賭け事は一度ハマったらやめられなくて・・・
「剣はこれでいいか?うちらが訓練で使っている奴だ。刃はついてない」
「ふーん……」
とてつもなく重く感じる。
これは魔力で身体を強化して無理やり持たないとだめだな。
この身体が戦闘の負担にどれだけ耐えられるか分からないし、可能なら本当に一瞬で終わらせたい所だ。
それに、身体の大きさが変わっているせいで間合いの感覚も違うし、多分今までの感覚で剣を振ったら転ぶな。
重心を考えながら動かないと勝負にすらならないだろう。
……思う程大した障害は無いな。
いつも遊びでやっている事だ。
身体の変な所に重りを固定して剣を振ったり、重さも長さも全く違う剣を両手に一本ずつ持ってみたり、いろいろやってるからな。
この程度なら慣れている。
ま、剣の感覚は振れば分かるか。
「本当にやるのか?」
「こっちはこれで今後の生活が決まるからな。勝てば一週間自由だ」
「負けたら一生不自由だけどな」
「安心しろ、負ける事なんて万に一つもないんだからな」
「絶対に負けん」
「それを待ってたんだよ」
そろそろ始まる。
場所は衛兵の訓練場、今の時間は誰もいないとの事で使わせてもらう事にした。
別に表通りのど真ん中でやっても良かったんだけどね。
「…………」
「…………」
始まった。
合図は無しだ。
しびれを切らすのが先か、時を掴むのが先か。
ま、やることは決まっている。
待ちなんてありえない。
こちらから攻めるの一択のみよ。
「フッ」
浅く強く息を吐き、一気に距離を詰める。
「(やっぱり遅いな……)」
自分の動きがとても遅く感じる。
それに身体の何処かを動かすたびに違和感を感じる。
「(身体の大きさどうこう以前に身体の構造が違うな。性別が変わるとここまで身体の動かし方が違うのか……)」
本格的な修行が必要だな。
今までのやり方はもう使えない。
新しい俺の剣術を身につけないといけないな。
ま、振っていればおのずと動きが最適か出来るだろ。
結局、やることはいつもと変わらない。
ひたすら戦えばいい。
「シャアッ!!」
「ぬお!?」
下段からの切り上げ。
上段から斬るのが一番力が入るが、多分今の俺がやると防がれた上に身体が持ち上がってしまうかもしれない。
身体が小さい事を利用して下から上に攻めるべきだ。
「(驚いてる割には正確に逸らしてきたな。これだと追撃を入れる前に斬られるか……)」
俺は勢いを殺さないように横に逸れる。
案の定、俺にめがけて中の下段に払いが来ていた。
俺はそれを剣で逸らしながら脇に入り込む。
ここまでの勝負で分かったことがある。
「(こいつ、元冒険者だな?)」
足運びにクセが出ている。
冒険者は足場の悪い場所で戦う事が多い、というか大体足場の悪い所が仕事場だ。
すると、主に足首の動きにそのくせが出る。
つま先を結構外側に向けるのだ。
これは踏ん張った時に凸凹な足場でもバランスを取りやすいからだ。
それに、冒険者の剣士には主に二種類ある。
一つは攻撃役、もう一つは守り役だ。
守り役の場合、正面から魔物の攻撃を受け止める事が多い。
コイツの場合、そのクセがかなり目立つ。
そして、脇に入り込まれたら剣よりも……足の方が速い。
「(蹴りが来る)」
「ぬぁッ!!」
来ると分かっていれば避けるのは簡単だ。
そして俺はこの時点で剣の準備を済ませている。
蹴りを躱した瞬間、一気に剣を振る。
首めがけて一閃。
「……な?勝てたろ?」
「……はぁ、お見事だ。完全に遊ばれたな」
「そんなことないさ。いい経験になったよ」
基礎練をメインに修行しなおさないとな。
「さて……じゃ、これから一週間よろしく!」
「あぁ……どうしよう」
寝床と食事の確保が出来た。
じゃ、この一週間でしっかり準備を整えないとな。
「で、どこに泊まればいい?」
「あ~そうだな……特にあてもないし、俺の家でいいか?」
「どこでもいいよ?寝る場所と食事があればね。あ、でも結婚してるんじゃなかったの?」
「まぁ家に嫁と娘と息子がいるが……なんとかする。約束だしな」
「じゃ、早速案内してほしいなぁ?」
「は?今からか?」
「ちょっと今日中に行きたい場所があるんだよね。一人で行ってくるから、寝止まり出来る場所を知りたいんだ」
「……準備してくるからちょっと待ってろ」
「わかった。適当に暇つぶしてるわ」
ハワードは訓練場を出ていった。
何だか憂鬱そうな感じだったな。
まぁ賭けをするのが悪い。
そして負けるのが悪い。
「そういや、俺の剣どこにいちゃったんだろ?」
男だった時に持っていた剣、あれが無い。
盗まれたのだろうか?
だとしたら取り返すのは厳しいだろう。
「まぁ、特別な物じゃなかったけど……また作ってもらえばいいか」
幸い、俺の剣を作った奴はこの街にいる。
というか今日会いに行くのはその人だ。
……ッ!?
「ヤバッ、身分証もってない……」
これじゃあ街から出られないし、お金を得ても銀行ギルドに預けられない。
あと保証人がいないと新規で発行出来ない。ヤバい。
「……よし、ハワードを探そう。そしてアイツを保証人にすればいい」
俺は訓練場を出て、この施設内を探すことにした。
「……あんまり人が居ない」
街の見回りでもしているのだろうか?
「そういや、俺が閉じ込められてたあそこって、結局なんの場所だったんだ?」
後でハワードにでも聞いてみるか。
「あれ?君、こんな所でどうしたの?」
「?」
廊下を曲がってきた女性が声をかけてきた。
どうやらこの人も衛兵の様だ。
……ちょっと喋り方を変えるか。
多少は印象が良くなるだろう。
「あの、ハワードさんを探しているんですけど、どこにいるか知りませんか?」
「ん?ハワードさんなら事務所の方で何かやっていたような……そうだ!案内してあげるよ。おいで!」
元気なお姉さんだ。
助けてくれるならこの人が良かったな。
俺は案内されて事務所に到着する。
「あ、居た」
「案内ありがとうございました」
「いいのいいの!また何かあったら言ってね?それじゃあこれで!」
軽く手を振ってお別れをし、ハワードの所に向かう。
「あ゛!?お前なんでここにッ」
「他にも仕事してる人が居るから静かにしなよ……不味い事に気付いた」
「不味いって何がだ?」
俺は手招きをして耳を近づけさせる。
「身分証が無い」
「……不味いな」
「あぁ、という訳で……新しく作るから保証人になって」
「は?」
「あと発行にかかるお金もよろしく」
「え?ちょ」
「約束」
「……わかった。ここで発行できるからちょいと待ってな」
ハワードは近くの棚から書類を取り出し、何かを記入していく。
少しして、記入を終えたハワードが一つのプレートを渡してきた。
「ほれ、身分証だ。どっかにつけとけ」
「ありがとう。……首に付けとけばいっか」
身分証に付いているチェーンを首の後ろに回してネックレスのように付ける。
身分証に書いてあるのは名前と発行番号のみのため、結構小さいのだ。
ちなみに、このチェーンは長さを調節可能なので、どこにでも付けられる。
「どうしたハワード。その子は隠し子か?」
「違う!!何てこと言うんだ!!噂になったら殺されちまう!!」
そこまで幼くないだろ、多分……きっと。
鏡を見たことが無いから分からんな。
「いろいろあってな。一週間面倒を見る事になっただけだ」
「へぇ。ま、奥さんに刺されないようにな」
「だからちげぇって!!」
ハワードをからかっていた男は軽く手を振りながら事務所を出ていった。
「仲いいの?」
「あ~、まぁそうだな。一応同期だし、付き合いは長いな」
「気のしれた仲がいるってのはいいよな。何だかんだ、一緒に居て一番楽なのはそういう奴だし」
「……お前もいるのか?そういうやつが」
「ん~、どうだったっけな~?」
特に言うべき事でもないので軽く黙っておく。
掘り下げられると面倒だからな。
「もうすぐ仕事をまとめられる。引継ぎをしたら終わりだからもう少し待っててくれ」
「衛兵ってこういう仕事もやってるんだな」
「一応お役所だからな」
「……ん?それ間違ってないか?」
「は?どこが?」
「ほれ、ここ。もう一回計算しなおしてみ?」
「…………あ、間違ってるわ。すまん、助かった」
「ハワードは馬鹿だなぁ」
「もう少しオブラートに包んで言えよ!」
「ハワードは間抜けだなぁ」
「あんま変わんねぇ……」
全く、これくらい暗算で出来ないのか。
仮にもお役所の職員だろうに。
「後どれくらいで終わりそうだ?」
「一時間くらいだ」
「……おそいから手伝ってやる」
「は?お、おい」
ハワードから無理やり書類の一部を引っ張り、主に計算などが必要な書類の物を俺が代わりにやった。
お陰でハワードの仕事は三十分で終わらせることが出来た。
帰り道。
「ほれ、少し腹が減ったんじゃないか?」
「貰っていいのか?」
「さっきのお礼だよ。仕事が早く終わったからな」
「じゃあ遠慮なく」
俺はハワードが買ってきた串焼きを食べる。
「はぁ、帰ったらなんて説明するか」
「知らん。自分で考えろ」
「……はぁ」
ハワードの家を目指し、ダラダラと歩いていると、前方から大柄な男が歩いてきた。
「(……どく気は無しか。このままじゃぶつかるな)」
当たり屋かもしれないので一応警戒しておく。
「(よっと、やっぱり当たり屋だったか。ま、『これ位』で許してやろう)」
「?ッぐ!!あ、あぁぁああ!!!!い、いでぇ!!なんだこりゃあ!!!!」
通りすがりに足に串焼きの串をさしてやった。
ついでにポケットから財布を抜き取っておいた。
「……今の男どうしたんだ?当たってくるかと思って警戒していたんだが」
「ん、当たり屋だったな。避けたぞ?」
「マジか、全く見えなか……ちょっと待て。その手に持っているのはなんだ?」
「え?あいつの財布だけど?」
「スったのか?」
「まぁ授業料だよ、っておい!取るなよ!」
「ダメだ!まったく、衛兵の前で堂々ととるかね。返してくるぞ。大人しく待ってろ」
「チッ」
ガキの頃は当たり屋に絡まれることが多くて、それを躱しているうちに財布を取るという特技を身に着けたのだが、剣聖と呼ばれるようになってから滅多に当たり屋が来なくなって、財布を取るのが『悪い事』だとすっかり忘れていた。
スラムじゃ当たり前だったんだけどね。
とられるのが悪いって感じだったし。
「適当に誤魔化しておいたぞ。もうやんなよ」
「安心しろ。手が滑っただけだ」
「何も安心出来ねぇ……」
暫く歩き、住宅街の中に入る。
「ほれ、ここが俺の家だ。はぁ、家に帰るのがこんなにつらいのは初めてだよ」
「羨ましい事だな。俺は家に住んだことが無いからそんな感情を味わった事もないね」
「急に重い事言うなよ……」