6 勇者ピリポ、邪竜ルチカの身の上を聞いて号泣する!
光の剣のおかげで、元通りの体になった俺を、ルチカは喜んだ。
「良かった……! これならオレと一緒にいても、大丈夫だな、ピリポ!」
うん。これで分かったけど、ルチカの馬鹿力が俺を抱きしめても何とかなりそうだ。
「……オレはさ、ピリポ。母親にも、父親にも捨てられたんだ。聞いてくれるか?」
ぽつぽつと、ルチカは自分の身の上を話し始めた。……それは、聞けばとんでもなくひどい話だった。
16年前、ルチカの父親であるファフナーは、とあるメスの竜にほれ込んだ。その女性ドラゴン……ルチカの母親となる、ユエは、魔法で自分の姿を人間に変えられる力を持っていて、人間に対してとても友好的だった。それまで、人間の村や町をさんざんに踏みにじってきたファフナーを諭し、自分といる間は、人間を攻撃しないようにさせた。
そして生まれたのがルチカだ。しょっちゅうどこかへ外遊するファフナーを尻目に、ユエはルチカに多大な愛情をそそいで育てた。ユエの魔法で人間にできるのは、自分自身だけだったために、ドラゴンとして生まれたルチカを村や町に連れて行くことは出来なかったが、ユエからルチカは、人間の世界がいかに面白く、魅力的かを聞かされて育った。
いつかは、魔法を覚えて人間の暮らすところへ行ってみたい。それが、ルチカの夢となった。
一年前のこと。ファフナーは、旅先で出会ったもうひとりのメスの竜を連れてきた。なんと、新しい恋人だという。そして、そのメスの竜が卵を妊娠しているので、面倒を見ろと言ってきた。浮気を公言したわけだ。
浮気に激怒したユエは、このファフナーの巣からあっという間に出て行ってしまった。ユエがいなくなり、彼女が人間になって村や町から入手していた食料が、まず得られなくなった。
ファフナーと、その新しい恋人であるメスの竜は、ルチカに、村や町から食料を奪ってくるように命じた。人間のことをとても好きになっていたルチカはそれが出来なかった。ルチカは、罪悪感を覚えながら、村や町の畑や民家から、こっそりと野菜や鶏を盗むようになった。そうして何とか得た食料を、まず食べるのはファフナーで、次はその新しい恋人であるメスのドラゴン。ルチカが食べられるのは、野菜の切れっぱしや鶏の脚だけ、という日もざらにあった。ファフナーとそのメスのドラゴンは、何かあるとルチカをいじめ、殴ったり蹴ったりしてきたという。
そして、メスのドラゴンはついに卵を産んだ。ファフナーと彼女は、なんと、やれやれこれで身軽になったと喜び、ルチカと卵をこの巣に残して出て行ってしまった。
ひとり残されたルチカは、卵を見捨ててこの巣を去ることをしなかった。今までずっと近隣の村や町から、野菜や鶏を盗んで食べながら、ここに居続けたというわけだ。
聞き終えて、だだぁ、と俺の涙腺が崩壊した。
「ど、どうしたんだピリポ?」
「だって……あんまりだ。あんまりじゃないか、ルチカ! ひどい親を持って苦労したんだな」
「……ああ。でもな。オレ、親父は許せないけど、母ちゃんには会いたいって思ってる」
「そうなのか!?」
「母ちゃんはオレをずっと育ててくれたし、悪いのは浮気した親父だ。一度親父はぶん殴ってやらないと気が済まないけど、母ちゃんとは、また暮らしたいなって思ってるんだ。できれば人間のところで、さ。ピリポの剣があれば、なんとか出来ないか?」
「た、確かに。俺の『ミカエルの剣』は、何回か使えばルチカを人間に出来るみたいだけど……」
何かの拍子で、ドラゴンに戻ったりしないのかな……? 俺の剣は、ドラゴンを人間に出来ることと、俺が瀕死の状態になったら元通りにしてくれる、という効果は分かった。このままルチカを放ってもおけないし、……可愛いし。勇者たる者、困っているひと、いやドラゴンか? 目の前にいるなら役に立たなくっちゃな!
「オレを、連れて行ってくれ、ピリポ! ……できれば一生」
「分かったよ、ルチカ。俺がこれからは、ルチカを守るよ」
俺はそう返事をした。
むしろ、俺より強いルチカに守られそうな気もするけど。ん。そして……うん? 一生?
よく見ると、ルチカがすこし、頬を赤らめている。
「オレがドラゴンでも、守ってくれるのはきっとお前だけだ」
今度は、俺の肩にそっと手を置いて、ルチカは俺の頬にキスをした。……うん、可愛い。
「話は決まったな、ルチカ。俺と一緒に人間の世界へ行こう。……もちろん、ルチカの弟か妹になるか分からないけど、その卵も持って……さ。こんな巣に、居る必要はもうないんだからな!」
「あ……ありがとう、ピリポ!」
がぎぐぎがっ。
ルチカの強い抱擁に、俺はまた全身の骨が折れた。
だ、大丈夫か、俺……? でもまあ、ミカエルさまの加護ですぐに治るんだから、きっと何とかなるよね!