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漆黒の聖騎士  作者: 鷹峰
五、漆黒の聖騎士
36/39

五、漆黒の聖騎士(37)

 ――「貴方のような本物の英雄に出逢い、

    俺の願いを託すことが……

    できるかも、しれない、から、」


 その言葉が、剣の墓標に佇むラグナの胸中で未だくすぶっていた。

「……英雄、か」

 違う。

 ――僕は、そんな立派なモノじゃない。


 ――「貴様のような外道に生きる資格などないッッッ!!!」


 あのとき。

「あのとき、僕は――怒りに任せてこの剣を振るっていた」


 両親を謀殺し、仲間の命を奪った男――ポルゴ侯爵を前にして、青年の理性は、憤怒に暴れる感情を御することができなかった。

 止めてくれる仲間を振り払い、その命を奪っていたとして……何ら不思議ではなかったのだ。

 あの、

 あの『声』さえ、聴こえなければ。

 ――「こんな真似――アイツが望むわきゃねぇだろっっ!?」




 ――『ラグナ。僕は』




(……あの『声』は――……?)


 ラグナの思考は、後ろからの呼びかけに遮られる。

「どうした?浮かない顔して」

「……ロウ」

 ロウはやや心配そうにラグナを見遣り、その隣まで歩いていく。その指が路傍の花を一輪、墓標へと添えた。

「お前、なんか様子がおかしいぜ?

 やっと両親の仇をとれたんじゃねぇか。もちっと喜んだらどうだ?」

 首を傾げ、彼は怪訝そうに幼馴染みの顔を仰ぐ。

「……わからないんだ」

「は?」

「僕は、あの夢を見たとき――

 どうしても両親や妹の仇をとりたかった。あの侯爵が許せなかったんだ」

「……??まぁ、当たり前だろうな」

 続きを促すよう相槌を打って、ロウは話が読めないというように眉を寄せる。

「……そして、やっと仇をとれた。

 僕は、僕自身の手で、家族の無念を晴らせた。……けど」

「けど?」

 俯くラグナ。

 きゅ、と、下唇を噛み、掠れがちな声で、

「――笑ってくれないんだ」

 それだけ、告げた。

「……記憶の中の母さんは――笑ってくれないんだ」

 なんとはなしに開いていた肉刺だらけの掌、血が滲みそうな程にきつく握り締め。

 盲目の青年は、遠くを眺め遣るようにして、虚を仰ぐ。

「……………」

 ふい、と。ロウは無言のまま視線を逸らす。

 見ていられなかったのかも、しれない。

「仇をとれば、あの喪失感も埋まると思った。でも、違った。

 空いた穴を埋めたのは虚しさだけだ」

 一歩、前へ歩を進めて。

 ロウがそうしたように、素朴な花を一輪、墓標へ供える。

 淡い紫色の花弁は、ほんのすこし血で色がくすんでいたけれど。

「……今なら。

 あいつが――クリスが止めてくれた理由が、判る気がするよ」

「――てッ、……おい……?

 ラグナお前ッ、記憶が戻ったのか!!?」

 がし、とラグナの両肩に衝撃。

 ロウが興奮気味に、ラグナの両肩を捕まえ、揺さぶっていた。

「え??」

「いや、だって……今、『クリス』ってよ!」

「…………あ。確かに、

 でも……誰の名前なんだろう?」

 ラグナの返事には、がっくりと肩を落とすロウ。

「戻ったワケじゃねぇのか……」

 肩から手が離れ、空気が抜けたように言う親友に、思わずラグナはすまないと呟いた。

「あー……クリスってのは、お前の幼馴染み――いや、大事な家族で相棒だよ。

 ま、それだけじゃねぇけど――」

「え?」

 首をかしげる記憶喪失の青年に、からかうような視線を一度、送って。口端を笑みに象ったままで、ひょいと肩をすくめてみせる。

「それは俺の口から言うことじゃねぇな。

 ――いつか思い出すさ。きっと、な」

「ああ。

 絶対――取り戻してみせるさ」

 力強く頷き、黒いブーツの両足は大地を確りと踏みしめて。

 まだ朧げな紫電の風へと想いを馳せるよう、若き騎士は――漆黒の剣を誓いの所作に掲げた。

「――んで?これからのコトなんだけどよ」

 どうするんだ?と、いつもの軽い調子で問いかけるロウ。

 ラグナはほんの僅か思案に唸るも、迷いなくこう続けた。

「僕は……記憶を取り戻す為に、旅を続けようと思う」

「そ、か」

「それに、仲間に託された思いを無下にはできない」

 両腕を首の後ろで組み、のんびりと耳を傾けていたロウは、そこでぎょっとして振り向いた。

 ラグナはそんな親友の様子に構わず、おもむろにしゃがみ込む。

「!?それじゃ――」

 もう、一輪。

 戯れるように、路傍に咲く花を摘み――名もなき英雄へ手向けて。

「今の僕に何ができるかは判らない。けれど……

 やれるだけのことをやってみるつもりだ」

 ロウはかし、と頭を掻きむしり、ふっと息を漏らす。

「コイツが護りたかったモノの為に、か?」

「いや。

 ――ひとりでも多くの人が、自分の道を切り開く力を得る為に」

「道を切り開く……力?」

 ラグナはその爪先をロウの家へ向け、つかつかと歩き出した。ロウもそれに続き、歩き出す。

「今、人々は……抗えない力を前にして、受容することに慣れきっている」

「そんなの、今に始まったコトじゃねぇだろ」

「かもしれない。でも、

 そうではないということを……僕は示したい」

 振り向いて。右手を胸の前で握る。

 要領を得ない、というように首を捻るロウ。ラグナは一度だけ首肯して、

「強大な力を、より強大な力で覆しても、それではただのパワーゲーム――力持つ者が変わっただけに過ぎない。

 それでは何も変わらない。だから、」

 だから。

「切り拓けない『理由』を奪ってしまえばいい。僕はそう考える」

 ――戦う術を持たないなら、戦う術を得ればいい。

 そう、黒耀石の眼差しは言い添えた。

「それが……切り拓く力、か」

「他人の力で得たモノに、意味も価値もないからね」

 そんなモノはいつか、また失うだけだから。

 すい、と。ラグナは再び歩き出す。

 声をかけようとしたロウは、その背中から届いた声に思わず眼を見開いた。

「それに。

 『あの方』がここにいたら――きっと同じことを言うだろう?」

 ……え、と。

 そう漏らすのが、精一杯で。

 我に還り、遠ざかる背中を慌てて追いながら、ロウは胸がざわつくのを感じていた。

「本当に、……覚えてねぇんだ、よな?」

 ――クリスや、アイツのことを。

 言葉は口の中だけに溶かし、彼は幾度かかぶりを振る。

 そうして、視界に集落がはっきりと見え始めた頃合。ラグナはふと肩越しに振り向いた。

「ロウ、君はどうするんだ?」

「ん?俺??」

「君は、既に疑問の答えを見つけただろう?それに――

 ここからは、僕の戦いだ」

 喪失われたモノを取り戻す為の、漆黒の聖騎士ラグナ=フレイシスの。

「……は、ンだよ。そんなコトか」

 ロウは呆れたように溜息ひとつ。それから当たり前の口調で、

「記憶も完全に戻ってねぇ奴をホイホイと見送れるかよ。 それに……

 それに?と、ラグナは歩調を緩める。

「俺も見てみてぇんだ。

 お前の言う『自分の道を切り拓く力』って奴を――さ」

「……ロウ」

 かしゃん、と、槍の啼く音を頼もしく聴いて。

「それより、早く戻ろうぜ。うるさい連中がお待ちかねだ。 やれ服が汚れるだとか座る場所がないだとかよー」

 きしし、と笑うロウに、笑みを移されラグナもまた微笑んで。

 ひとつ肯きを返してから、今度はずんずん先を進んでいくロウの後ろ姿を追いかけた。

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