好きな子のリコーダーが欲しいので忍者を雇って奪うことにした。
俺は餅田よしお。中学1年生にして欲しいものを手に入れるためは手段を択ばない男。
ヴァイオリンのコンクールで審査員を買収するなんて序の口。
スマホゲームは欲しいキャラが出るまで幾らだって課金するし
運動会に出たくないがために「ぢ」が悪化したという言い訳を平気で使い
好きな女の子のリコーダーを舐めるために忍者を雇うのさ。
そう!今回俺が欲するもの。それは好きな子アヤちゃんのリコーダー!
決行前日、俺は雇った忍者と近くのカフェで打ち合わせをしていた。薄暗い店内に居るのは俺と対面に座る忍び装束の男だけだ。
「いいか神本ぉ。明日アヤちゃんのリコーダーを必ず奪うぞ……! ぐふふ」
俺は作戦を前にして興奮を抑えきれない。アヤちゃんのリコーダーを舐めるために1週間前から入念に計画を練って来たのだから。
「俺は女子供に手荒な真似はしないぞ」
向かいに座る男はカフェオレの入ったコップをかき混ぜながら言った。
こいつが俺の雇った「自称」忍者の神本だ。高校生にもなって忍者ごっこをしているこのアホは本気で自分のことを忍者だと思っている。まあ腕っぷしだけは確かに強いのだが、忍び装束を着たまま店に入って来るのは恥ずかしいから本当にやめてほしい。
「当然だ! 俺もアヤちゃんに手荒な真似なんかしたくないさぁ。決行は明日の放課後の17時。教室に忍び込み……」
「動くなリコーダーを出せ! さもないと俺のリコーダーを擦り付けるぞ! と脅すのか」
「変態か!」
「変態だろう」
くっ。
「とにかく作戦を説明するぞ……!」
俺の立てた作戦はこうだ。
アヤちゃんは毎日、教室が施錠される6時までずっと1人で本を呼んでいて、帰る時はリコーダーを持って帰ってしまう。
そこで明日の朝、俺がアヤちゃんの下駄箱に『今日の17時、体育館裏で待ってます』と書かれたラブレターを仕込んでおく。
それを見たアヤちゃんが体育館裏に移動している間に神本を教室に忍び込ませ、リコーダーを奪い、代わりに新品のリコーダーを入れておくという寸法だ。
この作戦が成功すれば俺は一切手を汚すことなくリコーダーを自分のものにできる。
万が一神本が見つかったとしても忍者の頭巾を被っているため顔は割れないし、逃げ足が速いので捕まることも無いだろう。
「心得た。して親方」
こいつは俺のことを親方と呼んでいる。
「そこまでするのなら、いっそ告白をしたらどうだ」
「ばっかお前! それはお前 !ばっ! ……俺が告白してもOKされないからこんなことやってんだよ!」
「確かに」
くっ。
「そして盗んだリコーダーはどうするつもりなんだ」
神本は俺を試すようでもからかうようでもなく、ただ無感情に聞いてくる。
「そ、そんなことはどうでもいいだろ! そんなことより今回の任務は絶対にしくじれないからな! 分かってるか!」
「心得た」
***
俺は体育館裏から少し離れた花壇の茂みで様子を伺っていた。
「そっちの様子はどうだ神本ぉ」
俺はスマホ越しに神本へ話しかける。
————現在時刻16時50分。「アヤチャン」は相変わらず教室で本を読んでいる。
「よし分かった。引き続き標的の監視を続けろぉ」
————待て親方。今「アヤチャン」が立ち上がった。そして手荷物を置いたまま教室の外へ移動していく。
「ぐふふふ……。よぉし、アヤちゃんが完全に教室から出たら忍び込むんだ……。いいか絶対にアヤちゃんのリコーダーを手に入れるんだぞ……」
俺は笑いを抑えきれなかった。もうアヤちゃんのリコーダーは手に入ったも同然だ。しかし俺が通話を切ろうとしたところで再度神本の声が聞こえる。
————イレギュラーが発生した。
「アヤちゃんが教室に戻って来たのか?」
————違う。5人組の覆面集団が教室に入って来た。
予想外の答えに俺は動揺する。
「ふ、覆面集団……?」
————お。ああ。あーあ。
「感嘆詞じゃ分からんぞ神本ぉ!何が起こっているか伝えろぉ!」
————大変だ。奴らは「アヤチャン」のリコーダーを持って逃げ去った。
「ええ!?」
まさかの先客に俺の頭が混乱する。
————あれは俺が推測するにリコーダー泥棒だな。
「分かっとるわぃ! おい神本ぉ! そいつらを追ってリコーダーを取り返せ!!」
————もともと俺たちの持ち物では無いが取り返すという表現でいいのか?
「いいから追えぃ!」
————心得た。
くそ! どうしてこうなった! よりにもよって俺の計画と同じ日に同じ人物の同じものを狙う奴がいるなんて……!
————親方、大変だ。
「なんだ、どうした」
————奴らがエアガンで撃ってきた。
「なんで武装してるんだそいつら!?」
————分からない。どうする。
「危ないから距離を取るんだ!」
————わかった……。おい親方!
「今度はどうした!」
————奴らがバナナの皮を投げてきた。
「マリオカートか! そのくらい大丈夫だろ!」
————ああ、少し擦りむいただけだ。
「転んだのかよ!」
————親方、大変だ。
「今度はどうした!?」
————饅頭が落ちている。
「だからどうした!」
————食べていいだろうか?
「落ちたもん食うな!」
————親方、大変だ。
「なんだよ!」
————能面が落ちている。
「だからどうしたんだよ!?」
————被っていいだろうか?
「勝手に被れよ!!」
————親方、大変だ。
「今度はどうした!」
————ドラゴンが出た。
「どこ走ってんだお前は!?」
————ここは氷魔法で攻めるべきだろうか?
「お前ゲームしてんだろ!」
————しっかり倒したから心配するな。
「いいから追えよ!」
————親方、大変だ。
「なんだよ!」
————視界が狭い。
「お前が能面つけてるからだろ!」
————親方、大変だ。
「何じゃい!」
————おばあちゃんが足をくじいて困っている。
「覆面集団はどうしたんだよ!」
————おぶって行っても良いだろうか?
「落とすなよ!」
————親方、大変だ。
「今度はどうした!」
————ラーメン屋がある。
「だからどうしたんだよ!」
————食べて行っても良いだろうか。
「ダメに決まってんだろ! 追えよ!」
————でもおばあちゃんがおごってくれるって。
「孫かお前は! 後にしろ!」
————親方、大変だ。
「嘘つけぇ!!」
————ダンボールに入れられた子犬が捨てられている
「追うことに集中しろよ!」
————拾っても良いだろうか。よし拾おう。
「俺まだ何も言ってない!」
————20匹くらいどうってことないだろう。
「多っ!!!」
————親方、大変だ。
「うるせえ!!!」
————犬がおしっこを……。
俺はそこで電話を切った。
ああもう!何をやってるんだアイツは……。
***
最後まで覆面集団の正体は分からないままだったが結論から言うと神本はしっかりリコーダーを取り返して来た。神本が言うには追いつきそうになったところでリコーダーを放り投げてきたのだそうだ。
まあ、取り返せたのは良かったのだが、犬がリコーダーをペロペロ舐めてガジガジかじってヌルヌルのボッコボコで悲惨なことになっていた。
「よし、さっそく舐めるんだ親方」
「舐められるかぁ!」
おわり
お読みいただきありがとうございました!
ちなみに作中に登場する忍者は他の短編でもちょくちょく登場していたりします。