【5回表裏】
寄ってってや♪
「まぁ良いけど…。ねぇねぇ私たちにとっては毎日当たり前にしてることだけどさ…二刀流の彼も家事とかするのかしらね?」
彼女は主婦らしく庶民的なことを訊ねてきた。
「どうですかね~?ただ彼も独身ですし、簡単なことくらいはするんじゃないですか?」
「あの大きい身体で~?狭いキッチンで皿洗いしてる姿を想像したら…なんか笑っちゃうわね?」
いや、その姿を世の女性たちが実際に目撃したら、きっと異口同音にCuteと口にするだろう。
今の彼は無双。
きっと今は何をしても好意的に受け止められる。
世の男性たちの気持ちを考えると、女の私でも不条理を感じる。
『不条理』
『愚直に一本道を歩むことが男の美徳とされた時代はいずこへ?』
『うちの刀知りませんか?落としてしまいました』等と書かれたプラカードを持ち、デモ行進する大勢の一刀流男子。
その様子を沿道で見物する四刀流の彼女。
『貴男たちも十分にCuteわよ』と一刀流の彼らを、慰める彼女の姿が脳裏に浮かび、またもやクスリとさせられる。
どこからか『一刀流男子ファイト~』とエールが聞こえた気がした。
「じゃあ…そろそろこの辺でいいかしら?」
左手首にはめられた女性用にしては少し大きい腕時計を眺めて彼女は言った。
「あぁ…すみませんでした。立ち話を長々と…カフェかどこかに入れば良かったですね…。貴重なご意見ありがとうございました。為になるヒントを頂けた気がします」
私は30分近く彼女と話をしていた。
「そう?それは良かった!お役に立てて光栄です!これでも結構忙しくてね…私」
「すみませんでした。お時間とらせまして……四刀流ですものね?」
「そうよ~。安達さんも…ちゃんと家事しなさいよ~?結婚してるかどうかは分からないけど…」
私が手渡した名刺を眺める彼女。
そして『どれどれ?』と言わんばかりに鼻の下を伸ばし、彼女は私の左手を覗き込む仕草を見せた。
一般的な結婚適齢期の未婚女に対する言葉としては少々スパイスの効いた彼女の台詞。
結婚願望が強い、世の独身女に向けて捨て台詞を残し、彼女は「じゃあね」と言って、手を振りながら帰っていった。
彼女の後ろ姿は、堂々とマウンドに上がる彼のように、刀を携えた侍のごとくバットを持ち打席へ向かう彼のように、勇ましく映った。
徐々に小さくなる背中。
彼女を目で追っている最中、名前を聞きそびれたことに気がつき「あ!名前!?」と私は一人声を挙げる。
彼女の話す言葉を、自分の言葉に変換することで精一杯だった私は、そこまで頭が回らなかった。
確たる理由はないが、今日という日が特別に感じられ『また来たときに聞けばいいか?』とは思えなかった。
一刀流も満足にできていない私は、若干の後悔を抱え、彼女に手渡されたレシートを眺めていた。
「1717か?」私は声を漏らす。
「いーなー いーなー」私は無意識に口にしていた。
そしてレシートから顔を上げると、もう彼女の姿はどこにもなかった。
『プロって何だろうね?』
彼女の言葉が脳内を反復する。
私はスポーツジャーナリストという呼称に固執するあまり『ジャーナリストらしい意見とは?』とその肩書きばかりに囚われ、ジャーナリストから落ちこぼれないことばかりに注意を払っていた。
私は落下することを恐れていた。
そして自分と合致する主張を探し求め、自らが発信することを放棄していた。
どんなに素晴らしい意見を持っていても、発信する意志を持ち、実際に発信しなければジャーナリストとは呼べない。
バッターは打席に入りスイングをしなければ・・・
ピッチャーはマウンドに上がり一球を投じなければ・・・
彼らを野球選手と呼ぶことはできない。
スーパーマーケットの店頭で、レジ係の彼女に意見を求めた私はジャーナリストではなかった。
毅然と自分の意見を述べた四刀流の彼女の方が、プロのスポーツジャーナリストと呼ぶに相応しかった。
スポーツジャーナリスト
結婚
家事
・・・・・・
何一つ満足に果たせていない私。
一本も刀を持っていない私。
『大丈夫よ!? 諦めないで根気よく続けていれば身につくから。気づいたら自然と備わっているものよ。継続!安達さん継続よ!』
どこからか四刀流の彼女の声がする。
軽くウインクをして彼女は私に微笑んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
5回表裏終了です。
これが野球の試合ならば…
雨が降ろうが槍が降ろうが試合は成立します。
ただこれは…物語。
ここで終わっても成立はするのですが…
何だか味気ないですよね♪
ですからもう少し続きます。。