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ドラッグ・オン・フェアリーテイル【overdose】  作者: 山下愁
Ⅳ:雪の女王の冷たい寵愛

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第3章【中央区画】

 陰湿なあおり運転を強制的にこの世から退場させると、ユーシアとリヴは中央区画に向けて出発し始めた。

 せっかく気に入っていた車が傷ついてしまったので、この馬鹿野郎たちが乗っていた車を頂戴ちょうだいしようと思ったのだが、


「僕、この車が気に入ってるんで、板金屋で直しちゃダメですか?」

「あら珍しい。いいよ、お前さんがそう言うなら。幸い、まだ走れるしね」

「じゃあ、このクソッタレどもから身包みぐるみを剥ぎますね」

「せめて人気のないところでやろうね」


 珍しくこの車のことが気に入ったらしいリヴは、他から車を奪うことをしないで車を直すことを決めたようだ。嬉々として彼らの死体を路地裏に引きずっていくと、さっさと身包みぐるみをいできた。さすがの手際である。

 音もなくすいすいと車は進んでいき、さらに煽り運転なんて馬鹿なことをするような相手はいなくなった。おかげで、()()はすぐに見えた。


「相変わらずこの町の景観に合わないよね、あの門」

中央区画セントラルも変なところで金をかけてますよね。どうせ杜撰ずさんな入出国審査しかしないのに」


 高いビルが徐々に増えていく中で、ユーシアとリヴを乗せた車の前にズンと聳え立つ鋼鉄の門。犯罪者が犇くゲームルバークと、それより先の世界を明確に隔てている。

 随分と立派な門の作りだが、悪党をこうして侵入させてしまうのだから警備はザルなのだろう。一体どんな警備をしたら、見た目は立派でもスカスカな中身になるのだろうか。


「いっそ壁に落書きでもしてやろうかなぁ。ここの警備は杜撰ずさんですって書けば、少しは真面目に仕事をするかね」

「僕たちが真面目に仕事をしているのに、門番は仕事をサボるとかいいご身分ですね。審査の際に殺してやりましょうか、三人ほど」

「それはやめよう。入る前に睨まれたくない」


 表情一つ変化させないリヴは、鋼鉄の門が近づいてくると目深に被っていた黒い雨合羽レインコートのフードを取り払った。儚げな印象のある綺麗な顔立ちが露わになり、彼は器用に片手だけでボサボサになった黒髪を整える。

 いきなり身嗜みだしなみを整え始めたリヴにユーシアは驚くが、これから中央区画セントラルに入るのだ。門番に怪しまれない格好をするのは当然だろうが、リヴの場合は黒い雨合羽レインコートという他とはだいぶ違う部分も存在している。そこはどうやって切り抜けるつもりだろうか。

 そんなことを考えているうちに、ついに中央区画セントラルへ繋がる門が間近に迫ってきた。近づくと鋼鉄の門は妙な威圧感を放ってきて、ユーシアは反射的に【DOF】が詰まった薬瓶から錠剤を取り出していた。


「あ、シア先輩。入る前に【DOF】はやめておいた方がいいと思います」

「なんで?」

「最近だと酒気帯び運転や麻薬をやっていないか、一応は調べるみたいです。呼気から測定する検査ですね。口から投与する【DOF】だと検出される可能性があるので」

「うわぁ、そんなことまでやってるの? 一気に仕事が面倒になってきたなぁ」


 ユーシアは顔をしかめると、仕方なしに錠剤を薬瓶に戻しておいた。


「それと、入るのに偽名を使わなければならないんですけど」

「俺はいつも使ってる偽名にするよ。身分証も偽名のものを持ってるし」

「奇遇ですね、僕も日本名で持っているんですよ。じゃあちょうどいいです、このまま打ち合わせなしで行きましょうか」


 ついに門が目と鼻の先まで迫ってくると、たくさんの車が列をなしていた。これら全部が中央区画セントラルに入る審査を受ける車の列だろうか。

 渋滞とも言えるような長蛇の列に、二人揃ってうんざりしたような表情で呟いた。


「殺したいです」

「そうだね。車のタイヤをパンクさせればいけるかなぁ」

「シア先輩、無機物には銃弾って効くんですか?」

「効くよ。俺が【OD】の力で眠らせられるのは、生きている人間と動物に限るからね」


 リヴはハンドルを指で叩きながら苛立ちを表現しているが、自分たちの順番が回ってきたら門番を殺しにかからないか心配だった。

 のろのろと亀のような鈍臭い動きで進みながら、待つことおよそ三〇分。ようやくユーシアとリヴの順番がやってきた。

 前を走る真っ赤な車の運転手をどうやって殺すか雑談していると、門番がコンコンとリヴが乗る運転席側の窓ガラスをノックした。リヴは素直に窓ガラスを開けると、門番は作業的に審査を開始する。


「身分証を出してくれますか?」


 その言葉に、ユーシアは財布から運転免許証を、リヴはダッシュボードからパスポートを取り出した。リヴの場合は無免許運転なので、免許証は出せない。

 門番は気づいていないのか、バインダーにユーシアの運転免許証とリヴのパスポートに表示されている名前を書き込んでいく。


「はい、アスベル・ヴァレンティンさんと織部理央おりぶりおさんですね。今日はどちらへ?」

「仕事で少し」


 この質問にはユーシアが代わりに答えた。リヴの雨合羽レインコートを怪しまれないように「俺たちは水道管の工事業者でして。雨合羽レインコートは仕事中に濡れないようにする為の作業服です」と言った。もちろん、嘘八百である。

 門番はバインダーに理由も書き込むと、次いでラッパのような機材を取り出した。リヴの言葉通りであれば、呼気で酒気帯び運転や麻薬の使用を探知できるらしいが――。


「はい、運転手さん。ここに息を吹きかけてくださいね」


 門番がラッパのベルのようになった部分をリヴに押し付けてくる。世界の誰より殺人鬼なリヴに勇敢な行動をするものだが、殺されないか少しばかりヒヤヒヤした。

 リヴは黙ってラッパの機材に口を寄せると、息を吐き出した。彼は酒を飲まないので、当然ながら酒気を帯びている訳ではない。アルコールは検出されず、門番は検出された数値をバインダーに書き込んでいく。


「それではお気をつけて」


 門番は次の車の審査に移り、素っ気ない態度で二人を送り出す。

 静かに車を発進させ、エンジンの音だけが響く車内にポツリとユーシアの言葉が落ちた。


「なかったね」

「なかったですね」

「飲んどいていいかな」

「僕にも一錠ください」

「一錠でいいの?」

「やっぱり三錠……いや五錠ぐらい」

「はい」


 片手運転するリヴの手のひらに、錠剤の【DOF】を五つほど落とす。リヴはまとめて錠剤を口の中に放り込むと、ボリシャリと食らった。

 ユーシアも五錠ほど薬瓶から取り出すと、ラムネ菓子よろしくボリシャリと噛み砕く。味を楽しむような要素はないので、ただ黙って消化する。


「ところで」

「なにかな?」

「シア先輩の偽名――アスベル・ヴァレンティンですっけ? どちら様ですか?」

「育ての親だよ」

「レゾナントール姓は生みの親の方だったんですね。ヴァレンティン姓は名乗らなかったんですか?」

「レゾナントールの方が気に入ってるんだよね。名乗ってもいいんだけど、ユーシア・ヴァレンティンってなんか語呂悪くない?」

「僕は気にしませんが。どのみちシア先輩と呼ぶので」


 リヴは表情一つ変えずにあっけらかんと言うので、もう苦笑するしかなかった。


「それを言うなら、リヴ君だってそうでしょ。織部理央おりぶりおってどこのどなた?」

「もう死んだ奴です。シア先輩が気にすることではありませんよ」

「そう言われると余計に気になっちゃうでしょ。ていうか、死んだ人の名前を偽名に使っていいの?」

「いいんですよ。死人に口なしって言うじゃないですか」


 飄々(ひょうひょう)と言うリヴに、ユーシアは「ええ……いいのかなぁ?」と疑問に思っていた。

 交通量も増えてきて、道路沿いに並ぶ建物も立派なビルばかりになった。てっぺんまで見上げれば首が痛くなりそうなほど高いビルに囲まれて、ユーシアは少しだけ気圧された。


「前にきた時は夜だったからよかったけど、昼間にくるのは初めてだなぁ」

「夜の時は門番も寝ていることが多いですからね。侵入も楽チンです」

「危機感がないよね」

「ここは一定以上の収入がないと、入れないような金持ちの区画ですからね」


 スイスイと慣れた手つきでハンドルを切り、ユーシアとリヴはついに依頼人の邸宅まで到着する。


「うわぁ」

「なんというか、想像通りですね」


 目の前に聳え立つ邸宅に、ユーシアは言葉を失い、リヴは呆れているようだった。

 広々とした庭にお伽話とぎばなしに出てくるような巨大な洋館。――金持ちの家と思い浮かべることができるような、成金趣味満載の豪邸だった。

 こんなところが仕事場かと、ユーシアとリヴは早急に帰りたくなった。


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