【6回表裏】
いらっしゃい♪
後半戦だよ。。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
キッチンの中で啓子は世話しなく動き回っている。
「珠優奈~!? 料理運んでちょうだい!」
「は~い。はいはい」
返事をした珠優奈はキッチンに立つ啓子の娘。
珠優奈は皿に盛りつけられた料理をテーブルに運ぶ。
それは娘の珠優奈が自分で決めたルーティンワーク。
「ねぇお母さん…」キッチンで腕を振るっている啓子に珠優奈は訊ねる。「スポーツのお仕事はもうやらないの?」
娘はスポーツジャーナリストだった母親のことを誇らしく思っている。
「今でも文章はちょこちょこ書いてるのよ。空いてる時間にね。でもそれより今は、あなたやお父さんの料理を作ったりすることの方が、お母さんにとっては大切なの」
「ふぅ~ん…でもなんか勿体ないよ?あんなに凄い賞…もらったりしてるのに…」
珠優奈は額に入れられ、リビングに飾られている、日本スポーツライター賞の賞状を指さした。
賞状の真下にあるリビングボードの上には、副賞として贈られた腕時計が、透明なアクリルケースの中に入れられ置かれている。
それは一見すると、男性用と見まがうほどの存在感があった。
「別にもう一生やらないって決めてる訳じゃないのよ。それに休んでいたとしても…私はスポーツジャーナリストに変わりないから」フライパンを煽りながら啓子は言った。
「ふぅ~ん。そっか……。あと私、ずぅーっと気になってたんだけどさ…何で額縁の中に賞状と一緒にレシート入れて飾ってるの?」
スーパーマーケットのレシートが、賞状の文言と重ならない額縁の右下に入れられていた。
「あのレシートは……私の運命を変えてくれたの。きっとラッキープレゼントだったのよ!?」
「え~っレシートが?プレゼント?誰からの?」
「内緒~!でもお母さんも一回しか会ったことないの…。何回か会いに行ったんだけど、結局それっきり姿を見かけることはなかったな~…一回限りの不思議な出会い。夢だったのかな?」
「へぇ~~…それって…男の人~?」
「ざ~んねん。残念でした」
思いもよらない娘のマセた問いかけに、母親は笑顔で首を振る。
「あのレシートは…お母さんにとって大切なものなんだね?」
これ以上、根掘り葉掘り聞くと、母親の大事な思い出が壊れてしまう気がして娘は話を締めくくるように言った。
「そうよ~とっても。あの賞状よりずっとね。お母さんにとって、あのレシートはお守りみたいなものかな!? それに珠優奈…あのレシートは…あなたの名前の由来でもあるのよ~」
「はっ?え~っ何それ?初耳~聞いてないし~」
「初めて言ったし~」
啓子は珠優奈の口まねをして見せて微笑み、珠優奈はウザっと反射的に声を出した。
彼女たちのやり取りは、親子というよりはむしろ友達同士の会話に近かった。
親子だけど友達のようでもある啓子に対して珠優奈は、親友の夢を応援するようにこう話した。
「今は無理でも、いつか戻ってね。お母さんが輝ける場所に!娘だからとか関係なく…私、お母さんが書く文章結構好きなんだから…こんなに近くにいる一番のファンを悲しませないでね?」
記念日でも何でもない日に、不意に聞かされた珠優奈の告白に、娘の成長を感じ、嬉しいような少し寂しいような複雑な感情を啓子は抱いていた。
啓子は珠優奈が生まれてからの成長年表を、脳内で開き、些細なエピソードもこと細かく一つ一つ指でなぞるように振り返る。
またお越しやす♪