♪サトルさん、どちらへ・・・♪
♪ サトルさん、どちらへ・・・ ♪ 作: 大丈生夫 (ダイジョウイクオ)
もう、異世界も疲れた。もうどうでもいい!
またしょうこりもなく夜更かしだ・・・
朝まで深入りした小説のおかげで眠くてしょうがない!
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いつものように通勤快速が到着し、スーツケース片手に乗り込む。
いつもよりもすいた客席。休みでもないのに・・・
列車は走り出す。
車窓にはいつもと変わらぬ町並みが流れてゆく。
いつものようにスマホのページを開いてゆく。
里山か、いいな。いつか暮らしたいもんだ。そんなことを思いながら風景写真を
めくってゆく。
いつもの間にか人数も少なくなる。休みでもないのに。
駅を降りる頃、一人の少女が「これ、あげる。」と何かを手渡す。
金色のバッチで「S」のロゴマークが刻印されている。
何気なくジャケットに付けてみる。
次の駅で少女は降りると、客席には誰も居なくなっていた。
休みでもないのに?休みか?
日付を確認する。マチガイナイ。出勤日。
と、「ガタン!」という音とともに列車が急停車する。
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暫くすると車掌がこちらに近寄ってくる。
「大変ご迷惑をおかけしております、電気系の故障で暫く復旧に時間がかかりますので、
こちらで待機いただくか、降車をお願いします。」
さぁ弱ったものだ、会議の予定に間に合うものか?
再び車掌が駆け寄ってくる。
「申し訳ありません!いつ復旧するかわからないので降車ください。」
そう告げると車掌はそそくさと立ち去る。
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列車を降りると線路伝いに次の駅へと向かう。
時刻はもう遅刻だがしょうがない。
いつもの駅にたどり着くと、やはり、人影が見えない。
今日は休みだったのかと思うほどに。
会社への道すがら、ふと先ほどの里山風景が頭をよぎる。
街路樹を眺めながら会社へと足を運ぶ。
会社に到着し、ロビーへの自動ドアに張り紙が貼ってあった。
「お詫び:
創業以来長らくご愛顧いただいたわが社は、本日を持ちまして
解散の運びとなりました。
詳細につきましては各位にご連絡差し上げます。
皆さんありがとうございました!」
な、なんと!解散?
??????????????????????????????????
暫くサトルは正面玄関の階段で頭を抱えていた。
しょうがないものだ、会社がつぶれるなんて!
20年以上働いたこっちの身にもなってくれよっ!
暫くして途方に暮れた面持ちを引きずりながら、駅へと引き返すことにした。
先ほどの街路樹並木の通りまで来たところで、ふと傍らにある小さな歩道に気づく。
はて、こんなところに歩道などあったかな?
歩道の向こうで誰かが手を振る。
先ほど前の駅で降りたはずの少女のようだが・・・
招かれるように歩道の先へと歩き始める。
運動不足がたたってか、いくら歩いても彼女に全く追いつけないでいた。
歩道は延々と続いている。
やがて木々が生い茂り、舗装が途絶え山道のような砂利道を上がってゆく。
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こんなところに山道があったのか?20年以上通ってきたが全く話にも聞いていなかった。
遭難などしないだろうかと、不安がよぎる。
木々の茂りがまばらになったころ、やがて古い町並みが見え始めた。
だいぶ歩いたおかげで、もう足がパンパンだ。
やがて一つの商店がぽつんと現れた。駄菓子屋のような。
「いらっしゃいませ。コーヒー冷えてますよ。」
店のおばあさんがこちらへ手招きする。
「こちらへどうぞ。はい、コーヒー召し上がれ。」
店の前のベンチに座らせられ、頼みもしないのにコーヒーが出てきた。
というか、瓶のコーヒー牛乳だよこれ!
散々歩いたおかげでのどもカラカラだったサトルは、おもむろにゴクゴクとコーヒーを飲み干す。
「こんなところにこんな古い町並みがあったんですね。何だか懐かしいなぁ。」
「私が嫁に来てもう60年近くここに居ますよ。」
「そうですか、こちらはなんて名前の町ですか。」
「日野春町ですよ。」
ふと、その名前になんとなく聞き覚えがあるような気がした。
「ここはこの間の台風で結構な被害でしたので、皆復旧作業に追われているのです。川が氾濫したおかげで今までに無く時間がかかりそうですが。」
「そうですか、私に手助けができればいいのですが・・・」
サトルはあまり心にも無かった言葉が口をついて出たことに驚く。
「まぁ何を仰います、貴方はSホールディングスの方ですよね!そのバッチ!」
バッチに気づいたおばあさんが、急にかしこまった態度になった。
「いぇ、これはふとしたことで貰っただけで・・・」
というや否や、店の前に黒塗りの車が現れた。そして運転手が駆け寄ってくるや
「さぁ、早くお乗りくださいっ!もう時間がありません!!」
そう告げるとサトルを後席へと押し込んだ。車は急加速する。
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「これはいったいどういうことなんだ!私をどうしようというのだ!」
「状況については後で申し上げます。貴方はただ従ってください!」
運転手はそう告げるとハンドルを右へ左へと忙しく操作する。
やがて大きいビルヂングへと車は滑り込んだ。
待ちかねたように従業員らしき若い女性二人に引きづられるようにエレベーターへ連れて行かれる。これではまるで誘拐では無いかいっ!
「さぁ、こちらへ。」
サトルは二人の従業員に引きづられるがままに、奥の小部屋へと案内される。取調室のような殺風景な部屋の中で5分ほど待たされたであろう、と、扉が開く。
入ってきた若いメガネの男が席に着くと、黙って持っていた手帳をペラペラとめくっている。サトルは無言でその様子を伺っていた。
先ほどの女性の一人がコーヒーをテーブルに置く。
メガネの男が一口すすると、「どうぞ。」とサトルにもすすめる。
断る理由も無く、サトルも一口すする。メガネはやっと口を開く。
「今までどちらにお出でだったのですか、サトルさん!何年も帰って来ないで!」
「えっ、何のことでしょうか?何で私の名前をご存知で?」
「マッタク!とぼけないでくださいよ!社長のご意向でせっかく海外経験を積んでわが社に貢献していただくよう計画していたのに。その話を聞いて依頼、行方を晦ますなんて!」
「な、何か勘違いされているようですが・・・全く理解できませんが?」
「またまた~サトルさんらしい嘘はお辞めください。しかしちょうど良いことに我がSホールディングスがM&Aの買収候補に挙がっているので、サトルさん次第ですが。社長もだいぶ病状がよくないので、このままうちの社を引継いで立て直してくれれば良いので。」
「余計わからなくなってきましたが、何か大変なことが起きているような。」
「うちで開発中の「次元移転装置」を世界中で注目を集めているのはニュースでもご存知でしょう。このパテント欲しさに関連企業が乗っ取りを企てているのです。A社は結構気前のよい提示額で言い寄って来ていますが、タイムリミットは明日までとなっているのです。
明日の電話会議で結論を言い渡さなければなりませんが、社長は躊躇しています。ご子息の貴方が後押ししてくだされば、社長も喜んで引き受けるのではないでしょうか。」
サトルの混乱はもはやピークを迎えていた。「次元移転装置」とは?ご子息?ということは私はこの会社のあととりになるということか?何故私が?会社が倒産し路頭に迷ったばかりなのに!
そしてサトルは頭を抱えたまま目を瞑った。
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気がついたらS社の入り口ロビーの階段にサトルはたどり着いていた。
多分呆然としたまま歩いてきたのであろう。居ても経ってもいられない面持ちでサトルは会社を後にすると、そそくさと今まで来た道を引き返すことにした。
どれくらい歩いてきたのだろう、私の20年間の会社人間生活からすればちっぽけな時間に過ぎないのだが、と、そんな心境になったサトルの頭上には青い空、そして白い雲がぽっかりと浮かんでいる。まるで現実の中にも異世界があるような気さえする。
あぁ、澄み切った秋の空の青さも忘れていたのかなと。そして目の前にポツンと小さな駅が現れた。たて看板には「日野春駅」と書いてある。そうだ、電車に乗ってみよう。
改札を抜けたサトルの手にはプリカではなく懐かしい切手が握り締められている。片道切符だ。明日から会社にも行かなくていいし、あても無いたびに出るのもいいかなと。
ちょうど到着した列車に飛び乗る。走り出す頃、S社のメガネが駆け寄りながら列車の窓にすがりつく。
「サトルさん待ってください、どちらへお出でですか!貴方には、もう時間がないのですよっ!」
そのひどく汗だくで慌てた様子のメガネにおもいきりベロを出してやった。
列車が走り出すと、車窓の秋空に人心地着いたサトルは、疲れも手伝って眠ってしまった。
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気がつけばあたりはすっかり真っ暗闇になっていた。車掌からアナウンスが客席に流れる。
「次の駅は終点の、Sホールディングス前に到着です。」
なっ、何ということかっ、また戻されてしまったのか??
やがて列車は大きなホームへと滑り込んでゆく。ホームにはメガネ筆頭に大勢の従業員が待ち構えていた。もはや逃げ場はない。
「世話をかけますねぇ~サトルさん!もう覚悟してください、貴方が次期社長なのですから。さぁ、来なさいっ!」
サトルは従業員たちに又も引きづられるようにして会社へと連れて行かれる。
正面玄関には黒塗りの車が止まっている。駄菓子屋の前から俺を運んだ運転手が急に降りてくるや、いきなりサトルを後部座席に押し込めた。どうなっているんだこの展開は?
もうわけ解らん!もはや成すがままやればいいさ!
運転手は急発進すると夜の町へとひたすら右へ左へとハンドルで交わして行く。
やがて今朝の駄菓子屋の前に停車し、サトルに語りかける。
「さぁ、貴方には選ぶ権利が二つある。どちらの道を選ぶかは貴方次第だ。サトル君、実は私はSホールディングスの社長の息子でね、数年前に整形して運転手に成りすましたのだよ。
仕事に嫌気が差してね。親父の経営するSホールディングスは「次元移転装置」を開発するために工場排水を垂れ流し続けて、このきれいな里山が残る日の春の町を汚染してきたのだよ。
それにどうしても納得ができなくてね。自然が壊れてゆく・・・
そしてある日、私そっくりのサトル君を山の向こうの会社で見つけたのだ!
そしてこの計画のために、貴方の会社の社長にもかけあって、こちらへ招き入れたのさ。
会社の張り紙の「解散」もみんな嘘なのだよ。さぁどうする?」
サトルはふらふらと車のドアを開け、呆然とベンチに腰を下ろし頭を抱え込む。
辺りは既に真っ暗闇で人っ子一人居ない。店もとっくに閉まっている。さてどうしたものか・・・と、車が急に走り去った。
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「サトル君!起きたまえ!」
何か聞き覚えのある声にサトルは目をこすると、そこにはメガネのスーツ姿の部長が私に声をかけていた。何故か私は電車の中で寝ていたようだ・・・
「さては、また異世界小説の読みすぎだな、マッタク!さぁ降りよう、仕事仕事!」
納得の行かぬままのサトルはいつもの部長の後を着いてゆく。
何も変わらない朝の出勤となっている。時空の揺らぎか?
いつも通り会社に到着すると正面玄関には既に貼り紙は無く、いつもの面子がそそくさと出社している。何も変わったことはない様子で。
サトルは自分の席に着くと、頭を抱えて昨日?までの出来事を振り返ってみる。
そうか、部長の言うように異世界小説の読みすぎでそちらの世界に入り込んでしまっただけなのか?全て電車の中でのうたた寝の夢物語というわけか?それにしても妙にリアルなのだが・・・
ふと机の上に封筒があることに気がつく。差出人はSホールディングスとかいてあるが、はぁ!「Sホールディングス」??
慌てて封筒を開くと「次元移転装置のご紹介」と、そして、あのメガネの写真が写っているではないか!なんと!!なぜか部長がこちらを見て「クスッ!」と笑っているのが妙な気がしないでもないが・・・
//////////////To Be Continued ///////////