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漆黒の聖騎士  作者: 鷹峰
五、漆黒の聖騎士
35/39

五、漆黒の聖騎士(36)

 ラグナたちは青年を弔うために、ホルダン村へ戻った。

 ポルゴ侯爵領に彼の亡骸を眠らせることに、ロウが激しく抵抗を示したのである。

 ……まあ、無理もないだろう。

 道中も村の近隣にも、教会はおろか祠ひとつなく。司祭を手配することは叶わなかった。

 しかし、ホルダンの村人はラグナたちと共に、彼の遺体を手厚く埋葬した。

 見晴らしの良好な、小高い丘の上。ちいさな土山には、一振りの剣が墓標代わりに佇むのみ。

「結局、名前聞けなかったものね」

 短い祈りを終え、立ち上がるとカトレアはぽつり、呟く。

「剣が墓標の方が……アイツも喜ぶだろ」

 振り向かずに答え――ロウはふと、すすり泣くような声があるのに気づく。

 そこにいたのは、ホルダンの村人たち。

 誰ともなく、感謝の言霊を投げかけて。村人たちは、無心に祈りを捧げていた。

 ――これで、よかったんだ。だよ、な?

 視線を墓標へと戻し、彼は心の中で問いかける。

 立派なモノは何ひとつ用意できなかったけれど。ここには、漆黒の聖騎士たる幻影ではなく――名も知らぬ彼自身に、感謝し、涙を流す人々の存在があった。

「……さって。

 これからどうすんだ?」

 簡素な葬儀を終え、一同は丘からロウの家に場を移した。

 家は以前の襲撃で半焼状態にあったが、彼らが戻ってくるまでに、村人の善意によって概ね修復されている。

 井戸から汲んできた水を配り、どかっと焼けた地べたに座り込むロウ。

 こくりと水を喉へ流し込んでから、長身の麗人は座するでもなく、つかつかと歩を進める。

「そ・の・ま・え・に」

 ずい、と顔を寄せるジャスティンに、ロウは思わず仰け反った。

「ロウちゃん、キリキリ白状して貰いましょうか?

 貴方の知ってるコト、――全部、ね♪」

「は?はくじょう……って、な、な、何のコトだよ!!?」

 ぐぎぎ、と錆びた金属のような音を立て、首を背けるロウの顎を、がっしとジャスティンが掴む。

「痛ででででッッ!

 あ、あにすんだよ……っつうかおま、どこにそんな馬鹿力がッ」

「洗いざらい吐いちゃえば楽になるわよーん?ふふふふふふふ」

「どんな取調室だよここは!!!」

 完全に眼が据わっている相手に、ロウは背筋が凍るのを感じる。

 助けを求めるよう、ラグナへと視線を向けるが――

「それは、僕も聞きたいな」

 涼しい顔で水をひとくち。熱い飲み物ではないため、落ち着いた様子でラグナは首を傾ける。

「な、なんだよお前まで!!熱湯に取り替えるぞテメ……!」

「……ごほん。兎に角、だ」

 咳払いで誤魔化し、熱湯云々は知らん振りをして。そして、

「ロウ、君は僕を――記憶を失う前の『僕』を知っているんじゃないのか?」

 かねてからの疑問を口にした。

「…………、さ、なぁ?」

 白々しく、ふいと遠くを眺めるロウ。

「ねえ?そういやロウってば、ポルゴの領主館で。

 『彼』が真実を話す前から、この子のことを『ラグナ』ってハッキリ呼んでたわよね?」


 ――「もうやめろ、ラグナ!!

    こんな真似――アイツが望むわきゃねぇだろっっ!?」


「な、……それ、は」

 カトレアの指摘に、言いよどむ。

 追い討ちをかけるようにして、ジャスティンが続いた。

「今思えば、最初からロウちゃんの言動は不可解だったわね。

 この村で初めて会った『ラグナ=フレイシス』が偽物だと、最初ッから確信していたみたいだったし?」

 それに――と。麗人は双眸を一段、鋭くした。

「……『彼』のことを、最後までアナタは『ラグナ』と呼ばなかった。ただの一度もね。

 それは、ここにいる彼こそが本物のラグナ=フレイシスだと知っていたから。違う?」

「そ、それは……実際に偽者があちこちで――

 それにッ!俺はもともと、疑い深い性格なんだよッ!」

 なおも白を切るロウに、二人は互いに顔を見合わせ――にっこりと、それはにっこりと、笑みを浮かべた。


 それから、十数分後。

 ロウは燃え尽きていた。それはもう真っ白に。

「ふぅん。

 幼馴染み――ねぇ」

「……テメ、信じてねぇだろ」

 しみじみと頷くジャスティンを、頬を膨らませ上目遣いに睨むロウ。

「俺は、六つくらいの時まで、母ちゃんと二人でソレイアに住んでたんだ」

 どかり。胡坐をかいて座り直す。

「ある日、母ちゃんが突然いなくなっちまって……

 ずっと酒場で待ってたら、俺の親父だって名乗る奴が現われたんだ」

 頬杖をついたまま、不機嫌そうに視線は床に落とす。

「俺は、そのまま親父に連れられてフォーレーンに来て。

 親父はそいつの両親の上官だったからな。リフは俺と歳の近いそのバケモノを俺に紹介したってワケだ」

 ――ああ、バケモノはもう一人いたな、と、思い出したように添えて。

 ロウは盛大な溜息を吐くと、そのバケモノ――ラグナへついと視線を注いだ。

 ジャスティンもカトレアも、つられるように黒衣の青年を見遣る。 

「じゃぁ、本当にブラックちゃんが……?」 

「ああ。

 ――正真正銘、漆黒の聖騎士と称えられたラグナ=フレイシスその人さ」

 ロウはベッドの下から何かを取り出し、ラグナへと投げつける。

 しゃり、と金属音を立て、それ――布袋はラグナの目の前に転がった。

「……ロウ??これは、」

「全部、倒れてたお前を拾ったときにつけてた――お前の勲章だ。

 ……遅くなったけど、返すぜ」

 掌にとれば、それはずしりと重みを感じさせる。

 ひとつでもこんなに、重みのあるものが。それが、幾つも、そこにきらきらと存在を主張していた。

「……僕が……ラグナ=フレイシス……

 それが、僕の――」




 「――ラグナ、男にはな。

  例え命と引き換えにしても、やんなきゃならねぇコトってのがあるんだ」

 

 「ラグナ、あの子たちを――お願いね」




 モノクロの世界に、朧げに取り残されていた両親の言葉が。

 その日、

 漸く――色を、取り戻した。




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