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漆黒の聖騎士  作者: 鷹峰
一、辺境の勇者
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一、辺境の勇者(1)

 がたん。

 野菜畑の世話をしていた婦人は、物音に顔を上げる。

「よ、おばちゃん」

 目の前に置かれたのは、魚が数匹跳ねている籠。

 婦人は目を白黒させ、腰を上げる。そこには釣竿を手にした青年の姿があった。

 青年と籠を交互に眺め、こいつは――と口籠る婦人に、彼はぱたぱたと大きく手を振ってみせる。

「今日は結構大漁でよ。

 良かったらこれで、婆ちゃんに美味いもん食わせてやってくれよ」

「ロウ、いいのかい?こんなに沢山……

 あんただって育ち盛りじゃないか」

 ロウと呼ばれた青年は、大きく笑って婦人の背を叩く。真昼の太陽に反射して、琥珀色の髪がきらきらと輝いた。

「気にすんなよ。言ったろ?今日は大漁だったんだ」

 青年――ロウは、この村の生まれではない。一年程前に移り住んできた彼は、その気さくな性格から、既にすっかり村に溶け込んでいたのだった。

 村の名はホルダン。

 フォーレーン王国南西部に位置する、ちいさな田舎村だ。

 王都の激動は、ここホルダンにも深刻な影を落としている。救国の英雄と呼ばれた騎士達が相次いで反旗を翻し、ほぼ同時に第三王子ウェルティクスは行方知れずとなってしまった。

 それから、半年。各地を治める貴族は横暴の限りを尽くすようになり、治安は急激に悪化した。

 山賊や王宮騎士とは名ばかりの悪漢により、村人の生活は困窮し、常に危険に晒されるものとなっていたのだ。

「そういえば――大分、快くなったのかい?」

 何かを思い出したように、婦人がぽつりと零す。その視線はロウの家へ注がれていた。彼もまたつられて、そちらを眺める。

 彼女が思いを馳せているのは、数日前からロウの家に居候している男のことだ。川上から流れてきたところを、釣りをしていたロウが助けたのである。

「ん、まぁな。食事は食えるようになったみてぇだから、もう大丈夫だろ」

 男は生きているのが不思議な程の重傷であったが、二、三日程生死の境を彷徨い、なんとか一命を取り留めた。

 しかし。

「記憶がないんだって?

 よっぽど酷い目に遭ったのかねぇ。こんなご時勢だし……」 

 婦人は眉を潜め、心配げに声を落とした。

「ああ。自分の名前も何処にいたのかも判んねぇらしい。

 ま、これも何かの縁だろ。できるトコまで面倒みてやるさ」

 そう鷹揚に答え、彼は婦人と別れた。


 痛みがちな木の扉が、乱暴に開け放たれる。

「おい、ブラック、帰ったぜ。具合はどうだ?」

「……おかえり、ロウ。だいぶ快くなったよ」

 横たえていた身体を起こし、男は、戻ってきた青年を出迎えた。

 ブラック、というのは、無論本名ではない。髪も瞳も、身につけていた外套も真っ黒だった彼を見て、ロウが名づけた仮の名である。

「今メシ作っから、ちっと待ってろ」 

 かしゃ、かしゃん、と、ブラックの耳に小気味よいリズムが届く。

 起き上がろうとして、肩と脚に鋭い痛みを感じ、ぐ、と僅か呻いた。

「馬鹿、大人しく寝てやがれっつーの。傷がまた開くぜ?」

「あ、ああ……すまない。ロウ」

 申し訳なさそうに俯く青年の黒髪を、次にはぐしゃぐしゃと掻き毟るものがあった。

 馬鹿やろ、と頭上から降るぶっきらぼうな声。やがて、沈みがちだった表情は――緩やかなそれへと、姿を変えていた。


 簡単な食事を終えると、ロウは暖炉に薪を放り込み、どかと床に腰を下ろした。

「何やってんだ?ブラック」

 ブラックと呼ばれた青年は、飲み物が入った杯を相手にじっと睨めっこをしている。しかしやがて意を決し、それを一気に喉へ流し込んだ。

 ひとくち。

 ブラックはそれを飲み干すと、顔を渋くして、

「……にがい」

 先程まで薬湯が入っていた、空の杯を恨めしげに睨む。

「文句言うなよ。薬飲まねぇと良くなんねぇぞ」

 甘党だもんな――と笑い飛ばし、ロウは麦酒を煽った。

 むぅ、と手の中に収まった杯を揺らしながら、眉を寄せ剥れるブラック。

「ま、その薬湯でも、お前の目までは治せねぇけどな」

 怪我の後遺症か、それとも元からなのかは判らないが。目覚めたブラックの両目は、光を失っていた。

 ロウの言葉に小さく溜息を吐く盲目の青年。

「……ロウ、僕は……」

 彼がその口を開きかけたのと、ほぼ同時。

 遠く、女性のものと思しき悲鳴が聞こえた。

 二人は顔を見合わせる。

 と、次の瞬間には手近にあった棒を握り締め、出口へと駆け出すロウの足音が騒々しく響く。

 悲鳴のした場所へ向かうのだと理解したブラックもまた、腰を上げていた。

「ブラック、お前は病み上がりだ。

 ここでじっとしてろ!いいなっ!!」

 ついてくる気だ、そう確信し釘を差す。

「そういう訳にはいかない!……僕なら大丈夫だ」

 強い調子で跳ね返され、ロウは舌打ちをする。きっと、止めても無駄だろう。

 勝手にしろ――そう言い捨て、扉の向こうへと飛び出していった。

 壁に立て掛けられていた剣を手に、光を失ったはずの青年が続く。盲目とは思えない程、確りとした足取りで。

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