一、辺境の勇者(2)
しかし勢いづいていたロウの足は、ほんの一歩で動きを止めてしまう。
「なっ……」
言葉にならない。
目の前にひろがる惨状に目を見開き――彼はそのまま、立ち竦んだ。
甲高い悲鳴が別の掠れたそれと交じり、ちいさな村を満たしていく。
木が焼ける、不快な臭い。
それはさながら、山村に降りてきた山賊の所業。
――しかし。
村を焼き娘を引きずっていくのは、山賊と呼ぶには不似合いな鋼鉄の甲冑姿だった。
低くなった陽の光が、グリフォンの紋章を照らし出す。
「フォーレーンの……紋章……」
つまりそれは。
村を蹂躙する甲冑の大群が、フォーレーン王国正規の騎士であることを示していた。
さあ、と。血の気が引いて、そして溢れ出す。 怒りに震えた肉刺だらけの手は、身の丈程の棒を強く握り締め、
「てっ……めぇ、なにしてやがるっっ!!」
家に火を放とうとしていた騎士へと、ロウは一直線に殴りかかった。
がしゃん、
金属音が大地に投げつけられる。
「これが王国騎士のやることかよ……ッ!」
ロウは脇目も振らず、次なる標的へ突進していく。
「ロウ、先走るな!
敵が多い中での単独行動は危険だ」
諌める言葉。しかし構っていられるかと、ブラックが掴んだ腕を振り払うロウ。
「んな悠長なこと言ってられっか!村が滅茶苦茶にされてんだぞ!?」
「勇猛と無謀は別物だ。
――命を粗末にするなら、君に戦う資格はない」
いきり立つロウとは対照的に。黒髪の青年は、冷徹なまでにはっきりと言い放った。
「資格だぁ?……じゃぁ、奴等にはあんのかよ!?
国の紋章を掲げて!こんな真似してやがる、あの連中に……ッッ!」
逸る心から、早口に捲し立てる。苛立ちごとそのままぶつける彼に、ブラックは静かに首を横へ振った。
「それは違う。
……彼等がしているのは、ただの略奪だ」
剣を引き抜き、ブラックは地を蹴る。その足取りは真っ直ぐに、略奪を続ける兵の元へと向けられていた。
ロウも慌てて後を追うものの、納得がいかない顔である。
「戦いは戦いだろ?エゴ以外のなにがあるってんだ」
「エゴ?………君は、」
何かを言いかけて、
そのまま、噤んだ口は黒いマントに隠れた。かるく首を左右に振って、再び顔を上げる。
ロウはその様子を訝しむよう、僅かに首を傾げた。
「他人に言われただけでは、納得できないだろう。
いずれ――判るときがくる」
「ジジくせぇ言い回しだな。フケるぜ?」
投げられたのはあくまで、軽口の口調。
棒を構え直し周囲を見回すと、彼は拗ねた子供のようにこう続けた。
「おめぇは、いっつも小難しいんだよ。
……まぁ、宛てにはしてっけどな」
それは、どうも――と、黒髪の青年は肩を竦める。
鈍色の甲冑は、目前に迫っていた。
正規の王国騎士には違いないのだろうが、甲冑軍団の戦い方は山賊と大差ないものだった。
戦闘の訓練は受けているようだが、各自が好き放題に暴れているだけで統制が取れていない。そのため、実質二人で一人を相手しているようなものだ。
ロウの獲物である棒はリーチの面で、相手の剣に対して有利に戦える。間合いの外からひと突き、正確に入れることができれば、装甲の差はさして問題にならなかった。
動きが大振りになることで生じる僅かな隙を、ブラックの剣が確実に塞いでいく。
そうして幾人かを屠ったのち、ロウはげんなりとした様子で大きく息を吐いた。
「しっかし、これじゃキリがねぇぜ。
村の皆もどうしてるかわかんねぇし……どうする?」
黒煙の霧で見通しが悪く、村全体の様子は伺えない。
各個撃破は不可能ではないが、何分、一小隊はいるだろうか。こうしている間にも、火の手は上がり、娘が連れ去られてしまうかも知れない。
「そうだな……」
思案顔になるブラックの背後。
煙が途切れ、兵士のひとりが剣を振り下ろす――
「――危ねぇッッッ!!!」
「え?」
身体は動いていた。
ロウの棒が王国兵士を捕らえんと唸りを上げる。
しかし、
(くそ、届かねぇ……ッ)
そう確信し蒼ざめるロウの背中を、凍るような寒気が迸った。
――否。
寒気ではない。実際に、冷気が奔り抜けていったのだ、と。ロウが理解できたのは、ブラックに斬りつけたあの兵士が動かなくなっていたからだ。
「油断大敵――かしら?勇敢な戦士さん」
艶っぽい声は、場違いなまでに軽やかに戦場に響いた。
いただいたメッセージは、少しずつブログでレスをしていきたいと思います!
一年も次編を待ってくださった方がいらしたことに、鷹峰&陸奥崎、感動の滝涙です><
ありがとうございます!