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兄妹と姉弟の姉妹交換  作者: 明日key
姉妹交換(冬)
18/22

第十七話「雪が教えてくれた人の温もり」


   ◆


 天候が荒れ雪が降り始める。

 僕もいままでに何本もシュプールを作ったけど。糸月ちゃんはこの一日、数えるほどだけのシュプールの数を作るだけで上達してしまった。スキー技術をどんどんと吸収してくさまは、すがすがしいと思える。

 この技量に上がるまでに僕はいままで何百のシュプールを作ってきたことか。

「僕が教えられることはもう何もないよ」

 悔しいほどに嬉しかった。

「お兄ちゃんの教え方がうまいからだよ」

 彼女は先ほどまでキー初心者だった。

 スキー板の装着の仕方もわからなかったのに、ボーゲンを三十分でマスターし、スキー板を平行にして滑るやり方もマスターした。

 スポーツ万能。バランス感覚が優れている。

「悔しいなぁ、この分だと明日にでも一番上のコースから滑れるよ」

「一番上どころか、コースアウトしても無事戻ってくる自信もある」

「それダメ。バックカントリーは絶対ダメ」

「わかってる冗談だよ。お兄ちゃん」

 冗談だとはわかる。でもかつてのように彼女は強がらなくなった。

 成長した証だ。とても嬉しい。熱彦もこんな風に思ってると信じてる。

「雪だね」

 いったん引き上げて休憩しよう。

 スキー板とストックをレンタル場所に返し、暖かいものを食べようと食堂に入った。

 暖房が効いて暖かい。

 券売機に五〇〇円のラーメンが三つ並んでた。だが、そのラーメンの券を発行する三つのボタンは、左からそれぞれ赤色、黄色、緑色と信号のような並び。

「色によって何か違うのかなぁ?」

 興味に駆られ、赤色と黄色のラーメンを買ってみた。なるほど出てきた食券も赤色と黄色だ。

 受付に出し、空きの席で待つ。

 番号を呼ばれ、ラーメンを取りに行った。

「なんだこれは?」

 僕は見ただけで背中から汗が出てくる。

「お兄ちゃんありがとう……うわ何これ!」

 ひとつは真っ赤なスープ、もうひとつはインドカレーの匂いが漂わす黄色。

「い、いただきます」「いただきまーす」

 煮えたぎった熱そうな赤いスープをすすった。

「か、からい!」

 これほどまでに激辛のラーメンははじめてだ。

「これ、ラー油とコチュジャンの味だよ」

「あたしもとても辛い。カレー味。苦味。いろんな香辛料をミックスさせてるみたい」

 緑色は?

 客の一人が後悔した顔で緑色に染まったスープを飲む。

「ぐ……グリーンカレーだ。あかん、舌がぴりぴりしてきたわ」

 そう言いながら客は少しずつ麺とスープを啜る。汗水を垂らしながら。

「残そうか? 糸月ちゃん」

「ダメもったいない。絶対ダメ」

「だよね」

 糸月ちゃんが「いい方法みつけた」と言い、券売機に足を運んだ。

 しばらくして二つのものを持ってきた。

「この食堂の定番メニュー、みぞれアイスとあられアイスだって」

 みぞれアイスをもらい、辛いラーメンをすすり、タイミングを見計らってみぞれアイスを一口。アイスで舌を冷やしながらラーメンを減らしていく。これでもうだいたいこの食堂の商売がわかった。

「ごちそうさま」

 辛いラーメンで、僕たちは今日のスキー以上に汗をかいた。

「帰ろう。あたしもうへとへと」


 ホテルへの帰り道、僕はふと心配になった。

「姉貴を置いてきたけど大丈夫かな? ご飯食べてるだろうけど」

 糸月ちゃんも「あっ」と言う。

「お兄ちゃんも一人だね」

「え? 一人? 糸月ちゃんと一緒だよ僕は」

「違う違う、熱彦お兄ちゃんのほうのお兄ちゃん」

 実の兄貴のほうか。

「熱彦も一人なの?」

「うん、風邪とか引いてないといいけど」

「たぶんあいつは風邪引かないと思う。だけど」

 さすがに一人は寂しいな、ふて腐れてなければいいけど。


   ◆


「未来治はスキーを楽しんだだろうか」

「未来治がスキーできるかわからんけど、糸月のほうがスポーツ万能なぶん、楽しんでるかもな」

 糸月が未来治と同行したことは、姉ちゃんも承知していた。

 外が相変わらず曇っている暮れ時。

「雪まだ降ってるな」

 町に降り積もり、白銀の町に変わりつつあった。

「なあ、姉ちゃん。露天風呂に入りながら、こういう雪が降る町を見るのはどうだ?」

「なんなら、一緒に入ってみるか?」

 心臓がとくんと鼓動をひとつだけ強く立てる。

「姉ちゃん……」

「足湯くらいはいいだろう?」

 なんだ、足湯か。

「とりあえず、ズボン脱げ」

「え?」

「風呂に入るのに、そのジーパンでは不都合だろ?」

 俺は仕方なく、その場でジーパンを脱ぐ。

「先に入ってていいぞ」

「姉ちゃんも来いよ」

 脱衣所の棚にジーパンと靴下を突っ込み、湯に冷たい足先から入る。

 待てよ、俺がズボン脱ぐということは。姉ちゃんも。

 遅れて脱衣所に入る音がして、ファスナーを動かす音が間近に聞こえる。

 それが俺の心臓をドキッとさせてくれる。

「待たせたな」

 俺は視線を下に移していた、姉ちゃんの白い素足が見える。

「失礼するぞ」

 そうして、つま先から姉ちゃんの足がすうっと湯の中に入っていった。

「綺麗だな、姉ちゃんの足」

「そうか、ありがとう」

「で、いろいろ言いたいことが満載なんだが」

 俺は姉ちゃんの火照りかけた顔を見ながら。

「なんで、俺がジーパン脱がなきゃいけないんだ」

「あのジーパンだと、裾がめくれ上がらないだろ」

「それでなんで俺はトランクスを晒さなきゃならないんだ」

「夏休みに、お前の洗濯物を干したとき、いつもそのトランクスは見慣れてたから問題ない」

 いや、ありまくりだと思う。

「というか、俺も脱いだんだから、姉ちゃんもズボン脱げよ」

「私のズボンはファスナー付きだからいいんだ」

 それでズボンを履いたまま素足を晒せるようになってるわけだ。

「ずるくないか?」

「期待させて済まないな」

「ああ、本当に」

「おや、私がズボンを脱ぐのを期待していたことを否定しないんだな」

 俺は怒りと羞恥で顔に血がのぼった。

「ふふ、まぁそうかっかせず、雪を見ながら足湯を楽しめ、熱彦」

「ああ雪が綺麗だな」

 こうやって足湯で暖まりながら二人で雪を見るのはロマンの極みだ。

 雪が降る中で寄り添い、この白い光景に溶け込む俺たち。

「湯を足につけてるとはいえ、さすがに寒いな」

 そこで悪戯心が働いてしまったのだろう。

 その振りをするだけで、悪意などさらさらなかった。

 俺はわざとらしく「わっ!」と驚かせ、姉ちゃんの背中を軽めに押した。

 だがそこで姉ちゃんは、らしくもない黄色い声を上げ、ざぶんと湯の中に身体を沈めた。

「姉ちゃん!」

 服まで全身が湯の中に入り、姉ちゃんは服が身体にはりついたまま、胸と腰のラインがはっきりと見える。湯に浮かんで、恨めしそうに俺を見る。

 俺は「ははは……」とただ単に苦笑を浮かべる。

「あーつーひーこー」

 姉ちゃんは俺の素足を掴み、湯の中に引きずり込もうと。

「やめてくれ、冗談のつもりだったんだ、本当にやるつもりは」

「事情は聞かん! 酌量の余地はない!」

 足をばたつかせての抵抗もむなしく、身体ごと風呂に沈み、湯から顔を出して外気に晒す。

「姉ちゃん……」

 ごめんよ、と詫びを入れようとしたそのとき、この温もりに包まれる中で……。

 俺の顔と姉ちゃんの顔が対面する。夕暮れ時の煌めく雪の中で、姉ちゃんの顔は綺麗だった。

 気まずさなど、この雪の切なさとともに流れてしまった。

 切なさと暖かさが自然と俺の心を後押しした。

「熱彦」

 その声に惹かれ、湯の中で姉ちゃんの手に触れる。

 芯が通って心強い人なのに、その指は細い指をしていた。

 姉ちゃんは手を振り払わない。大人としての女性の様相だ。恥ずかしげなところに何度か経験し馴れたところもあるのか。頬が薄い紅色に染まりかけ、余裕の笑みを浮かべて俺を見つめる。

 こんな笑い方を俺は一生かけてもできそうにない。せいぜい威風をしょいこんで笑うことが精一杯だ。

 やっぱり俺はダメだと心の中で嘆き、触れた手から離れかけると、姉ちゃんが腕を掴んで引き戻す。

「中途半端な勇気はやめろ、そんな男は嫌いだぞ」

 姉ちゃんは俺を男として見ているのか。

 身体の中に勇気はあるはずだった。その勇気を絞り出すように俺は身体を奮い立たす。

「俺は本気になってもいいのか?」

「まだそんなことを聞くのか、そんなことでは後悔を引きずるだけだぞ」

 雪の切なさで胸の内が小さな鈴のようにリンと響くのを感じる。よりによってなぜ小さな鈴を思い浮かべたのか。すぐに気づく。それは俺の心臓なんだ。いつだって弱くて小さく打ちつけるだけなんだ。

 小鳥の心臓のように弱々しい心臓の鼓動。

 こんな状況に巡り会えることは、今後一生のうちで二度とはない。きっと。

 どうすればいい? 後悔したとしたら……いや、こんな状況を逃すほうが、大きな後悔が残るかもしれない。

 だから、何があっても俺を許してくれ、姉ちゃん。

「好きだ」

 俺は姉ちゃんを温もりの中で抱きしめ、不器用なキスを交わした。

「お前の後悔は私が預かっておこう、特別にな。熱彦」


 火照った身体の濡れを拭いてから、浴衣に着替える。二人して雪の降る町を眺めながら、俺は姉ちゃんの両膝に頭を委ねていた。

「お前は、私とこうしてみたかったんだな」

 言葉を返す代わりに、目を閉じてそれに答える形で、身を委ねた。

 姉ちゃんの言葉のひとつひとつが何かの美しいたとえのように、心に語りかける。

「なぁ、熱彦」

 目を閉じて闇の中、寄り添う温もりに俺は耳を傾ける。

「もし、私が明日死んでしまうとしたら、お前はなんて思う?」

 寂しいことを言わないでくれ。そんなことに俺が答えられるはずがない。だから、俺は聞き分けのない子供のように答える。

「考えられない」

 心地の良い静けさで、心が洗われる。

「お前は私だな、私がお前だったとき、私もそんなことを思った」

 その意味をよく汲み取ることができなかった。いまはただ、姉ちゃんの温もりに身を任せるだけ。

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