一、辺境の勇者(8)
蹄が啼く音が幾つか、徐々にこちらへと近づいてくる。
それらは僅かな砂埃を伴い、やがてひとりの男と四頭の馬の輪郭を示した。
「すまんな、人数分は無理やったわ。
今のご時勢やし、しゃあないっちゃしゃあないんやけどな」
馬屋から戻ってきたラッドが、ひょいと肩を竦める。
「……いえ、むしろ都合がいいかもしれません。
ありがとうございます」
頭を下げ、ブラックはそっと屈む。男が連れてきた四頭の馬へ視線を合わせ、そっと彼等のたてがみを撫でた。
そして再び身を起こすと、全員を仰ぎ見て――ややあって、口を開いた。
「これから、馬を使い砦に奇襲をかけます。
砦内に入ったら、二手に分かれて行動――ひとつは、娘さんたちを救出する部隊。もうひとつは、悪さをしている騎士の隊長を討伐する部隊です」
「成程の。
頭を潰せば、大した統制のないアホ共は散り散りに逃げるやろな」
木の幹に背を預け、ラッドはこくこくと首を縦に振る。彼はええ、と相槌を打ち、作戦の説明を続けた。
「砦に近づく際は、狙いを定められないよう左右に斜行してください。
動き回る小さな的を射るのは、至難の業でしょうからね」
「確かに馬があれば狙い撃ちされにくいな。
だが、門はどうする?突撃しても門を開けられなければ矢の的になるのも時間の問題だ」
静かに耳を傾けていたラグナがそんな疑問を呈すも、
「それも考えてます。――ジャスティンさん」
「え?」
話を振られたのが予想外だったのか、目を丸くして自分を指差すジャスティン。一同の視線が、『彼女』へ集中する。
「僕の後ろに、一緒に乗って貰えますか?
門に近付いたら、魔法で門を破壊してほしいんです」
「い、いいけど……二人も乗って大丈夫なの?
それに門を壊すなら、一番最初に到着しないと意味がないわ」
「ええ。ですから僕は真っ直ぐに砦を目指します」
作戦の主がさらりと告げた言葉に、どよめきの色が走った。
「――って、そやったら兄さんはどないするつもりや?
二人も馬に乗っとって真っ直ぐに進みよったら、格好の的やで」
「犠牲になるなんて悪い冗談はナシでお願いね」
困惑したように、また首を傾けるラッド。ジャスティンなどは、些か蒼ざめてすらいる。
しかし青年は相変わらず落ち着いた調子で、
「ははは、犠牲になんてなる気はないですよ。まだ、記憶の欠片すら取り戻していないのに。
降り注ぐ矢は――」
す、と。
青年の外套から、美しい鞘に収められた一振りの剣が姿を現す。
「この剣で防ぐだけです」
確かな物言い。そこには迷いも不安もなく、頼もしさすら感じてしまうような説得力が存在した。
ふ、と。辺りが静まり返る。
ロウはからかうように、大仰に肩を落としてみせた。
「でたよ、大物発言。
まぁ、やれちまうだろーから気に喰わねぇんだけどな」
べ、と最後に舌を出して。その発言を信じきった様子のロウに、ジャスティンは小声で
「やれちゃうって……大丈夫なの?だって彼は――」
目が視えないんでしょう?――と、問おうとしたのだろう。ラグナも同じように考えたようで、心配そうに成り行きを見守っている。
しかし、
「だいじょーぶだろ。ヤツは、さっきだってフツーに戦ってたしよ」
それに――と。
先程の村での戦いで拾っておいた槍を肩へ担いで、ロウはこう続けた。
「俺は、なるべく側を走るつもりだ。
何かあったらそこのオカマ野郎だけでも助けてやるさ」
「…………!」
ブラックの表情が驚きに満ちるのを見て、ロウは怪訝そうに眉を寄せる。
「どうした?」
「いや……なんだか考えを見透かされたみたいだなと思って」
と、盲目の青年は困ったように頭を掻く。
「はは、やっぱな。
お前のことだ、そうじゃねぇかと思ったよ。まあ任せときな」
頼もしい言葉が返ってくる。
思えば、恩人である彼とは出逢ってまだ数日しか経っていないはずなのだが――何故だか、まるで十年来の幼馴染みのように通じ合えるような信頼感があった。
記憶を失い、拠り所はここ何日かで出逢ったものだけ。そんな青年にとって、ロウの存在は親友と呼ぶに相応しかっただろう。
「ロウがいると心強い気がするよ」
彼は心に感じたことを、なんとなしに呟く。
「はっ!?……よせよ、鳥肌が立つだろ!煽てたってなんも出ねぇぜ」
ずざざざっと数歩後退り、己の両腕を抱えて。ロウはいつも以上に早口で、そう捲くし立てた。
「あーら照れちゃって。ロウちゃんも可愛いトコあるのねぇ。
嗚呼、男同士の友情って美しいわね、憧れるわぁ♪」
「テメエは黙ってろ、このオカマ野郎ッッッ!!」
何処まで本気で何処まで冗談か測りかねるジャスティンの態度に、ロウの手にあった槍と怒号が投げつけられたのだった。