二、攻砦戦(17)
最上階へと続く、狭い階段。扉に遮られて、室内の様子は伺えない。
「あらかたの兵士は逃げよったけど、親玉とその取り巻きはまだ残っとるやろな」
場違いに暢気な声で階段を見上げるラッド。
そうですね――とブラックが眉を潜めると、こつ、と階段に足音が乗る。
「決着をつけに行こう。
二人が……下で娘さんたちと待っている」
ラグナの言葉に全員が顔を見合わせ、ひとつ頷く。
それを合図に、三人は階段を駆け上がった。
「既に逃げた後でした……なんてオチじゃなければいいが」
「さて、どやろな――ん?」
足音のひとつが、ふと止まる。
「ラッドさん、どうしまし……」
歩み寄ったラグナは、相手の様子から何かを察し口を噤んだ。
その一方で、ブラックは静かに階下を見つめている。
「下から……まだ足音が聞こえよる。
俺が片付けとくさかい、早よ行き」
顎をしゃくって促す男の背に頷き、二人は再び走り出した。
道幅が狭いこともあってか、足音がやけに鮮明に響く。
上階へ近づくにつれ、足音の間隔は徐々に短くなり――
ばきゃっっっ!!!
分厚い木の板が割れる音。同時に、視界は砂埃に支配された。
ラグナの靴には、びっしり木屑が張りついている。
ぱら、ぱらり。
埃をはたき、蹴開けた扉の上を踏みしめて部屋の奥へ進むラグナ。
「げっ……」
青年たちの顔を見るや否や、狼狽える男が二、三名。
そして、
「ち、役に立たねぇ奴等だ」
忌々しげに吐き捨てる男。恐らく頭目――もとい、隊長だろう。
「これまで好き放題暴れていたようだが、それもここまでだ。
――覚悟するんだな」
鞘を離れたラグナの剣が、隊長と思しき男へ向けられる。
「仕方ねえ……纏めて始末してやるぜ!」
隊長と数名の兵士が得物を構え、二人へと飛びかかった。
だん、と地を蹴る音。続いて鈍色の光が虚空に放物線を描く。
散ったのは鮮血ではなく、壁の石屑だった。
いたはずの場所から消えた盲目の青年を捜し、隊長はきょろきょろと辺りを見回す。
「――何をしているんです?」
淡とした響き。そこか、と振り切った大振りのひと薙ぎを、ブラックの剣線が弾いた。
そこに間髪入れず、ラグナの突きが男の肩口を掠める。
兵士たちが追撃を試みるも、かん、と金属音が跳ねるのみだった。
「くそ、この優男どもが……ッ」
再び剣を振り上げた隊長は、ふいに太い眉を寄せた。
――この男……どこかで見たような……?
記憶を手繰る、が、思い出せない。
それが男を更に苛立たせた。集中力を失い、ますます剣は空を薙ぐ。
「どこだ?確か、随分前に……」
べしゃっ!
ラグナの背後へ回り込もうとした兵士が、うつ伏せに倒れ込む。
「なんや、もう始まっとったんかいな」
倒れた兵士の陰から、姿を現したのはひとりの行商姿。
ラッドは蹴り飛ばした兵士を見下ろすと、鬱陶しげに足で払い除ける。
「……あ……ッ!!!」
その刹那、隊長が凍りついた。
「そうだ、思い出した……!
その顔……間違いねぇ。なんで、こんな場所にラ――」
しゅ――、ん。
声は、
そこで、途切れた。
「ひ……ッ」
大きな甲冑――隊長だったものがごろん、と床に転がる。
どよめきがあったのは、ほんの一瞬。
何が起こったのか理解した兵士たちは、蜘蛛の子を散らすように我先と逃げていった。
「……ラッドさん、」
「ああ、すまん。手元が狂いよった」
隊長が既にこと切れているのを確かめると、ラグナはつかつかとまた階段へ向かう。
「ひとまず、ロウさんたちと合流しましょう」
そうして。
かつて王国を守った難攻不落の要塞は、抜け殻と姿を変えた。