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兄妹と姉弟の姉妹交換  作者: 明日key
姉妹交換(夏)
15/22

第十四話「冬の訪れ」


   ◆


「大丈夫か? 未来治」

 姉貴がいた。

 廃工場の天井と、差し込む月明かり。

「姉貴……」

「傷だらけになってよく頑張ったな、偉いぞ未来治」

 いつもの涼しい顔つきで姉貴は僕を見ていた。

「姉貴のゲンコツに比べたら別に痛くないよ」

「そうだな」

 怒りもせず姉貴は苦笑し、ゆっくりと身体を抱き起こして頭を撫でる。

 姉貴が強く抱きしめてきた。抱擁されることはいままでに一度たりともなかった。

 雨で冷え切った気温の中で、姉貴と佇む。

「痛いよ姉貴」

「我慢しろ私だって心配を押し殺してたんだ」

 僕よりも先に、姉貴が涙を滲ませる。

「帰ろう。私と一緒に」

「うん」

 その広い肩を借りて歩いた。いつになく優しい姉貴だった。


 数寄屋造りの玄関がカラカラと開く。

「ただいま」

「え?」

「家に着いたら、ただいま、だろ? 未来治」

「あ、ああ、ただいま……あとそれから」

 僕は向き直り、姉貴を見た。

「おかえり、姉貴」

 姉妹交換と呼んでいた生活も今日で終わりだ。ただいまとおかえりで、僕たちは元に戻ったんだ。

 そのとき僕は、姉貴をまともに直視できていることに気づく。そうと僕がわかってから、姉貴は重い口を開く。

「未来治、お前に言いたいことがある」

「何? 姉貴」

 優しくなっていた顔が、怒りの形相に変わる。

 それを見て僕は条件反射で目をそらす。目線の先に、出しっぱなしの新聞やらゴミ袋やらがひしめいていた。

「この家の散らかりようはなんだ」

 ものが散らかり放題になっている。糸月ちゃんのせいにするわけではないが、緩み切った生活をしていた。

「未来治いまから大掃除だ。言い訳は認めない」

「ええ?」

 姉貴が元の姉貴に戻っていた。僕は酷く後悔した。


   ◆


 目覚まし時計が鳴る。誰かが部屋に駆け込んできて、このけたたましい音を止められる。

「起きて、お兄ちゃん!」

 姉ちゃんが俺を「お兄ちゃん」と呼ぶわけがない。声も違う。

 何が起きたのかベッドから出ると、糸月がいた。

「姉ちゃんはどこ?」

「何、寝ぼけてるの?」

「ああ、目を覚ましたらお前か。朝から嫌になる」

「何よその言い方」

「姉ちゃんはどこだ?」

「姉妹交換の生活は終わったでしょ? お兄ちゃん」

「あれ?」

 糸月の顔をまじまじと見て記憶を整理する。

 そして寝ぼけている自分に気づき、耳が熱くなるのを感じる。

 いつもそばにいた姉ちゃんの厳しさと暖かみが脳裏に浮かんだ。

 姉ちゃん、いま何をしているかな?

「お母さん帰ってきたんだよ、お父さんも待ってるんだから早くして」

 母親も父親も帰ってきた。そして、糸月も帰ってきた。

 でも、姉ちゃんと過ごした生活はいまも忘れることができない。

 未練があると言ったら姉ちゃんに、織鶴さんに怒られそうだ。

 けど、いまも姉ちゃんがすぐそばにいるような気がしてならない。

 夢だったのだろうかと訝しく思いたくなる。

 最近、糸月が率先して料理をやるようになった。それがなぜなのかはわからない。今日も不器用な母親と朝ご飯作りを手伝っているようで。そんなことがあってインスタント食品の並ぶ食卓に、手作り料理が一品加えられたのだ。未来治と過ごして、いったい何があったのか。

 夏休みの英語の宿題は完成した。答えはyoung sister、妹である。はっきり言えば英文読解は自信がない。けど、糸月のことがあったから、俺は心で気づけた。


 今日は始業式だ。

 登校の道で未来治に出会う。

「よう、未来治」

「ああ、熱彦」

 俺は未来治を観察する、打撲や切り傷は跡形も無く消えていた。生活に支障は出てないようだ。けど、俺は不安になる。

「怪我、大丈夫か?」

「大丈夫だよ」

 そう言いながら、身体を回して痛くないことを主張する。

「怪我したところが、ときどき疼いたりしないか?」

「熱彦は心配性だね」

「もとはと言えば、バカ妹のせいだ。俺は責任を重く感じて……」

「糸月ちゃんのことを悪く言わないで」

 真顔で怒る未来治。

「すまん、お前の好きだった妹を悪く言うのはいけないな。許せ」

「気にしないで、僕はこの通り何も問題ないから」

 お、未来治。と不意にクラスメイトから声がかかる。

「ネットでお前の動画見たぞ」

 それを聞いて心が痛くなる。

 不良どもがスマホで撮影して動画サイトに投稿し、未来治の醜態をネットに晒した。俺も責任を感じている。

 ネットで見つけ次第、通報ボタンを押したが、やはり拡散してこいつらの目にも触れてしまったか。

「すまない未来治、俺のせいで……俺は……」

 罪を清算できるはずもない。けれど謝罪だけはしたい。しどろもどろに言おうとしたが、クラスメイトが俺の言葉を遮る。

「格好良かった」

「は?」

 予想外の言葉が返ってきた。

「大男に立ち向かって、無抵抗で耐えて、何度倒れても立ち上がるお前。凄く格好良かったぜ!」

 もしかして褒めているのか?

「自慢できることじゃないよ、あれは……」

 こう言われては当の本人がさすがに引いてしまう。

「自慢していい! 単なる優男じゃなかったんだなお前。見直したぞ」

「いや僕は」

「格好よかったぜ。それじゃまたあとでな」

 未来治と俺は呆然として走り去るクラスメイトを見送る。

「なあ未来治。もし俺がここでお前に謝ったらしらけるか?」

「謝るも謝らないもご自由に」

 未来治は右の頬を指先で擦った。


   ◆


 そして季節は変わりゆく。

 秋風が吹き抜ける中、糸月ちゃんは中学駅伝でチーム合同の三位を飾った。

 そうして日々を過ごしていく中で、風は木枯らしになった。

 気づけば今年も終わりに近づこうとしている。

 先日のこと、海外の儲け話にまた両親が飛びつき、僕と姉貴は再び留守を任される。

 このとき僕と熱彦は思ってもみなかった。第二の姉妹交換が行なわれることになろうとは。


「旅行しないか?」

 終業式を終えて数日後、両親がいない中、茶の間でくつろいでる僕に姉貴が聞いてきた。

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