一、辺境の勇者(7)
「なんや、賑やかな兄さんたちやなー」
騒がしい一行へと、ふいに投げかけられた言葉。
「―――っ!?」
「ぁん?」
振り向けば、視線の先には行商人風の男がひとり、佇んでいた。
「あー、驚かせてもうたか?すまん、すまん」
ぱたぱたと手を上下に揺らし、からからと笑う相手。
ラグナは軽い会釈を添えて、こう尋る。
「ええと、あなたは?」
「俺か?俺はラッドっちゅーしがない行商人や」
ラッドと名乗った男の周囲に、自分たち以外に人はいない。独りで通行するには、些か危険な地域ではあるのだが。
「……その行商人さんが、僕達に何か?」
「ホルダンの村人から、兄さんたちが村娘を助けに行くっちゅー話を聞いてな。
多少は腕に自信あるよって、微力ながら手助けをしよかと思って来たんや」
成程、とラグナは合点がいったように手を打つ。
商隊を連れず独りでこんな辺境を進んでいるからには、野盗に絡まれても身を守れるだけの術を持っているということだ。
「それは、ありがた――ッ!?」
ラグナの言葉を、ブラックの手が遮る。
一歩進み出たブラック。ラゼルの目を真っ直ぐ見据え、重ねて問いかけた。
「多勢に無勢。危険を伴いますけれど、宜しいのですか?」
ややぎょっとして、ロウが彼を諌める。
「お、おい、ブラック。
せっかく手伝ってくれるってのに、その言い方はねぇだろ」
「ええて、ええて。こんなご時勢やさかいな、ご忠告痛み入りますわ。
――まぁ、危険は承知の上や」
変わらぬ笑顔を保ったまま、に、と口の端を上げるラッド。
暫しして、ひとつ息を吐くと。
「……では、お力をお借りします」
ブラックはラグナの前を塞いでいた手を漸く下ろし、簡潔にそう告げた。
「僕はブラック。こっちは、ロウとジャスティンさん。
それから――彼がスミスさんです」
「え……」
口を開こうとしたジャスティンを遮るように、ブラックは挨拶を続ける。
「よろしくお願いしますね、ラッドさん」
「こちらこそ、よろしゅーに」
軽い調子で、ラッドはまたひらひらと手を振ってみせた。
ついと砦の方角を見遣り、ブラックは顎に手を宛てる。
「ところで――皆さん、馬は扱えますか?」
「馬ぁ?」
「……まぁ、少しなら」
素っ頓狂な声をあげるロウの隣で、ジャスティンが頷く。それに倣うように、ラグナとロウ、そしてラッドも首肯した。
ブラックは、よし――と一つ頷き、
「なら、うまくいくかもしれない……」
改めて一同を順繰りに見遣る。
「レイチェル様に勝てる、いい案でもあんのか?」
「レイチェル様?
……なんや、賊は北の砦におるんか、厄介やな」
表情を輝かせるロウとは対照的に、へにゃと眉を下げるラッド。
ブラックはふと顔をあげ、作戦でも構築しているのか思案顔でふむ、と森を仰いだ。
「馬を人数分集めよう。作戦は、それからだ」
くしゃり。
黒いブーツが、敷き詰められた雑草の絨毯を鳴らす。
「……あ、ラッドさん。
ここへ来る途中、馬を飼育している場所があったはずです。借りることができたら、人数分連れてきて頂けますか?」
交渉なら手慣れた行商さんの方が早いでしょうから――と言って、ブラックは陽の高さを確認している。
「ええよ、たしか砦の馬を補充しとる馬屋やったな。交渉してみるわ。
ほな、戻ったら作戦教えてや」
ひらり身を翻し、馬屋へと向かうラッド。その背中は、徐々に遠ざかっていった。
行商人の姿が見えなくなったのを見て、ロウは訝しげに尋ねる。
「んで。さっきのはどういうことだ?」
「さっきの?……ああ、名前のことか」
一瞬何を問われたのかきょとんとしたブラック、やがてラグナの名を伏せ、偽名を教えた件についてだと思い至る。
「俺もそれは聞きたいな」
ラグナ自身も、不思議そうに首を傾げる。
「……なんとなく、彼にラグナさんのことを教えてはいけない気がしたんだ」
ラッドが去っていた方角へついと視線を流し、ブラックは声を潜める。
「まぁ、確かに……ラグナは市民にとっては英雄だけれど、今は手配されている身だものねぇ」
「誰彼構わず素性を教えない方がいいってトコか」
「……まぁ、そんなところだよ」
納得する面々に、彼は曖昧な調子で同意した。
「んで?
ホントに砦の攻略法を見つけたのか?」
「たぶん、この人数でできる――いや、この人数だからできる策は、これしかないと思うんだ」
「自信があるみたいだね」
関心するラグナには、やや苦笑を浮かべ。
やってみるしかないさ――と。盲目の青年は、聳え立つ砦を挑むように眺めた。
「さて、誉れ高き王国参謀レイチェル様に挑んでみようか。
……相手の司令塔が無能なのは、残念だけれどね」