五、漆黒の聖騎士(36)
ラグナたちは青年を弔うために、ホルダン村へ戻った。
ポルゴ侯爵領に彼の亡骸を眠らせることに、ロウが激しく抵抗を示したのである。
……まあ、無理もないだろう。
道中も村の近隣にも、教会はおろか祠ひとつなく。司祭を手配することは叶わなかった。
しかし、ホルダンの村人はラグナたちと共に、彼の遺体を手厚く埋葬した。
見晴らしの良好な、小高い丘の上。ちいさな土山には、一振りの剣が墓標代わりに佇むのみ。
「結局、名前聞けなかったものね」
短い祈りを終え、立ち上がるとカトレアはぽつり、呟く。
「剣が墓標の方が……アイツも喜ぶだろ」
振り向かずに答え――ロウはふと、すすり泣くような声があるのに気づく。
そこにいたのは、ホルダンの村人たち。
誰ともなく、感謝の言霊を投げかけて。村人たちは、無心に祈りを捧げていた。
――これで、よかったんだ。だよ、な?
視線を墓標へと戻し、彼は心の中で問いかける。
立派なモノは何ひとつ用意できなかったけれど。ここには、漆黒の聖騎士たる幻影ではなく――名も知らぬ彼自身に、感謝し、涙を流す人々の存在があった。
「……さって。
これからどうすんだ?」
簡素な葬儀を終え、一同は丘からロウの家に場を移した。
家は以前の襲撃で半焼状態にあったが、彼らが戻ってくるまでに、村人の善意によって概ね修復されている。
井戸から汲んできた水を配り、どかっと焼けた地べたに座り込むロウ。
こくりと水を喉へ流し込んでから、長身の麗人は座するでもなく、つかつかと歩を進める。
「そ・の・ま・え・に」
ずい、と顔を寄せるジャスティンに、ロウは思わず仰け反った。
「ロウちゃん、キリキリ白状して貰いましょうか?
貴方の知ってるコト、――全部、ね♪」
「は?はくじょう……って、な、な、何のコトだよ!!?」
ぐぎぎ、と錆びた金属のような音を立て、首を背けるロウの顎を、がっしとジャスティンが掴む。
「痛ででででッッ!
あ、あにすんだよ……っつうかおま、どこにそんな馬鹿力がッ」
「洗いざらい吐いちゃえば楽になるわよーん?ふふふふふふふ」
「どんな取調室だよここは!!!」
完全に眼が据わっている相手に、ロウは背筋が凍るのを感じる。
助けを求めるよう、ラグナへと視線を向けるが――
「それは、僕も聞きたいな」
涼しい顔で水をひとくち。熱い飲み物ではないため、落ち着いた様子でラグナは首を傾ける。
「な、なんだよお前まで!!熱湯に取り替えるぞテメ……!」
「……ごほん。兎に角、だ」
咳払いで誤魔化し、熱湯云々は知らん振りをして。そして、
「ロウ、君は僕を――記憶を失う前の『僕』を知っているんじゃないのか?」
かねてからの疑問を口にした。
「…………、さ、なぁ?」
白々しく、ふいと遠くを眺めるロウ。
「ねえ?そういやロウってば、ポルゴの領主館で。
『彼』が真実を話す前から、この子のことを『ラグナ』ってハッキリ呼んでたわよね?」
――「もうやめろ、ラグナ!!
こんな真似――アイツが望むわきゃねぇだろっっ!?」
「な、……それ、は」
カトレアの指摘に、言いよどむ。
追い討ちをかけるようにして、ジャスティンが続いた。
「今思えば、最初からロウちゃんの言動は不可解だったわね。
この村で初めて会った『ラグナ=フレイシス』が偽物だと、最初ッから確信していたみたいだったし?」
それに――と。麗人は双眸を一段、鋭くした。
「……『彼』のことを、最後までアナタは『ラグナ』と呼ばなかった。ただの一度もね。
それは、ここにいる彼こそが本物のラグナ=フレイシスだと知っていたから。違う?」
「そ、それは……実際に偽者があちこちで――
それにッ!俺はもともと、疑い深い性格なんだよッ!」
なおも白を切るロウに、二人は互いに顔を見合わせ――にっこりと、それはにっこりと、笑みを浮かべた。
それから、十数分後。
ロウは燃え尽きていた。それはもう真っ白に。
「ふぅん。
幼馴染み――ねぇ」
「……テメ、信じてねぇだろ」
しみじみと頷くジャスティンを、頬を膨らませ上目遣いに睨むロウ。
「俺は、六つくらいの時まで、母ちゃんと二人でソレイアに住んでたんだ」
どかり。胡坐をかいて座り直す。
「ある日、母ちゃんが突然いなくなっちまって……
ずっと酒場で待ってたら、俺の親父だって名乗る奴が現われたんだ」
頬杖をついたまま、不機嫌そうに視線は床に落とす。
「俺は、そのまま親父に連れられてフォーレーンに来て。
親父はそいつの両親の上官だったからな。リフは俺と歳の近いそのバケモノを俺に紹介したってワケだ」
――ああ、バケモノはもう一人いたな、と、思い出したように添えて。
ロウは盛大な溜息を吐くと、そのバケモノ――ラグナへついと視線を注いだ。
ジャスティンもカトレアも、つられるように黒衣の青年を見遣る。
「じゃぁ、本当にブラックちゃんが……?」
「ああ。
――正真正銘、漆黒の聖騎士と称えられたラグナ=フレイシスその人さ」
ロウはベッドの下から何かを取り出し、ラグナへと投げつける。
しゃり、と金属音を立て、それ――布袋はラグナの目の前に転がった。
「……ロウ??これは、」
「全部、倒れてたお前を拾ったときにつけてた――お前の勲章だ。
……遅くなったけど、返すぜ」
掌にとれば、それはずしりと重みを感じさせる。
ひとつでもこんなに、重みのあるものが。それが、幾つも、そこにきらきらと存在を主張していた。
「……僕が……ラグナ=フレイシス……
それが、僕の――」
「――ラグナ、男にはな。
例え命と引き換えにしても、やんなきゃならねぇコトってのがあるんだ」
「ラグナ、あの子たちを――お願いね」
モノクロの世界に、朧げに取り残されていた両親の言葉が。
その日、
漸く――色を、取り戻した。