二、攻砦戦(16)
薄暗い天井を見上げれば、腰掛けていた椅子がきぃ、と啼く。
ロウの耳を、まるで子守唄にも似た優しい旋律がすり抜けていた。
救出されたとはいえ、囚われた娘たちの心の傷は深い。彼女たちを励ますため、長いことジャスティンは唄を奏で続けている。
――よくもまあ、声が枯れないものだ。そんなことをふと思う。
しかしながらこの場において、吟遊詩人の存在はどんな戦力よりも、大きな力であることに疑いの余地はない。
差し詰め、竪琴は剣よりも強し――といったところか。
手持ち無沙汰なロウは、ひとつひょいと肩を竦めるようにして、それからまた、ぽかりと顔を上げる。
「……あいつら、大丈夫かなー……」
陰鬱に映る、四角い天井。それがやけに狭く感じたのは、早くこの場所から出たいという気持ちの所為だけではないだろう。
一方。
砦の上階では、鈍い剣戟に交じって怒号が飛び交っていた。
「おいっ!たった三人に何やってんだ!!
こんなの隊長に知られたら――」
「んなこと言ったって、相手はかなりの手練れなんだ!
そう簡単に……ひっ」
がきぃぃん、と、金属同士がぶつかり合う音。
続いて、済んだ共鳴音が響く。
得物は既に、掌にはなく。兵士は尻餅をつき、放物線を描くそれを、ただ見送ることしかできなかった。
「手練れ、と認識している割に随分と余裕ですね」
黒い外套を羽織った盲目の青年が、厭味なほどの笑顔を向ける。
さあ、と血の気が引く感覚を全身で感じながら、兵士は死を覚悟した。
ところが。
「戦意を失ったのなら去れ!
――無益な殺生は好まない」
背中に届く、ラグナの声。肩越しに僅か振り返ると、
「だ、そうです。……命拾いしましたね」
剣を下さぬまま、ブラックは続ける。
「貴方たちが……山賊のように女子供も構わず殺していたなら。
僕は迷わずこの剣を振り下ろしただろう」
――消えるといい。
光なき瞳は、常になく冷然さをもって、場を凍りつかせる。
「『無益な殺生』は好まん……そらまた、」
―――余程の大物か、単なる甘ちゃんのどっちかやな。
後半の言葉は、一旦飲み込んで。
ラッドは対峙した兵士の後ろに回り込み、背中を蹴り飛ばす。
「ほな、お帰りはあちらでっせー」
はたはたとおちょくったように手を振り、へらへらとした笑みを崩さない糸目の男。
兵士たちの心は怒りよりも、別の感情に支配されていった。恐怖と呼ぶほどにもまだカタチを成さない、混沌としたものへと。
無理もない。
弱者を蹂躙し、その上に敷かれた安寧が、唐突にひっくり返されたのだから。
村人たちの抵抗が、自分たちに対しては児戯に過ぎなかったように。
いま、自分たちのそれも、この男たちに対しては児戯に過ぎないのだと。兵士たちは理解するよりなかった。
……そうして。
ひとり、またひとり。
砦を後にする者が増えていくのに、さほどの時間は必要としなかった。