表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄妹と姉弟の姉妹交換  作者: 明日key
姉妹交換(夏)
2/22

第一話「姉妹交換を始めたわけ」


   ◆


 終業式の放課後の帰り道、俺と未来治が並んで歩きながらのダベりでこれは始まった。

「明日から夏休みか」

「そうだね、熱彦はどこか行く予定あるの?」

 最初はたわいもない世間話というか身近な話から始まったんだが、それがプライベートな話題に入ってしまった。

「俺の妹、かわいくねえんだ。お兄ちゃんである俺をいつもバカにするし」

「へぇ、熱彦って妹さんいるんだ。何歳? 熱彦の口ぶりからすると、小学生あたりかな」

「中学生だ、来年から受験シーズンなのに本当困っててさ、世話が焼けるぜ」

「二年生かぁ」

 はははっと笑い出す未来治。

「何がおかしいんだ」

「おかしいよ」

「お前まで妹の肩持つのか」

「そんなつもりはないよ、でも僕は羨ましいなって思うよ。素直でかわいい妹なんだろうなって」

 どう解釈したらそんな風に捉えられるのか。理解に苦しむ。

「未来治、お前はどうなんだ? お前も二人キョウダイだったよな。妹? 弟かもわからんけど、お前だって手を焼いてるだろ?」

「弟は僕のほう、ついでに言うと手を焼いているって言われてるのも僕のほうだよ」

「お、姉ちゃんがいるのか」

 そのとき俺は目を見開いた。そんな俺の目線に未来治は後ろに下がった。

「うん、でも厳しいよ姉貴は」

「それだけお前に手をかけてくれてる証拠じゃないか」

「過ぎたるは及ばざるがごとしだよ。姉貴の僕に対するシツケは厳しすぎるよ」

「なんかよくわからんけど、ということはお前の姉ちゃん、相談事とかも乗ってくれるんだよな?」

「え、あ、うん。相談には乗ってくれるほうだと思うよ。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「実践できてなかったら、相談した苦労と時間を返せって怒ってくる」

「それでも、姉ちゃんはそれだけの経験者なんだろ?」

「経験と言うと語弊があるかもしれないけど、おととし現役で大学に入ったから、もう立派な大人だよ」

「おお、新成人!」

「でも、姉貴の奴。たばこ吸うようになったから、煙たいよ」

「俺はたばこを吸う大人の女性に憧れてるんだ、問題ない」

「そんなに僕のこと羨ましがるなんて、熱彦は、百聞にすら届いてないかもね……」

「何言ってるんだよ?」

「百聞は一見にしかず。聞いて美人、見て醜悪だよ」

「ああいわゆる悪女ってやつだな? 巧みに魅惑する女性も好みだぜ。俺は嫌いじゃない」

「やれやれ……、そういう意味の醜悪じゃなくて」

「――――誰が醜悪だって?」

 そんな声が耳に入ってから、「おい」という声が背後から聞こえてくる。とんとんと音がして、背中を叩かれたのは未来治であった。彼は顔が真っ青になって、硬直した。

「いろいろと言いたい放題言ってくれたな、浅木さん家の織鶴さんの弟の未来治くん」

「あ、姉貴……」

 ぎこちなく首を回す未来治。

 反面、スムーズに振り向いて、俺は驚いた。


 いつか出会った容姿端麗な女性が、青緑のシャツと白いスカートで、長い髪をなびかせる風を連れて、ここにいた。まさかふたたび出会えるとは。


「こ、こんにちは。お姉さん」

「未来治のお友達かな?」

「そうです、お姉さん」

「私がきれいに見えるか?」

「とてもきれいです」

 そうか、嬉しい。と言いながら、未来治のこめかみに握りこぶしをあてて、ぐりぐりと苦しめ始めた。

「醜悪なお姉さんがこのできの悪い弟にお仕置きをしないとね」

「うわぁ痛い痛い、姉貴はきれいきれいだよっ!」

 でも、怒った顔もとても素敵だ。あのとき見た素顔と同じくらい魅力的な顔立ち。

 このとき、俺は思っていた。

 生意気な妹に俺の生き様や俺の所作を批判されたくはなかった。だけど、外見からして芯の通ったこういうお姉さんならば、たとえ俺に先輩風を吹かしたとしても、嫌になることはないと思う。ともすれば俺は立派な人間に変われるかもしれない。

「いやぁ、未来治くんのお姉さんって、とても素敵ですね」

「へぇ、とてもいいお友達を持ったな、未来治という奴はなんて幸せなんだ」

「俺のバカ妹にも言い聞かせたいくらいですよ」

「お兄ちゃん――」

 ふと妹、糸月の声がした。

 噂をすれば影。姉ちゃんの影が後方に不自然に伸びたと思ったら、お姉さんの背後から糸月が姿を現した。

「誰がバカだって、バカ兄ぃ」

「糸月っ! う……うるせえな、ていうかどうしてこんなところにいるんだ!」

 糸月は、この時間帯には珍しく、私服のチェック柄でおめかし、買い物のビニール袋を提げている。

「あたしは昨日終業式だったから、いろいろとお買い物していたのよ」

「あ、そうだったな。忘れてた」

「お兄ちゃんって鶏頭ねー」

「うるせえ」

「で、あたしのことバカ妹って言うのはどういうご了見で?」

「む、覚えていたか。けむに巻いて忘れればいいものを。同じ血でつながっている俺のように鶏頭ではないようだな。お前はバカでないと証明された、喜べ」

「否定したって、あたしの怒りは喜びに変わりはしないわよ!」

「まぁ、二人ともそこで喧嘩はよしてくれ」

 未来治のお姉さんが仲介に入り、俺と糸月との確執に沈静化を務めてから、げんこつを未来治から離し彼を解放する。

「あたしたちちょっと困ったことになったのよ」

「え?」

 かくかくと糸月が、しかじかと未来治の姉ちゃんが、その仔細を話し始めた。

 俺の親父はアメリカで単身赴任しているのだが、デナリだかロッキーだかで崖から滑落して病院に運ばれたらしい。デナリとロッキーとじゃ大違いだろと言いたいだろうが、それほど情報が錯綜しているらしく、母親が情報確認のためにすぐさま成田から出発したらしい。ただひとつ確定している情報が命に別状がないことらしいが。預金通帳一冊を残して、不在中はこれで凌ぎなさいと糸月に言って家を出たという。

 ついで未来治のご両親は、海外に多くの資産を持つのだが、二束三文で手に入れた砂漠の土地から石油が湧き出したと大騒ぎ。狂喜乱舞して未来治の父上が勇んで羽田を出発、また税理関係のことについて父上は多く知るところがないとして、国際的に税理について精通している母上も同行して当分帰ってこないという、少なくとも夏休みの終わり頃まで。生活費の代わりに黒色のクレジットカード(なんでも買える)を置いていった。

「織鶴さんが腕組みしながら公園で唸っていたから、あたしが尋ねたら同じ悩みを持ってたみたい。どうするべきか織鶴さんと話し合っていたのよ」

 踏んだり蹴ったりということわざをよく使うように、理不尽な偶然はこのようにたやすく重なるものなのだと悟った。

「姉貴も悩むところがあるんだね」

「うるさい、私一人の心配をしているんじゃない、お前と私二人で生活することについて心配をしているんだ」

 未来治が姉ちゃんに小突かれる。

 というわけで、この夏休み、俺は糸月と、未来治は姉ちゃんと、それぞれ家で二人きりで過ごすことが確定。

 しかし、それを考えただけで俺はぞっとした。

「俺は……俺は妹と顔を合わせながらこの夏休み過ごさないといけないのか!」

「何よ、あたしだってこんなクソお兄ちゃんと顔合わせるなんてごめんよ!」

「そこまで言うこたぁないだろ!」

「あららぁー? それじゃ言い直すわ。お兄ちゃんなんて『ごめんなさい』よ」

「丁寧語に言い直してもダメだぁ!」

「落ち着け」と未来治の姉ちゃんが俺ら二人を諫める。

「僕だって、家のことを手伝うために姉貴にあれこれ指図されるのなんてまっぴらだ」

「未来治、お前は子供か?」

「姉貴が大人すぎるんだよ!」

「その言い方、気にくわないな。褒め言葉にはとても捉えられない」

「そうだよ、大人すぎるなんて褒め言葉じゃないよ! ババアだよババア! いつもいつもねちねちと……」

 反抗の態度を見せた瞬間、乾いた打音が響く。未来治の頬を姉ちゃんが平手打ちにした。

「口を慎め、親子の縁を切るぞ」

「姉貴は姉貴、親じゃないでしょ!」

「父さんと母さんが不在である以上、私が親代わりだ。どれだけお前のことを心配して私がうんうんと唸って……。それとも金輪際、浅木家の敷居を跨がないと誓うか? 未来治」

 俺と未来治は顔を俯けた。

「『姉弟/兄妹』で二人きりの夏休みを家で過ごすくらいなら……」

 俺は未来治に視線を、そして未来治が俺に視線を、同時に合わせる。

「絶対、お前の姉ちゃんのほうがいい!」「熱彦の妹さんのほうが百億倍いい!」

 しいんと静まりかえった。未来治の姉ちゃんも、糸月も二の句が継げない様子だった。

 だが俺はこの言葉を何度でも連呼することができる。たぶん、未来治も。

 未来治の姉ちゃん、織鶴さんはしばらくのあいだ考える素振りを見せた後、こう言った。

「よし、じゃあそうしよう」

「えっ?」

 夢にも望んでいなかった未来治の姉ちゃんの予想外の回答に、俺ら二人は同時に素っ頓狂な声をあげた。

「あたしも二人の考えに大賛成! ばいばーい、元・お兄ちゃん」

 そう言いながら、糸月は未来治の右腕に両腕を絡めてきた。

「あたし、未来治お兄ちゃんの家に行きます」

「え、ちょと、あの……」

 戸惑いながら未来治と糸月はそのまま彼の自宅がある方角へと歩みを進めていった。

「さて、私も案内してくれないか」

 俺は瞳をごしごしとこすって、織鶴さんを見る。

「あの……」

「なんだ? いまごろ後悔の念が襲ってきたか?」

 いままでこんな言葉を女性に放ったことがなくて、気後れと期待がゆらぎながら、俺は口をぱくぱくさせて。

「姉ちゃん」

 なんか変な感じ、だけど何かに委ねるようなそんな不思議な感じに心地よさを覚えた。

「姉ちゃんって呼ばせてもらっていいですか? 織鶴さん」

 織鶴さんはその言葉を聞いてから、ふふふと笑みを浮かべた。

「頼りにしてるよ、弟くん」

 織鶴さんはタバコを一本取り出して火をつけ、すぱーと白い煙を吐いた。タバコの赤くじりじりと燃えたところからも煙がたなびく。とても大人っぽい女性に見えた。この人は自分で背伸びをしなくたって大人だということがわかる。そんな気がした。

 こうして兄妹(俺と糸月)と姉弟(織鶴さんと未来治)は、姉弟(織鶴さんと俺)と兄妹(未来治と糸月)になったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ