二、攻砦戦(15)
壁に設置されていた小型のランプに点火し、冷たい鉄格子へと翳す。
仄かな灯りに、女性らしき人影が幾つか浮かび上がった。
点された炎の揺らめきに伴い、彼女たちの足元には重く影が床を伸びる。それはまるで、牢獄に縛りつける足枷のようだった。
「みんな、大丈夫?」
薄っすらと見える出立ちから、拉致された村娘たちに間違いないだろう。
ジャスティンが屈んで声をかけるも、娘たちは互いに顔を見合わせるばかり。
表情には、未だ警戒の色が濃い。
「助けに来たわ。もう大丈夫よ。
……捕まったのは、あなたたちで全員かしら?」
暫しの沈黙。
やがて震える声が、ぽつり、と返ってきた。
「今は、ここにいるだけで全員です……」
「『今は』?」
ふと聞きとがめ、片眉を上げるロウ。
娘たちは逡巡ののち、俯き加減に呟く。
「……昨日、何人か……何処かに連れていかれました……」
「なっ――」
「何ですって……!?」
今度は、ロウとジャスティンが顔を見合わせる番だった。
だむっっっ!!!
くそッ、と吐き捨て、忌々しげに壁を叩きつけるロウ。
「…………。
ねえ、もうひとつ訊いていいかしら」
更に姿勢を低くし、彼女たちに視線を合わせ。
「昨日連れて行かれた中に、踊り娘風のコはいなかった?」
「ん?なんだよ、踊り娘って?」
ロウの問いかけに、ジャスティンはあさっての方向に視線を向け、
「――アタシの探しものよ」
と返した。
「いなかったと……思います」
村娘のひとりが遠慮がちに告げると、周囲の娘もこくんと頷く。
「あ、でも。もしかしたら、なんですけど……
昨日、兵士の人が、ここにいた中でも美人を選んで連れて行ったみたいですから……。高く売れるとか、領主様はいいご身分だとか……話してたので、その」
娘の言葉にまたかっとなりそうなロウをやんわりと制し、ジャスティンはあくまで穏やかに、続きを促す。
「その娘たちは領主に売り飛ばされた――ってことかしら。
ほかに、兵士たちは何か話していなかった?」
「いえ、そのくらいだったと……。ほんと、今回だけは十人並みの顔で良かったなぁって……あ!す、すみませんっ」
思わず本音が漏れ、はっとして口を塞ぐ村娘。おずおずとジャスティンの顔を覗き込んでいるが、吟遊詩人の頭は既に切り替わっていた。
「この辺りの領主といえば、レドフリック伯爵だったかしら。
……助かったわ、アリガト」
そう言って、点火されたままのランプを壁にかけ直すジャスティン。
そこに、
何やら物言いたげに睨みつけてくるロウと視線がかち合う。
「……んもう、判ったわよっ」
はー、と盛大な溜息。続いて、
「ちょっと色々あってね。キャラバンの仲間と散り散りになっちゃったのよ。
それで、手がかりを捜してたんだけど――」
ジャスティンは懐かしそうに目を細めている。
「はー。それで踊り娘……ねえ」
「ええ。血は繋がってなくても、大切な妹だもの」
にっこり微笑む麗人。一方、ロウは口を噤んでしまった。
「妹――か。
そりゃあ、心配だろうな」
たったひとこと、それだけだったけれど。
ロウの声色も面差しも、いつもとは別人のように、穏やかで優しい。
――「……弟がよ、いたんだ」
そう。
彼の口から弟がいるという話を聞いたときも、こんな顔をしていた。
これがロウという青年の、兄としての顔なのだろう。
そう思えばこそ、ジャスティンは心が温まるのを感じて、つい相好を崩す。
「……ンだよ?俺の顔に何かついてっか?気色悪ぃな」
怪訝そうなロウに、何でもないわよ――と、ぱたぱた手を振って。
「――有難う、ロウ。
アタシは信じてるわ。必ず、元気な笑顔でまた逢えるって」
ジャスティンは振り向く。
と、高く結い上げた長い髪が瑠璃色に輝いた。
「だって――家族だもの。
家族の絆って、そんな脆いものじゃないでしょう?」
確信を帯びた瞳が、ロウを射抜く。
「…………ッ。
そ、だよな……。さんきゅ」
励ますつもりが、励まされてしまった――ような、気がして。
極まり悪そうに顔を背け、青年は頬を掻くのだった。