一、辺境の勇者(5)
「そういや、名乗ってなかったな。俺は、ロウってんだ」
少し落ち着いたのか、極まり悪そうに頭をがし、と掻きながら名乗るロウ。
そこに、
「――ロウっ!
無事だったんだね、よかった……」
ひどく慌てた様子で走ってきたのは、つい一刻半前に村で話をしたばかりの婦人。皺が幾つか混じるふっくらとした頬に、汗をびっしりとかいていた。
彼女を安心させるよう、親指でくい、と自分を示し、胸を張ってみせるロウ。
「おう、おばちゃんもな。俺はこの通りピンピンしてるぜ。
それよか、他の皆は大丈夫か?」
「それが……」
恰幅の婦人は、覇気なく俯いてしまった。雲行きを察し、青年たちは押し黙る。
静寂の中を、ひうと乾いた風が横切っていく。
彼女の口から語られた事実に、ロウは――言葉を失った。
残った兵士たちが、村の若い娘たちを連れ浚ってしまったのだという。
「なんだってッッ!?
くそッ!あいつ等、何企んでやがんだ……!」
「何かあってからじゃ手遅れになる。
直ぐにでも救出に行った方がいいかもしれないな」
怒声をあげるロウの傍らで、ブラックが眉を潜める。
「たしかに……急いだ方がいいな」
「ねえ、待って。
連中を追うのはアタシも賛成だけど、場所の目星はついてるの?」
周囲を見回すラグナを制し、釘を差すジャスティン。
「この近くで王国兵が使うとしたら……北の砦だな。
っち、よりにもよってあんな厄介な場所に――」
舌打ちをするロウに、一同の視線が集まる。
「厄介?」
「ああ。あの砦は、裏手に湖と西に森がある以外、見晴らしのいい平原に囲まれてる。
それに、塔の至る所に狙撃用の小窓が設置されてる。近づいたら弓兵のいい的、一発で針鼠だ」
「なら、森に潜んで侵入したらいいんじゃないのか?」
腕を組み話を聞いていたが、ふと顔をあげて提案するラグナ。
「あのなぁ、ンな判りやすい弱点をそのままにしておくかよ。
砦の設計に助言したのは、彼の王国参謀レイチェル様だぜ?森には、よく躾けられた猛獣が何匹も放たれてるんだ」
矢の雨を避けて森を進めば、猛獣の文字通り餌食という寸法か。納得し、青年たちは再び表情を曇らせた。
「そ、それは……また……。
しかし、ロウは随分と詳しいんだな」
ブラックの問いにロウは頬を掻き、懐かしむように目を細める。
「ガキの頃な。面白そうだったんで建設中の砦を探検したことがあってよ。
見つかって、二人して大目玉喰らったけどな」
「二人?」
ああ、と頷くロウの面差しに、ふと影が差し、
「……弟がよ、いたんだ。
もう一緒に遊んだり、話したりはできなくなっちまったけどな」
いっつも連れ回して、あいつには悪いことしちまった――と、苦笑交じりに続けた。最後はどちらかといえば、独白に近い。
「そう。……立ち入ったことを訊いてしまったわね」
やや申し訳なさそうに、ジャスティンは視線を落とす。
ロウは鼻を指で擦り、努めて明るい調子で話の軌道を戻した。
「ま、そんときにレイチェル様と話ができてな。いろいろ聞かせてくれたんだ。
あの人、子供には優しかったからよ」
自慢げに語るロウに、ラグナとジャスティンが納得したように頷く。ブラックは静かに耳を傾けていたが、
「ひとつ聞いていいかな?
そのレイチェル様という方は、そんなに凄いのか?」
と尋ねれば、全員が彼を一瞥し、次には顔を見合わせる。
「凄いなんて言葉じゃ片付けられねぇかもな。
今のフォーレーンがあるのも、レイチェル様あってこそって言っても過言じゃねぇ」
「二十五年前の、剣雄テセウスお忍びの旅ね。
現在でも吟遊詩人たちが好んで謡っているわ。アタシもレイチェル様のファンなのよね〜」
ちいさく咳払いをすると、彼女の通る声は優美な旋律を
のせて届く。
「風の王国にヴァユの御子 人呼んで剣雄テセウス
愛すべき民の嘆きを知れば 心を痛め剣を取る それが偉大なる伝説のはじまり――」
「なんだ、お前、吟遊詩人だったのか?」
伴奏もない一節だけの伝承歌は、しかしなかなかに見事なもので。
軽い拍手と口笛を送るロウに、ジャスティンはウインクを返す。
「どんな困難も恐れず立ち向かってゆくテセウス王子の傍らには常に、麗しき金糸の智謀、若くして王国参謀となったたアステル家の令嬢――レイチェル様のお姿があったというわ。
彼女の頭脳は『総ての不可能を可能にする』なんて語られちゃうくらいなんだから」
「へぇ、そんなに凄い人なのか」
興味津々に聞いていたブラックは、目を丸くして感嘆の息を漏らす。
「らしいな。ま、俺達の生まれる前か、若しくはガキの頃の話だ。本当がどうかは知らねぇよ」
そう言って肩を竦め、ロウはひとつ顎をしゃくると村の出口を示す。
「判ったらとっとと出発しようぜ。
細かい話は、歩きながらでもいいだろ」
「そうだな。
――謡曲の続きは、村の娘さんたちを救出してから、皆でゆっくり聴かせて貰おう」
ラグナは婦人を元気づけるようにそう告げると、足早に歩き出しているロウに続いた。