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漆黒の聖騎士  作者: 鷹峰
五、漆黒の聖騎士
34/39

五、漆黒の聖騎士(35)

 静寂だけが、ただ流れていた。

 ロウは、ベッドに横たわる青年の亡骸に手を伸ばし、温度を失った両手を胸の前で組ませてやる。

 そして、そのまま柱を背にして佇んでいた。

「……なぁ。ホルダンでのこと、覚えてるか?」

 視線は床へ投げたままで、ぽつり、問いかける。

「ロウ……?」

「俺が『戦いはエゴ』だって言ったとき。

 お前、否定はしたけど――答えはくれなかったよな」

 真っ直ぐに、切れ長の双眸はラグナを見据える。その表情は、今にも降り出しそうで。


 ――「戦いは戦いだろ?エゴ以外のなにがあるってんだ」

 ――「エゴ?………君は、」


 暫くそうしていたが、やがて彼は視線をベッドに移した。

 戦って、戦って、戦い抜いて。そして果てた、勇敢な若者の最期。

 偽りさえも利用して、彼が戦い続けた――理由に、思いを馳せる。


 ――「この理不尽な世界に、踏みにじられる人を、ひとりでも……減らせるかもしれない」


 だから。

 だから戦ったというのか。

 『英雄を騙る偽者として殺されたとしても』その為に、命をなげうったと。

「やっと。……なんとなくだけどよ、判った気がする。

 ――コイツが、それを教えてくれた」

 そうだろ?と、視線を投げかけたら。

 何故だか、青年の亡骸は微笑んだような……気がした。

「…………、ロウ」

「司祭を……探さねぇとな」

 ジャスティンは膝を落とし、胸の前で何か呟いて。それから静かに肯いた。

「……そう、ね」

 つい先程まで、一緒に旅をしていたのに。

 剣を振るい、

 言葉を交わし、

 食事をし、

 笑い合い、

 なのに、それなのにいまは――こんなにも遠い。

「人の、死――ってのは……いつも隣り合わせのつもりでいたのに、実感すると……重てぇな。

 もう何人も、この槍は敵の命を奪ってるってのに、よ」

「生きる為の戦い――尊厳ある戦いと、ただの殺戮は違う。

 ……今の僕が言っても、説得力はないかも知れないけれどね」

 一歩、二歩。

 ラグナはロウの傍らへ歩み寄り、こう続けた。

「立ち止まることも、投げ出すことも。僕たちには赦されないんだ。

 対峙した相手から、『生きる』選択肢を勝ち取った以上は」

 なんとはなしに、掌を結んで、ひらく。

「そう……だよな。

 前に、リフが言ってたな。倒した相手の、命の重みを知れ――ってさ。

 守るもんがなけりゃ……重みで、潰れちまうとこだったかもしれねぇ」

 かたん、と。窓の桟に手をかけるロウ。

「――ッ!

 ロウ、ずっと気になっていたんだが……君は、」

 声は、騒々しい物音に掻き消された。


 廊下には、人、人、人。

 宿屋に青年が運ばれたのを知って、市民が押し寄せてきたのだ。

 そう、直ぐに理解できた。

「……てめえら、」

 あれがそうなのか、とか。

 死んでいるように見える、とか。

 私たちこれからどうなるの、とか。

 ざわめく市民の声は、ノイズ以外の何物でもなく。ロウの神経を逆撫でするには充分すぎた。

 そんな彼を気遣うよう、ジャスティンは声をかけようとするが――

「――なんだ、偽者か。

 俺たちを騙しやがって……ザマぁねぇな」

 市民の誰かが、そう吐き捨てるのが先だった。

 かしゃん。

 何かが、壊れる音がする。

「ッ、の、ヤロ――っ」

「――待ちなさい、ロウ!」

 ぱしん。

 思わず拳を振り上げるロウの手首を、誰かが掴む。

「……ッにしやがる!?」

 非難の目を向ける彼を、その人物――ジャスティンは静かに窘めた。

「貴方の怒りは正しい。

 でも。だからこそ、この手は振り下ろしてはいけない」

「なに、言って……?」

 振り払おうとして、ロウは思わず怯む。

 相手の面差しも、声も、いつものそれとは異なって見えたからだ。

「怒りに任せて人を傷つければ、それは――

 今、呪いの言葉を吐き捨てたこの人と、貴方は変わらなくなってしまうよ」

 あくまで落ち着いた調子で、低い通る声は諭す。

「だけどよ、こんな奴等の為に、アイツは命懸けで――ッ!」

「だから言っているんだ。ロウ。

 彼が命懸けで守ったものから……その意味を、奪わないでほしい」

 切実な眼差し。

「……くそ、ッ」

 ロウは、拳を下ろさざるを得なかった。代わりに、ぎっと市民を睨めつける。

「な、なんだよ……偽者の仲間が、偉そうに」

「……い、いや、おい!待て」

 ぼやく男の袖を引き、恰幅の中年男が耳打ちする。

「後ろにいる方を見ろ。あの剣に入った紋――見覚えがあるんだよ。俺は若い頃、王都で行軍を見たことがあるんだがよ。

 あっちは……『本物』の、ラグナ=フレイシスだ!」

「なんだって!!?」

 再び、どっと場が沸いた。

 勢いで市民たちが、部屋へと雪崩れ込む。

「あ、ちょっと――」

 思わず声をあげるカトレアをすり抜け、彼等は、ラグナを取り囲んでいた。

 ――市街の真ん中で、そうしたように。

 押し寄せた市民たちがベッドを蹴飛ばし、青年の亡骸がベッドから半分ずり落ちる。

 が、現在の彼等には『漆黒の聖騎士』以外は眼中にないようで。

「嗚呼、漆黒の聖騎士ラグナ様……!」

「ラグナ=フレイシスが偽者だったと聞いて落胆していましたが、いやいや。

 貴方が私たちの街をお救いくださっ――」

 ――ごすっ!!!!

「……、え?」

 鈍い音。

 ラグナの前へ躍り出た若い男が、床に叩きつけられていた。

「ラグナ……さ、ま??」

 頬をおさえ、唖然とする顔。

 絶句したのはほかの市民たちも、ロウやジャスティン、カトレアも同じだった。

「――立ち去れ」

 え、と。市民たちは顔を見合わせる。

 こつ、こつ、こつ、ブーツの音だけがやけに残響した。

 ラグナはベッドの前で足を止め、無様にずり落ちていた亡骸を丁重に戻す。

「彼が、総てを――命を懸け剣を振るっていた間。

 ――貴方がたは、何をしていたというんです?」

 尋ねる声は、淡と、凍えるような冷たさをもって届く。 

「……なに、って……?」

「『誰か』が、『何か』をしてくれるのを。ただ待っていただけだろう。

 何ひとつ懸けていない者に、彼を冒涜する資格があるのか?」

 そこに、怒りの色はない。あるのは――もっと温度のない、侮蔑。

 ぼそぼそと何か呟きながら、互いを見回す市民たち。

 与えられること、享受することしか知らぬ彼等にとっては、質問そのものが理解の外だったのだろう。

 直接ラグナへ何か言おうという者は、誰ひとりとしていなかった。

 つい、とカトレアがジャスティンへ視線を送る。

 ざわざわと蠢くノイズを縫って、長身の麗人は部屋を進んでいく。

 そして。

 ばたんとドアを開け放ち、

「もう、ここに用はないわよね。

 ――行きましょう」

 返事を待たず、そのまま廊下を進んでいった。

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