17話『意趣返し』
小説って書いてみると難しいものですね。
楽しく読ませていただいている先達方に敬服いたします。
あれから2週間が過ぎた。
先輩は侯爵家邸宅で療養中である。
何故か私だけは面会が出来る。
先輩から、私が来れば通すように当主である父親に話はついているようだ。
魔力回復薬についても先輩から聴いていたようだ。
塞ぎ込んでいる先輩が、唯一、会話らしい会話をするのが私だけなようだ。
父親にさえも多くは語らないらしい。
会話をするほど心許せる間柄でも、先輩の表情は常に悲しみに彩られている。
涙の流れぬ日は無かった。
その度、ジクジクとした胸の痛みが現れる。
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1ヶ月が過ぎた頃、一冊の本に出会った。
タイトルは『世界を欺く』だ。
詐欺士の手法を纏めたような本かと思いきや、日本語で記述されていたので読んでみた。
何の手掛かりも無いまま1ヶ月が過ぎたため、藁にも縋る気持ちだった。
結論から言おう。
酷な方法ではあるが、期限を伸ばせる薬の製法が書いてあった。
それは、欠損が正常と認識する意識を誤魔化す薬『欺認薬』だ。
だが、それは同時に、ずっと欠損状態の痛みが続くと言うことだ。
必要な材料は、『超純水』『時知らず草』『忘却花の蜜』『迷宮核の粉末』。
超純水は、純度の高い水なので普通に飲料水から不純物を除去すれば手に入る。
時知らず草と忘却花の蜜は、入手場所の情報までは書いて無いが、侯爵家なら手に入るだろう。
迷宮核の粉末・・・これがネックだ。
等級までは求められて無いので小さな物でも良いようだが、迷宮核は高度な付与術の素材であるため、冒険者組合が管理している。
一般販売はせず、資格を得た錬金術師のみ購入可能であり、全て付与術に使用される。
高性能なマジックバッグの素材だからだ。
それに近年迷宮が攻略されたと言う話は聞かないと言う。これは、以前マジックバッグを購入した際に教えて貰ったことだ。
取り敢えず方針を話しに行こうと思う。
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侯爵家邸宅、ミレイユ先輩の寝室に当主であるジェンティム=ストーレン、ミレイユ先輩、家令のロレンツそして私が集まる。
母親は先輩が幼い頃に亡くなっているらしく、妻一筋なのだろう後妻は娶っていない。
「今日は提案したいことがあり集まって頂きました。まずは、これを読んで下さい。」
禁書とその翻訳を差し出す。
「ここに書かれていることは本当かね?」
「それについては信用して貰うほかありません。」
侯爵さまから翻訳書を受け取り読んでいたミレイユ先輩が顔を上げポツリと呟く。
「私は・・・信じるわ。」
「ですが・・・、ずっと痛みが続くことになりますよ。」
「構わないわ・・・、私にはもう・・・失うものは無いもの・・・。」
周囲を沈黙が支配する。
沈黙は、僅かな時間であった筈だが、酷く精神的に疲労している。
それだけ先輩の投げやりな心情が、声音が、心に打ち付けられたから・・・
沈黙を破ったのは、深いため息と共に出された侯爵家当主の言葉だった。
「わかった・・・許可しよう。だが全てを用意することは出来ん。特に迷宮核だ」
「超純水については作れます。用意していただきたいのは時知らず草と忘却花の蜜。そして、某公爵家所有の鉱山型迷宮の情報です。」
迷宮の管理・所有の際は、王国法で管理局に届け出なければならないとある。怠った場合は厳罰(領地・私財没収のうえ、関与者は死罪)に処される。これは、魔物溢れへの対処上必要なため、貴族名鑑に記載されている公式な情報なので、図書館で簡単に手に入る情報だ。
「時知らず草と忘却花の蜜は直ぐに手配しよう。ロレンツ。」
「かしこまりました。」
「公爵領の鉱山型迷宮から迷宮核を奪うと?」
「はい、迷宮核はそこからいただこうかと・・・先輩をあんな目にあわせた報いを少しでも受けて欲しいので。」
「公爵家と敵対すると言うのかね?その気持ちは嬉しいが、君は生産職の、しかも錬成士なのだろう?失敗した場合は、切り捨てる事になるが理解しているか?」
「構いません。当然だと思います。」
「君の覚悟は分かった。だがどんな情報が欲しいのだ?」
「貴族名鑑に載っていない魔物の情報はありますか?それと迷宮までの道程を。僕は土地勘がありませんので。」
家令から手渡された貴族名鑑を確認しながら話す。
「そうだな、出現する魔物だが名鑑に載っていないものとなると、守護魔物だが、名を『青銅護巨兵』と言う。斬撃の効果は低く、打撃は有効だが、物理攻撃は総じて効き難く、まともにダメージが通るのは攻撃魔法だが錬成士である君に攻撃魔法は使えまい?。」
「相手が無機物系でしたら問題ありません。方法はお教え出来ませんが。」
「分かった、攻略出来るものとして話そう。迷宮への行き方だが、此処『ルータム』から西に向かい、我がストーレン領の領都『アイロス』を経て南進した先、鉱山の街『グロット』郊外にある。」
「日数的には何れぐらいでしょうか?」
「馬車でアイロスまでは4日、そこからグロットまで7日だ。」
「他に道はないのですか?」
「此処から南進し、王都『コンラッド』を経由する道もあるが、此方は足跡が追われ易い。」
「僕1人の行動であれば、その道の方が侯爵家の関与が疑われ難く、都合が良いのでは?」
「迷宮が攻略されれば向こうも気付くだろう。そうなれば攻略日前後の人流を調べ、君に辿り着く可能性がある。近々、社交シーズンが始まり、王都への道は監視される。薬の完成までは君に捕まってもらっては困るのだよ。」
「確かに、そうですね・・・」
「来週から学園は社交休暇が始まる。本来ならば、それを利用して娘は王都へ行き、社交界へ御披露目する予定であったが、療養のため領地へ戻る。アイロスまでは君に同行してもらい、そこから別れてグロットへ向かって貰う。我が領都ならば入出記録もどうとでもなる。」
「分かりました。では、準備に取り掛かりますので失礼します。」
「よろしく頼む。」