三、紅蘭の舞姫(24)
自警団との戦いは、僅かな時間で決着した。
もとより、街の自警団などは「平均的な一般市民より多少腕が立つ」程度の実力。
戦力に関して言えば、前回、北の砦で対峙した小隊の方が上である。
寝起きとはいえ、彼等が遅れをとる相手ではなかった。
「けっ。口だけはデカいってのは、このことだな」
「仕方がないよ。彼等は自警団を名乗ってはいるけど、元々、戦の経験はない市民なのだから」
視界の隅に黒い何かがゆらり、揺らめく。
ロウははっとして、そちらへ向き直った。
「おい、大丈夫か?顔が真っ青だぜ?」
じ、と親友の顔を覗き込む。
「そうね。さっきも、いつもより動きが鈍かったように思えたけど……
どうかしたの?」
「僕なら大丈夫です。それより、」
ブラックは額の汗を拭い、それから、
「――こちらの女性が?」
「ああ、紹介が遅れたわね。この娘はカトレア。
キャラバンで踊り娘をしていた、アタシの仲間よ」
ジャスティンは一歩下がり、少女に目配せをする。
「カトレア。この人たちは……
あたしのボディガードよ♪イイ男揃いでしょ?」
「はいはい。戯言はいいからとっとと紹介しなさいよ」
ジャスティンの軽口はあっさりスルーしてしまうカトレア。扱いに慣れているのだろう、彼女が吟遊詩人の『捜しもの』であるのは、間違いなさそうだ。
「んもう、相変わらずつれないわねぇ。
そっちの生意気そうなのがロウ、こっちのタレ目くんがブラック、それから――あっちの彼が……ラグナよ」
「……生意気そうで悪かったな」
「あら、そういうところも可愛いわよ?ぼ・う・や」
ぼそりと突っ込むロウ。しかしジャスティンの流し目を送られ、うげ、と黙り込んでしまう。
しゅるん。
カトレアは安全と判断できたのか、顔や肩を覆っていたショールを解いてみせた。
大きなアーモンド型の双眸に長い睫、粉雪のように木目細かく白い肌。艶やかな珊瑚色の唇。桃の花弁を思わせる淡い紅色の髪は、華奢な肩をふわりと彩る。女性らしい曲線を辿るプロポーションは、確かに伯爵が血眼で捜索するのも頷ける程だ。
「……あははっ、なんていうか、連れが迷惑かけたみたいね。
カトレアよ。あなたたちのお陰で助かったわ、アリガト」
鈴の鳴るような声は耳に心地好い。
「……お前の仲間にしちゃマトモだな、オイ」
つい、とジャスティンを半眼で睨むロウ。
「うふふ、怒ると恐いのよぉ」
ねー、なんて、からから笑いながら。ジャスティンはカトレアの肩を小突いた。
そんな様子を眺め、ラグナは安堵に相好を緩める。
「成程、捜し人は見つかったんだね。よかった」
「ええ、まずはひとり、ってところかしら。
ほかの子たちも、無事ならいいのだけれど……」
やや視線を落とす麗人に、大丈夫ですよ――と、ブラックの穏やかな声。
「カトレアさんにも、こうして再会できた。
ほかの皆さんだって――きっと。この、同じ空の下で生きているはずです」
しゅ、と、盲目の青年は胸の前で十字を切る。
それは数ある祈りの中でも、この大陸の始祖であり守護神――四英雄神へ捧げる祈りの所作だった。
「珍しい十字の切り方ねぇ。
昔、巡業中に騎士様がしていたのを見たことがあるわ。何ていう祈り?」
興味をそそられたのか、ジャスティンがじろじろとブラックを眺める。
「……、え??」
ぱちくり。
問われた当人はきょとんとして、それから、自分の指を動かし始める。
「僕、何かしてました?」
「偶々似てただけだろ?
コイツがそんなもん知るわきゃねぇし」
答えが得られないと判ると、やや残念そうな顔になる吟遊詩人。
「……そう、残念だわ。
でもひょっとすると、記憶を失う前に知ってたのかもね」
「どう……なんでしょうね。
僕がそんなに信心深い人間だったのかどうか。あははは」
ブラックは髪を掻き、困ったように曖昧な笑み。
「……うん。そうよね。アタシが信じなくちゃ。
みんな生きてる、ちゃんと、いつかまた――皆で巡業できる日がくる」
「あんなタフな連中、そうそうくたばったりしないわよ。
か弱いあたしだって、この通りなんだし?」
「……か弱い……?」
しげしげとカトレアを見て、疑わしげにその言葉を反芻するロウ。
「カトレアは別の意味でたくましいわよ、自信持って!」
「ごめんそれ、なんかあんまり嬉しくない」
フォローにならないフォローを加えるジャスティンに、カトレアは呆れ顔だ。
「仲間――、ねぇ。
まぁ、乗りかかった船だ。行けるとこまで付き合ってやらぁ」
鼻を擦り、ロウは悪戯めいた笑みをジャスティンたちへに向けるのだった。