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ドラッグ・オン・フェアリーテイル【overdose】  作者: 山下愁
幕間:不器用な親指姫

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36/79

【Ⅲ】

入谷いりやカナデのことで話がある」

「急に呼び出しておいて謝罪もないとか老害ですか、アンタ。やっぱりその脳天ぶち抜いたほうがよさそうですね」


 急に呼び出した上司である老爺に対して、理央りおは不機嫌全開で応じた。今すぐに仕込んだ自動拳銃を抜き放ちたくなる衝動に駆られたが、やはり理性で抑え込んだ。

 老爺は柔和な笑みを浮かべたまま、厳しい口調で話すという高等テクニックを披露する。言動と表情がまるで一致していない。逆に気持ち悪い。


「入谷カナデに簡単なお使いを依頼したが、見事に失敗した。今はラプンツェルに後処理を任せたが、あんな無能を機関に置いておく訳にはいかない」

「気づかなかったんですね。アンタの方が無能では?」


 理央は上司相手に毒舌で応戦するが、すでに入谷カナデが諜報官として使えないことは自明の理だ。

 運動神経が悪く、鈍臭い。この前ようやく的の急所に銃弾が当たるようになったばかりだ。元々は一般人だった彼女と、元々ヤクザものの下働きをしながら諜報機関に拾われた自分とでは雲泥の差があるだろう。

 彼女は、まだ引き返せることができる状態だ。今なら、まだ。


「無能は必要ない。――織部理央おりぶりお、これは命令だ。()()()()()()()()()()

「……それがアンタの判断なんですね」


 今まで自分が育ててきたものを、自らの手で壊せと言うのか。

 理央は仕方がないとばかりに肩を竦めると、ただ短く「了解しました」と答えた。


「やけに素直だな」

「ええ、まあ。ここの方針はよく分かっているつもりなので」


 しれっと理央は頷くと、くるりと身を翻す。


「ああ、聞き忘れてました」


 上司の部屋を出て行こうとする理央は、その足を止めて老爺へと振り返る。

 珍しく、本当に珍しく理央は上司を前に笑って見せた。


「殺し方は僕が選んでいいんですよね? だって僕が育てたものを僕が責任を持って始末するんですから」


 ☆


 入谷カナデは怪我をして、諜報機関内にある医務室に運ばれたらしい。

 リノリウムの床に叩きつけられるブーツの踵が、カツンコツンと規則正しい音を奏でる。消毒液の臭いが鼻孔を掠め、理央がふと顔を上げると『医務室』と書かれた札が下がっていた。

 煌々と明かりを落とす引き戸の前に立つと、理央は躊躇ためらうことなく医務室の扉を開ける。ツンと香る消毒液の臭い。薬品が詰め込まれた棚や医療器具が並ぶ中、カーテンで仕切られたベッドが目に留まる。


「あら、織部おりぶじゃない」

「どーも。入谷カナデってこちらにいます?」


 医務室に常駐している女医に問いかけると、彼女は「ベッドで寝てるわ」と答えた。まさかこれから彼女を消すことになるとは知らないらしい。

 理央は礼を告げることなく、カーテンで仕切られたベッドに近寄る。白いカーテンを掴むと、一気にシャッと引いた。カーテンの向こうに鎮座されたベッドで眠っているはずの黒髪の少女は、小さく丸まっていて僅かに震えていた。


「アンタ、仕事に失敗したようですね」


 理央が淡々とした口調で問いかけると、少女――入谷カナデは、ビクリと震えて反応した。


「……ご、ごめんなさい……次は、次は頑張り、ます」

「次なんてないですよ。上司は大層ご立腹です、無能はいらないとまで言われました」


 カナデの黒曜石の瞳が見開かれる。

 ベッドから起き上がった彼女は、ガタガタと震えながら理央へと振り返った。殺されてしまうことを察知したのだろう。察知する能力だけは諜報官並みにあるようだが、結果が伴わなければこの世界では生きていけない。

 理央は一思いに殺せるようにと、自動拳銃を少女に突きつける。カナデの顔から血の気が失せ、やはり震えながら後退った。


「残念ですが、ここでお別れです」

「ぃ、いゃ……やだ、先輩。殺さないで、ください。つ、次は、次は頑張りますから!!」


 必死に訴えてくるカナデに、理央は無慈悲にも一言だけ告げた。


「アンタに諜報官は務まらないんですよ」


 そして。

 理央は問答無用で引き金を引いた。

 医務室に響き渡る銃声。カナデは耳を押さえて目をつむり、その華奢な体を縮こまらせる。少しでも銃弾による痛みを緩和しようとした働きなのか、それとも単に死にたくないからうずくまったのか不明だ。

 しかし、不思議なことに銃弾はカナデを貫かなかった。それどころか、銃弾は射出すらされなかった。


「……え?」


 目を白黒させるカナデは、痛みがないことに驚いている様子だった。

 理央は()()()()()()()()()()()をポイと放り捨てると、


「はい、これで入谷カナデは死にました。アンタはこれから新しい名前で生活してくださいね」

「え、あ、あの、意味が……」


 慌てふためくカナデに、理央は言う。


「だから死んだんですよ、入谷カナデは。アンタの死亡情報はこちらで捏造ねつぞうしておきますので、つべこべ言わずにこの諜報機関から去ってください」


 最初からこうするべきだったのだ。

 彼女は諜報官に向いていなかった。ならば、すぐにでも元の日向の世界に帰してあげるべきだったのだ。それができなかったのは、指導者という慣れない立場が気に入っていたからか。

 狼狽うろたえるカナデを見下ろして、理央は素っ気ない口調で言った。


「【DOF】すら知らないアンタは、一般人に戻った方がいいです。そっちの方がまだ希望があります。わざわざこんな、クソッタレな世界に身を置かなくてもいいです。辛いことは終わったので、アンタは自由に生きればいいです」


 言いたいことだけを一方的に告げ、理央は医務室から立ち去ろうとした。

 だが、カナデの「先輩!!」と慣れない呼び声に、思わず足を止めてしまう。だけど、振り返りはしなかった。ここで振り返れば、未練になる。


「……ありがとうございました。今まで、ありがとうございました!!」

「……まあ、せいぜい死なずに頑張ってくださいね」


 放り捨てた玩具の拳銃を回収して、理央は今度こそ医務室から立ち去った。

 医務室の引き戸をピシャリと閉めて、理央はそっと息を吐く。

 少女は一体どんな人生を歩むことになるのだろう。理央は知る由もないけれど、どうか幸せな人生を送って欲しいものである。


「さてと」


 理央は身を翻して、上司の待つ部屋へ向かう。

 やるべきことは、入谷カナデの殺害報告と辞表の提出だ。


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