージを与える小竜を捕まえるのに必死でこちらを見ていない。

加えて足元では、大蜥蜴が突進をしかけている。


お陰で、鱗で覆われた胸はがら空きだった。


【剣術】スキルに従って、俺の剣は美しい弧線を描く。

耳に届く風切り音は美しく、弧を描く剣先の速度は過去最高と言ってもいい。

ガラ空きの竜の胸元に、俺の会心の剣戟が襲いかかるーーー


「……ぁ」


そして、ボキリと漫画みたいな音を立てて、あっけなく俺の剣は折れた。


一瞬、身体を襲った衝撃を感じた直後、俺の剣は数ミリも竜の漆黒の鱗に刺さること無く、半ばからぽきりと折れた。それは、子供のおもちゃのように呆気ない終わりで。


良く考えれば、当然だ。こんな錆びた鉄の剣が竜の鱗になんて刺さるはずもない。


俺は、そんなことにも気づけない自分に呆然としたまま、竜の巨体から落下していく。


「がッ……は」


無防備に地面に落ちていく俺を、大蜥蜴が慌てて拾って一度戦線を離脱する。

大蜥蜴の背に落下した重い衝撃が、俺の全身を貫いていた。全身がヒリヒリと痛む。


情けなかった。竜は未だ小竜を捉えるのに必死で、俺の事なんて、こんな惨めで哀れな人間のことなんて、見てすらいないのだ。

半ばからぽっきりと折れた剣が、俺の無力を嫌という程に伝えてくる。


そうしている間に、小竜が竜の手に捉えられた。


「ガァァァァッッ!!」


漆黒の竜は雄叫びをあげると、ぐったりとした小竜を思い切り引き裂き、再度木へと叩きつけた。

完全に致命傷に見える惨い傷だが、そのボロボロの小竜を再び白い光が包み込む。小竜の治癒魔術が、自分にも適応出来るからこその荒業だ。


ーーーそうまでして守る価値が、俺にあるのだろうか。


小竜はきっと逃げれるはずだ。

俺なんかより足も速い。俺なんかより強い。

だから、逃げようと思えば俺たちを見捨てて簡単に逃げることができるだろう。


なのに、戦っている。瞳に闘志を宿して、何度も致命傷を負わされながら戦っている。

俺なんかの、為に。出来損ないの、偽物勇者の、俺なんかの為に。


「グガァ……」


何度も戦線復帰する小竜にいい加減耐えられなかったのか、竜は疲弊した様子を見せながらも小竜にトドメを刺しに、ゆっくりと小竜へ近付いていく。

白い光に包まれている小竜は、恐らく近づいてくる竜に気付いていないだろう。


死んでしまう。

このままでは、小竜は死んでしまう。


「ダメだ……もう、やめてくれ……」


足が動かない。恐怖という病が、俺の身体を蝕んでいた。


時空の天使に会って、舞香に謝るのではなかったのか?

なのにどうして俺の足は、ピクリとも動かないのだろう。


また、過つのか。

また、逃げるのか。


才能や種族のせいにして、自分では勝てないからと諦めて、また後悔や無力を、味わうことになるのか。


「ーーーそんなの、クソ喰らえだ。後悔も無力も、もう飽きた。」


なら今、俺がすべきことはーーー


「【衝撃波】ァ!」


剣先に魔力を集中させ、これまでとは明らかに威力が異なる衝撃波が迸る。恐らく、【衝撃波】スキルのレベルアップだ。

そしてその魔力の波動は、小竜に釘付けでがら空きだった竜の横っ面を弾いていた。


「ガァ?」


突然の衝撃に、竜は一瞬だけ混乱する。

そして、その一瞬の混乱を俺は見逃さなかった。


「【衝撃波】!【衝撃波】!【衝撃波】ァッ!」


一息で三発の衝撃波を竜の頭部へと射出し、威力の上がった波動が竜に3重の衝撃を与え、視界をぶらす。

それと同時に大蜥蜴に合図を出し、竜の背後へと一瞬で移動。完全に、背後をとった。


行ける。折れた剣をそのままに、俺は未だ回復中の小竜を横目に見ながら再度飛び上がる。

強化された身体能力を駆使し、竜の首元に着地した俺は、未だ混乱している竜の後頭部に剣を突きつけた。


竜が暴れるせいで、足元は全く安定しない。

それでも俺は揺るぐことなく、折れた剣を後頭部に突き付けたまま、叫んだ。


「ーーーー【衝撃波】ッ!!!」


同時、膨れ上がる俺の体内の魔力が躍動する。

自分の体が弾け飛ぶような魔力の蠢きが一瞬にして剣先へと集まり、これまでとは比較にならないレベルの極大の暴力が形成された。


「【初級火魔術】ーーー」


加えて、僅かに残った体内の魔力を【初級火魔術】のスキルに従って属性として顕現させる。己の体の中央、全てに繋がる「神紋」から、火属性の魔力が湧き上がった。


瞬間、世界に現れた「火」は何の形も成していない、ただの火に過ぎないものだった。

ただ存在しているだけのこれでは、当然だが攻撃手段にはなり得ない。


だがーーー


「衝撃波と、初級火魔術の組み合わせだ。喰らえや、竜野郎ーーーっ!」


刹那、極大の衝撃の塊に火が混ざり合う。

一瞬にしてふたつの魔力は溶け合い、それは炎を纏った衝撃波へと変貌。一瞬で、爆弾の出来上がりだ。


そしてーーーー


「ギャガァァゥゥウゥ!!!」


衝撃波が発動し、大地を揺らす衝撃とともに溢れ出る火が、竜の頭部を燃やし尽くさんと襲いかかる。

悲鳴をあげる竜の声を至近距離で聞きながら、俺もまたその衝撃波に吹き飛ばされていた。


「かっ……はッ」


大蜥蜴も流石に落下に反応出来ず、俺は受け身も取れずに地面へ落下、息が詰まる衝撃とともに、無様に地へと転がる。


土臭い匂いに埋まりながら、目の前には悲鳴をあげる竜がハッキリと見える。

薄暗くなっていく空の中で、炎に包まれた竜の頭部だけは光り輝いていた。



「ははっ……もう、何も出来ねぇや……」


俺の体は、完全に沈黙している。

肉体の損傷だけが原因ではないだろう。これは「魔力切れ」で、おそらく先程の衝撃波連打で完全に魔力が底をついたのだ。

痛みだけが一方通行で伝わってくる身体は、もはや竜に抵抗することなど出来るはずもなかった。


故に、俺が出来るのはただ黙って竜の行き先を見守るだけだった。これでも倒し切れなかったら、俺は確実に死ぬだろうし、未だ白い光に包まれている小竜も大蜥蜴も、きっとどうすることも出来ずに命を落とす。


だから俺は、ただ祈ることしか出来なくてーーー


「グァァァァァァァッッ!」


それでも、衝撃波の中から雄叫びを上げて飛び出した竜を見て、俺はこの世の理不尽さを呪った。


「あぁ、くそ、何でだよ……何で、届かねぇんだよ……!!」


ーーーふと、涙が零れた。


竜は健在。頭部に火傷を負って、身体中に傷がついているが、それでも固い鱗に阻まれ深刻なダメージにはなっていない。

まだまだ闘えると言わんばかりに吠えている。

俺が、人生最後に死力を尽くしても、この程度。


竜にとっては、嫌がらせぐらいにしかならないのだろう。


無力だった。竜の前に俺がどれだけ言い訳をしようが、俺はただ無力で、戦いも、命を失う覚悟もない、温室育ちの高校一年生だったのだ。

身体はピクリとも動かない。精神的なものでは無い、肉体的な絶望。


あっけなく叩きつけられた現実。


これまではまだ、死の淵で逃げ出すことも出来た。

それも、もう無理だ。これまでほんの少しだけ上手くいって、生き延びることが出来たからと言って、今回も勝てる訳では無い。そんなこと、分かっていたはずなのに。


(私と、契約しろ。)


「あぁ……もう……」


何も上手くいかない。

この世界に来てからも、その前も、自分の無力を突きつけられてばかりだ。


諦めろと。かつて俺に言った妹の顔が蘇る。

市の体育館。バドミントンを始めて一ヶ月の妹に、全国大会で入賞した俺がボコボコに叩きのめされた日だった。


私に勝てないのは、お兄が悪いわけじゃない。私が少し、運が良かっただけだ。それは、覆せない。


そう、この世の全てをわかったみたいな顔で呟いて。

これが才能。これが、天才。


凡人の努力なんて意に介さない。

だから、才能なんてものは、この世で一番嫌いだ。


あの世界で才能の差を見せつけられて、今度は目の前に、越えられない種族の差が横たわっている。


「死ね!死ねよッ!お前なんて、死んじまえばいいんだよッッ!」


ふと湧き上がってきた、途方もない感情の奔流に身を任せて、俺は竜に向かって唾を吐きながら叫ぶ。

みっともない。我ながら、恥ずかしくなる程の醜態だ。幼稚じみた感情の発露なのは、分かっている。


俺だって。俺だって。俺だって。


俺だって、認めて欲しいのに。

俺だって、皆を救える力が欲しい。


―――俺だって、英雄になりたい。


(私と、契約しろ!)


この、漆黒の竜が憎かった。


俺はまだ、何も成し遂げられていない。

呆気ないモブのように、誰にも知られずに一人で死ぬのが、今はどうしようもなく辛かった。


白熱する思考が憎悪で染まる。

死への恐怖より、竜への憎さが勝った。


俺に、この竜を殺せる力があれば。

俺に、この竜を引き裂いて、時空の天使と契約できる力があれば。


(私と、契約しろ!!!)


―――そうすれば、俺はあの世界に、また。


「ーーーぁ」


そうか。

今、気付いた。

俺が憎いのは竜じゃない。


(私と、契約しろッッ!!!)


俺が憎んでいたのは、竜に対してなんかじゃない―――

さっきからずっと、脳内に響いているこの女の声が、心に熱く、語りかけてくるこの音が、俺の幻聴でないのなら。


英雄になれない俺が、誰かを救おうと望むなら。


他人の力だってなんだって借りて足掻いてやろうと。


そう、思ったのだ。


「お前と、契約する。」


―――ずっとずっと、俺が憎んでいたのは、たった1匹のトカゲも殺せない、自分自身の弱さだった。


契約すると、そう言った刹那に視界が揺れ、意識が吹き飛ぶほどの強風。何かが、俺の目の前に現れた。

視界が真白に染まり、雷でも降ったかのような轟音が、大森林の周囲に轟く。だが、俺はそんなことなど、一切気にしていなかった。


俺の目は、俺の全感覚は、目の前の「それ」に、まるで吸い寄せられるかのように働いていた。

「それ」から、目が離せない。


それは、空から降ってきた。

それは、大地を揺るがす迫力を湛えていた。

そして、それは。


ーーー俺を、守るように立っていた。


「ーーー」


黙りこくる俺を背後に庇い、目の前に現れた「それ」はーーー否、呆れるほど美しい【天使】は、眩いくらいに光り輝く、その金髪を揺らして、呟いた。


「六道天使が人間道、【雷撃の天使】。我ここに、見参するっ!」


ーーーこれが、後に何度も何度も共に闘うこととなる、戦友との初対面だった。

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