一、辺境の勇者(6)
物々しく聳える砦が、遠目に見てとれる。
誰ともなく地理に詳しいロウへ視線を向ければ、彼は返事代わりに頷いた。
「で、これからどうする?」
物見遊山に来たのではない。たったの四人で、この砦を攻めなくてはならないのだ。
「先ずは、砦への潜入方法か――」
ラグナは砦を見上げ、目を細くする。そこに、茶化すような調子でロウは声を飛ばした。
「面白ぇ知恵比べになりそうだな。
アンタがどういう攻略を立てるのか見物だぜ」
「ロウ、不謹慎じゃないか?攫われた娘さんたちの安否もわからないというのに」
「んなこと言ったってよ。考えてもみろ?
聖騎士でありながら王国有数の軍師と持て囃された若き天才と、歴代の王国参謀の中でも一、二を争う実力者の対決だぜ?」
諌めるブラックの言葉も何処吹く風、暢気に嘯くロウ。これにはジャスティンも流石に呆れたのか、
「バカなこと言ってないで、アナタもどう攻め込むか考えなさいよ。
中で何が起こっているかも判らないんだから」
鼻白む吟遊詩人には、へいへい、と首をすぼめて。しかし次には彼女の顔を見遣り、何か閃いたように人差し指を立てる。
「なぁなぁ、こんなのはどうだ?
ま、上手くいくかどうかはそこの姉ちゃん次第だけど」
顎をしゃくって相手を示すロウに、ジャスティンは首を傾げる。
「アタシ?」
「そ、アンタ。作戦はこうだ。
先ずこの姉ちゃんを連れて正面から砦に近付く。んで、コイツを引き渡すから仲間に加えてくれ――って見張りの奴に持ちかけるのさ」
「それから?」
囮捜査という訳か、と頷き、続きを促すラグナ。
「姉ちゃんはそのまま娘たちが捕まってる場所に連れて行かれるだろうから、場所が判ったら攻撃魔法でもなんでも派手なのブチかましてくれ。
アンタ、魔法使えたろ?」
「え、ええ……」
「で、俺等はその魔法を合図に、姉ちゃんたちを助けに行く――って寸法。どうだ?」
三人とも静かにロウの作戦を聞いている。満足そうに顔を上げる彼に、ラグナはもうひとつ頷いて、
「その後は?」
「強行突破っ!」
「……話にならないな」
ロウの勢いを遮り、盛大に溜息を吐くブラック。ロウはむっとして彼に詰め寄った。
「あんだと、てめっ!」
「砦に入るまでは兎も角、その後がいい加減すぎる。戦う術を持たない村娘を連れて兵士を相手する気かい?
それに、第一――」
そこでブラックはやや言い淀む。
「第一、なんだよ?」
「さっきからジャスティンさんを『姉ちゃん』と言っているが……」
不貞腐れた顔の三白眼が睨んでいる。ブラックは構わず、諭すように続けた。
「確かにジャスティンさんは立居振舞いも声色も美しいけれど――
彼は、男性だよ。女性扱いは失礼だ」
しぃん、と。
場が静まり返った。
静寂が鎮座していたのは、どれくらいの時間だったろう。
「………な、」
いつまでも続くかのように思えた沈黙に、終止符を打ったのはロウだった。
「なんだとぉぉぉッッ!!?」
「えええええッッッ!?」
もう少し砦に近づいていたら、駐留している兵士に気取られてしまうところだったろう。それ程までに大きな悲鳴が、辺りに響き渡った。
断末魔の――と、添えるのが適切かも知れない。
「何故、二人とも驚いているんだ?
……もしかして気づいてなかったのか?」
きょとん。
何が起こっているのか把握しかねているブラック。その横で渦中のジャスティンは、いやだわ恥ずかしい――なんて、花も恥らう乙女といった様相を呈している。
何かに打ちひしがれていたロウはよろよろと身を起こし、わなわなと肩を震わせて、
びしぃぃぃっっ!
ちからいっぱい、彼女――もとい、彼を、指差す。
「〜〜っつーと、何か?
このっ……このヤローは、女装してやがるヘンタイってことかっ!?」
「酷いわ、ヘンタイだなんて……ッ」
よよよと崩れ落ち、顔をハンカチで覆うジャスティン。
「うっせぇっ!!!気色悪い声出すな、このオカマ野郎っ!! 俺の青春返しやがれっ!!」
「あらァ、元気出して。アタシ今はフリーよぉ?」
耳を塞ぎますます声をひっくり返して叫ぶ、既にロウは半泣きである。ジャスティンは何処までが本気なのか、大幅にズレたフォローを投げかけた。
「……青春て……」
「そこには触れないで置こう……
俺も彼の気持ちは、よく判るから……」
ブラックがぼそりと呟く。その肩をぽむと叩き、やけに沈痛な面持ちで、ラグナは首を横に振るのだった。
――合掌。