一、辺境の勇者(3)
長い藍色の髪を風にたなびかせ、声の主はくすくすと微笑む。
昏倒した兵士の周囲は白く凍結しており、それが魔法によるものだということは容易に想像できた。
ジプシー風の旅装束に、手入れの行き届いた髪を高く結い上げた長身の麗人。唇にはうっすらと朱を差しており、泣きぼくろが艶やかさをなおのこと引き立たせていた。
恐らく、兵士に魔法を浴びせたのはこの麗人で間違いないだろう。
その半歩後ろから、もうひとつ声が届く。
「大丈夫か?
村人達の避難は終わった、後は君達だけだ」
方や剣士風の男性。こんな辺鄙な場所で逢引――などというわけもなく、見知らぬ奇妙な二人組の姿に、ロウは不審げな態度を隠そうともしなかった。
「なんだ、お前等?」
棒は構えたままで、尋ねる。不穏な動きがあればいつでも突き出せるように。
「アタシはジャスティン。
見ての通り、流れの吟遊詩人よ」
後れ毛をひらりと指で払って、ウインクを飾る麗人。
「僕は、ラグナ。よろしく」
握っていた剣を鞘に収め、褐色の剣士も軽く名乗った。
「ふーん、『ラグナ』ねぇ」
欠伸などしながら相槌を打つロウ。
ラグナという名前は、フォーレーンの聖騎士リフ=フレイシスが愛息に命名したことから、国内では男子の名前として人気が高い。
(隣村の爺さんも、孫にラグナってつけてたな……ま、どうでもいいけどよ)
既に思考が飛んでいるロウを他所に、ジャスティンは悪戯っぽく人差し指を立てる。
「ふふ、聞いて驚くわよー。
彼はね、彼の『漆黒の聖騎士』ラグナ=フレイシスその人なんだから♪」
「ふーん、ラグナ=フレイシスねぇ……
…………はぁっ!!?」
ロウの反応に満足したようで、ほら驚いたー、とはしゃぐジャスティン。
そんな中ぽつねんと、状況が飲み込めていない人物がいた。
彼は首を斜めにし、頭にハテナマークを幾つも浮かべてロウに問いかける。
「……なぁ、ロウ。その『ラグナ』さんって有名な人なのか?」
しん、と。
一瞬、場が静まり返った。
「え……あ……まぁ、有名っつーか……」
どう答えたものかと困惑するロウ。
「有名も何も。
漆黒の聖騎士ラグナ=フレイシスといえば、フォーレーンを代表する英雄。脅威に怯える民衆にとっては、希望そのものよ。
実際サーガの題材としては、大昔の聖戦に引けをとらない人気なんだから」
上機嫌のジャスティンは、止めなければ今にも詠いだしそうだ。
それを遮ったのは、吐き捨てるようなロウの言葉だった。
「はっ、英雄もなにも、反乱起こして処刑されたって話じゃねぇか」
そんな態度に気分を害した様子もなく、ラグナと名乗った青年は静かに遠くを眺めている。
「でも、死体を見た者はいないだろ?そういうことさ」
「ラグナは濡れ衣を着せられたのよ。
こんな辺境の村にいても、噂くらいは聞いているでしょう?」
ちらと、焦げた土にも似た髪色の青年を見遣って。慮るように声を潜めるジャスティン。
「けっ、だからこそこーやって偽者とかが出やすいんじゃねぇかよ」
しかしロウの毒気は却って増す一方だった。流石に見かねたのか、傍らの青年は宥めるよう、ロウと二人組の間に割って入る。
「ま、まぁまぁ、ロウ。人をすぐ疑ってかかるのは失礼だよ」
ただでさえ頭に血が上って冷めやらないというのに。このままでは、彼はラグナに喧嘩を仕掛けかねない。今はそんなことをしている場合ではないのだ。
「それより、その英雄さんが何故この村へ?」
盲目の青年は、軽く詫びるように頭を下げてから話を切り返す。
「この村同様に、沢山の村や街が王国軍によって酷い目に遭わされているのは……君達も知っているだろう?」
「ああ。特に最近は腐りきった貴族共が好き勝手してやがるからなっ!」
ロウは余程苛々が収まらないようで、落ち着きなくがすがすと足元で棒を鳴らす。
「その通りだ。
だが、何故最近になって王国軍が凶暴化したと思う?」
「はぁ?んなこと知るかよ」
ラグナは重い声で話を続ける。ちら、と視線を一度だけ倒れている王国軍へ流した。
「貴族達の勢力は、第三王子ウェルティクス様のお力でこれまで抑えられていたんだ。
だが、先日――」
一旦そこで、区切って。場にいる者の顔を順繰りに見てから、彼はこう告げた。
「帰国されたウェルティクス様が王城にて何者かに襲撃され、
――そのまま、消息不明となられた」
そんな、と。ブラックが口の中で呟くより早く。
「な、ッ――おい!それ本当なのかッッ!!?」
激昂したロウが、ラグナの胸倉に掴みかかっていた。