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漆黒の聖騎士  作者: 鷹峰
四、遺志
33/39

四、遺志(34)

 ロウたちは、傷ついた仲間を宿屋へ運び込む。

 応急処置を試みたものの、彼の傷が深すぎることは素人目にも明らかだった。

「……くそ、シスターか法術医はいねぇのかよっ!?」

 苛立ち、自分の膝を叩くロウ。

 そのとき、外から市民たちの話し声が聞こえた。

「おい、ラグナ様が重傷ってのは本当なのか?」

「ああ……英雄が来たから俺たちも暴動を起こしたってのに、その英雄がもし死んだりでもしたら」

「お、おいおい!

 そんな事になったら、誰が俺たちを守ってくれるんだ……」

 ばたんっっっ!!!

「扉の前でゴチャゴチャうっせぇッ!!

 どっか消えやがれッッ!!!」

 開け放たれた扉から、ロウの怒号が轟く。

 一瞬のざわめき。それから、市民たちの姿は蜘蛛の子を散らすように消えていった。

 入れ替わりにジャスティンとカトレアが部屋へ入ってくる。

「何かあったの?怒鳴り声が聞こえたけど」

「……なんでもねぇよ」

 怪訝そうなジャスティンから、ロウはふいと顔を逸らす。

 と。

「…………ぐ、……ッ……」

 喉を空気が抜けるような、呻き声が漏れた。

「ラグナさん、しっかり――」

「――う。ちが、うんだ。

 俺は……ラグナ=フレイシスじゃ、ない」

 遮るように、紡がれた弱々しい独白。

 それは何処か、教会で告解を求めるそれにも似て。

「……………………」

 一同がラグナを凝視する中、ロウだけが椅子に腰を落としたまま、窓の方を睨んでいた。

「騙していて、すまない……だが、

 ……そうするしか、なかったん、だ」

 掠れる、声。

 彼は苦しそうな、しかしはっきりとした声で、自らのことを語りはじめた。


 王都から目の届きにくい辺境に於いて、人々は山賊や悪徳領主に苦しめられ続けていた。 

 彼は、そんな暴力から力なき人々を守らんと叛乱の狼煙を上げる。

 当初は漆黒の聖騎士を騙ったわけではなく、一介の戦士として。彼は行く先々、民衆に奮起を呼びかけた。

 しかし。怯えきった民衆はそれに耳を貸さないどころか、領主や衛兵に彼を密告するという有様。

 そんな日々が続く中、ある村で事態は急変した。

 その風貌や剣の腕前から、村人のひとりが彼を、救国の英雄ラグナ=フレイシスと勘違いしたのである。

 『漆黒の聖騎士・ラグナ=フレイシス』の威光が、彼の下に賛同者を集め――やがて、ひとつのちいさなレジスタンスを形成した。

 民衆に芽生えた闘志を摘む訳にはいかず、彼は真実を隠したままその村を去る。そして、次に立ち寄った集落でも同じように、人々を扇動し――

 そうして、ホルダンまで辿り着いたのだった。


「何故そんな危険なことを……!もし偽者だとバレたら、」

「いつバレても、構わなかったんだ。

 ただ、それまでに、ひとりでも……多くの仲間を、見つけることができれば――それで、よかった、んだ」

 こほ、と、濁った堰が言葉尻に交じる。

「……………………」

 そこには、確かな覚悟があった。

「俺が、英雄を騙る偽者として……殺されたとしても。

 立ち上がった仲間の中には、俺より素晴らしい指導者がいるかもしれない。この理不尽な世界に、踏みにじられる人を、ひとりでも……減らせるかもしれない」

 掠れた響きは、しかし何処までも穏やかだった。

 彼はブラック――否、ラグナ=フレイシスの面差しを真っ直ぐに見据える。

「貴方のような本物の英雄に出逢い、俺の願いを託すことが……できるかも、しれない、から、」

 焦点の定まらない瞳に浮かぶのは、安堵。

「――僕は、」

 俯くラグナ。その後ろで、沈黙を保っていたロウが息を落とした。

「馬鹿。お前、勘違いしてるぜ」

「……ロウ、さん?」

「ホントの英雄っつーのはよ、騎士でも貴族でも、ましてや王族でもねぇ。

 自分の出来るコトを必死で探して……テメェを犠牲にしてでも、誰かの為に奔走する、アンタみたいな奴のコトなんだろうよ」

 ひょい、と。

 ロウは名も知らぬ『英雄』の顔を覗き込む。

「なぁ。

 ――俺達の『英雄』の。本当の名前、教えてくれよ」

「……ありがとう、ロウさん。

 俺、は――、…………」

 ほんの微か動いた唇が紡いだ名を、その場の誰ひとりとして、聞き取ることは叶わなかった。

 彼の愛剣が、立て掛けていた柱からするりと落ちる。

 床を、一度だけ跳ね。そして――

 ことり。

 そのまま、


 停止した。


 国じゅうを巡り、確かな闘志の炎を分け与え続けて。

 けして消えることのないヒカリを、人々の心に遺して。


 そうして、


 ――名もなき『英雄』は、次なる地へと旅立っていった。

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