帝救出。
翌朝、余り眠れなかったが、何とか布団から起き上がり、身支度を軽く整え、居間であろう部屋に行った。
「おはようございます。眠れましたか? 顔を洗ってくるといい。屋敷の裏手に井戸があります。その後朝げにしましょう」
「はい。ありがとうございます」
手拭いかな?薄布を手渡され、外に出た。
台所であろう場所には、かまど二つあり、鍋が置かれていた。鍋の中からいい匂いが漂っていた。
「おはよう。眠れたか?」
「おはようございます。珠光さん。あんまり眠れなくて……」
「まぁ、仕方ないさ。さっさと顔を洗え。朝飯だ」
珠光さんは魚を焼いていた網を持ち、中へと入って行った。
優しいんだか、何なんだか……。
上を見れば空は晴れわたっていて、とても何かが起こっているかなんて思えない。
でも、確かに遠くの空は黒い雲で覆われているような、異様な感じがした。
寧ろここだけが明るい空だ。
井戸から水を汲み、桶に移しパシャパシャと顔を洗う。
冷たい水が気持ちよく、目が覚めた気がした。
それから中へ入り、三人で囲炉裏を囲み、朝食を頂いた。
菜の花のお汁に、山菜の雑炊の様な物、それと焼き魚。
素材の味しかしないけれど、新鮮で美味しかった。
「平安の食事は口に合いましたかな?」
「はい。とても美味しかったです」
「それは良かった。さて……。片付けが済んだら私の部屋に来なさい。お話があります」
「分かりました……」
「師匠、私もですか?」
「当然」
お師匠さんはそう言って席を立った。
「後ほど……」
綺麗な所作で振り向き、足音さえ立てずに行ってしまった。
「お師匠さんて、人間だよね……?」
「さあな。案外違うかも。その辺は後世で色々伝わってるんだろ?」
「マユツバ物だよ。大体は」
「確かに。千年経つと信憑性に欠けるな。さ、とっとと片付けて、お師匠様の部屋に行くぞ」
食べた御膳を台所へ運ぶと、綺麗な単衣を着た式神さんが受け取ってくれた。
それにお礼を述べ、お師匠さんの部屋へ。
「失礼します」
御簾を上げ、中へ入る。
奥へ進むと、几帳を隔てた向こうにお師匠さんが座っていた。
「さあお二人共に、座りなさい」
藁の座布団に座ると、師匠さんが私と珠光さんを交互に見て、一枚の紙を差し出した。
「昨日もお話しましたが……。一刻の猶予もありません。式を飛ばして紫宸殿の様子を伺いましたが、悪の手下が蔓延り、帝を操ろうとしています。途中で気付かれてしまい、確かな事は分かりませんが、大臣は完全に操られています。堕天使の使いのものに。朝廷は機能を失いました。……いや、別の意味で機能しています。あの者が、藤原の者が主人を言いくるめ、実権を握らせようとしています。
帝と二人、結託させ先ずはこの都を思うままに、その後は時代を移しまた同じ様な事をするでしょう。ただ……、歴史は変わります。悪い方に。したがって、あの者達は一層やり易くなる。悪の世が完全に造られてしまいます。
昨日お話した様に、貴女の世界まで完璧に変わります。
ですから、早く手を打たねばならぬのです」
「お話は分かりました。私に何ができるか、何処までできるか、正直分かりませんし、不安です。
ですが、この世の中を護りたいと思います。それが自分の住む世の中を護る事に繋がるのであれば……」
「柚葉さん。ありがとうございます。早速ですが、この護符を懐へ。きっと守ってくれます。珠光も。そして、これが貴女が唱える呪です。呪文ですね。頭に入れて下さい。これを珠光と共に唱えるのです。
四神を使役し、四神と共に闘う事になります。そしてこの呪文を唱えるのです。
柚葉さん、私も精一杯お手伝い致します。貴女も、珠光も、精一杯やって下さい」
「お師匠様……。やります。きっとこの都を救います……!」
誓いを胸に私と珠光さんは朝廷へと向かった。
怖いし、不安な気持ちはある。けれど何とかしなければならないんだ。
「怖いか?」
「大丈夫。とは言えない……」
「俺もだ。けど、強い味方がついてるんだ。その辺は安心しろ」
「うん。……ねぇ、どうやって紫宸殿まで行くの? 途中でバレて捕まるんじゃない?」
「お師匠様は天才だ。懐の護符があるだろ? それさえあれば雑魚には姿が見えない。堕天使クラスになると見えてしまうが……」
「じゃあ、帝の場所までは行けるって事?」
「ああ。行けるし、行く」
「ハッキリ言ってよ……」
「大丈夫だ。信じろ」
かなり不安はあるけれど、私達は歩みを止めない。
ただひたすら、帝の居る所まで歩く。
暫く歩くとようやく大きな門まで辿り着いた。
この先には帝のお住まいや紫宸殿もあるという。
平安時代の勉強なんてあんまりしてなかったけど、とにかくおおきいんだよね?
迷子にならないかな…。
そんな事を思っていたら…。
「チッ。結界が張ってある」珠光さんが口を開いた。
「え? 結界?」
「こんな結界直ぐに破れるが……。下手に破ると相手に分かっちまう。さて、どうするかな…」
暫く思案していると、何処からか声が聞こえてくる…。
私達は急いで近くの木に隠れた。
「交代だ」
「ああ、もうそんな時刻か…」
「中の様子は? 内裏の者は皆捕らえてあるんだろな? ったく帝も頑固で手こずらせやがって……。姫君を差し出せと言うのになぁ。まぁ、術にかかりつつあるから、大丈夫だろうが。とにかく早くこの都を統治して貰いたいもんだ」
「藤原の何とかって奴も落ちた。もう直ぐだろう。我が主人も王として君臨する。その時まで我慢だ」
「へいへい。っと、結界張ってたのか。一度解くぞ? 強力なやつだからな、怪我しちまう」
誰かが門の前で話しているのを、近くの木の陰に隠れて聞いていた。
帝が術にかかりつつある?早く行かないと!
でも見張りも居るし、どうやって?
ふと珠光さんを見れば、門の方へと歩いて行ってしまった。
慌てて追いかけた。
「……」
珠光さんが何かを呟き門にいる人物に向かって手をかざした。
すると、門にる人物はその場に座り込み眠ってしまったではないか!
「後々通れる様に、この人達には眠ってもらった。さ、行くぞ」
「凄い……」
「簡単な術だ」
「でも起きないかな?」
「暫くは大丈夫だ。とにかく急ぐぞ」
半ば駆け足で門を潜り、一先ず紫宸殿へ。内裏とやらも気になったけど、帝がそこに居るというのだから急ぐしかない。
迷うかと思いきや、すんなりと中へ入れた。
長い廊下を進むと、またまた誰かの声がした。
「我が主人の言う事を聞く気になったか? 全く厄介な者よ。さあ、姫君を差し出せ」
「く……! 我とした事が……! 無念よ」
「早くしないと我等が行くぞ!」
「我が行く……! 其方達はここで待たれ」
「主人に差し出す姫君だ。変な真似はするなよ?」
「分かっている……」
「ちょ、ちょっと! 今の聞いた? 早く止めなきゃ!」
「ああ。内裏には奴らは入れないのか……。成る程。よし、帝をお止めしよう」
長い廊下をひたすら歩き、帝の後ろをそっとついて行く。
暫くして、内裏へと続く渡り廊下へ差し掛かった、ところで…「失礼ながら、帝!」
珠光さんが声をかけた。
「……其方達は?」
「はっ。私は珠光と申します。この度は帝をお救いに参りました。土御門邸の陰陽師の弟子でございます。此方は、今はお話している時間はございませんが、私と同じく、帝をお救いする者です」
「我を救う……? その様な事、できるのか?」
「力の限り……!」
「私は柚葉と申します。怪しいものではありません……! えーと、お救い致しますので、ご安心を…」
しどろもどろになってしまったのは致し方ない。
だって高貴な方に会った事ないんだもの。
見るからに帝!って方は、美しい顔立ちをしていて、高そうなお召し物を着て、長い髪を後ろで緩く束ねていた。
幾つくらいかな?まだ若いのは分かる。
「しかし、あやつらが居る。我は姫君を…」
「ご安心下さい。内裏にはあの者達は近づけません。一旦内裏に行き、姫君達と共に安全な場所へお連れ致します」
「……珠光と申したな? 真なのだろうな?」
「まことでございます…」
「ならば急がねば」
私達は急ぎ内裏へ向かい、姫君とお后様と数人のお付きの者と一緒に内裏を出た。
あんまり大人数での移動は危険だが、仕方ない。
一先ず安全な場所に行き、結界を張った。
「新しい屋敷へ移る前に、悪しきものを討伐して参ります。今暫くお待ちを………」
深々と帝に頭を下げ、私達は紫宸殿へ。
いよいよ対峙するのかと思うと、心臓がバクバクしてくる……。
「心配するな。小物相手だ」
「え? 親玉相手じゃないの?」
「いきなり親玉は現れないよ。まぁ、小物と言ってもかなりの力を持ってるからな。油断するなよ? と、その前に……。四神を使役する準備をしておけ。今回は…白虎を使役し、風を起こす。砂嵐だな。その隙に皆んなで此処を出よう。グズグズしてると親が来ちゃうからな」
「わ、分かった!」
先ほど帝がいた部屋まで戻ると、悪魔がそこにいた。
悪魔だ。悪魔そのもの。いや、鬼に近いような。ひたいからツノが二本生えているし、着ている物はこの時代の物ではあるが、尻尾が生えてる…。
「誰だ! !」
「隠れてないで出て来い!!」
息を潜めていたのに、あっさりバレてしまった…。
「お前らこそ、そこから立ち去れ!」
「何を? お前ら……。陰陽師の手下か? ふんっ面白い」
「藤原の家臣と、その主人も早く立ち去った方がいい」
「貴様! 誰に向かって口をきいておる! 私は藤原の種継だぞ? 陰陽師風情の癖に!」
「今は悪魔の手下だろう?」
「なにを! 貴様、無礼にも程があるぞ!」
「まあまあ、種継。そんなに激昂するな。この者達は我々が片付けよう」
「ね、ねぇ。なんかくる?」
「柚葉! 念じろ!白虎を使役する!」
「ね、念じる……! う、うん!」
やり方なんて分からないけど、とにかくとにかく
急がないと!
私は強く念じた。白虎さん、出てきてー!
「我、四神のうち、白虎を使役する!」
珠光さんの大きな声と共に辺りが白く輝いた。
眩しくて手で顔を覆う。
「柚葉! 顔を覆うな! 白虎に力を与えるぞ!」
「う、うん?」
手を顔から離し、目の前を見ると、見た事もないケモノがまえにいた。
え?もしかして、白虎さんですか?
「ふんっ。妙なものを出したな」
「白虎よ、力の限り闘え!」
珠光さんの声がした途端、大きな砂嵐が巻き起こった。
目に砂が入るじゃない!
思わず顔を背けると、思い切り腕を掴まれた。
「呪文は覚えてるだろうな?」
「う、うん!」
「よし。今の内に行くぞ!」
あれ。白虎さんは大丈夫なの?
そんな疑問を抱きながらも砂嵐の中から脱出し、帝の元へ急いだ。
「逃すか! 捕まえろ!」
ドタバタと音や声がするが、振り返らずに急ぐ。
早く助けなきゃ。皆んなを安全な場所へ連れて行かなきゃ。
「待てと言ったはず…」
「うわっ」
いきなり目の前に悪魔が現れた。
「邪魔だ。退け!」
珠光は懐に手をそっと入れ、何かを唱えた。
「異国の呪文は効かないな…」
恐ろしいまでの笑顔が向けられた。
「これはどうかな?」
悪魔に向かって珠光は素早く何かを投げつけた。
「うわっ! 貴様、なにを!」
「聖なる水だって」
「え? 聖水の事? そうか! 聖水がダメなんだっけ?」
「よく分からないがお師匠様が持たせてくれた」
「よく持ってるわね……。って、早く行こう!」
「貴様! 逃すか!」
悪魔の顔から煙が上がっているが、まだ追いかけて来そうだったので、私は扇子と扇子で十字架を作った。
「おのれ…!」
やっぱり悪魔には聖水と十字架だ。面白いくらいに効果があった。
「ちょっと聖水ちょうだい!」
私は珠光さんから聖水を受け取ると、床に振りまき、その上に扇子で作った十字架を置いた。
「早く!」
何とか帝達を内裏から連れ出す事に成功した。
「さっきのは?」
「十字架よ。悪魔が嫌いな物の一つ。本当は本物が欲しいんだけどね。ないからあれで凌いだの」
「呪文は効かないのか…」
「多少は効果はあった筈よ? 国が違えど悪魔は悪魔。物の怪、悪しきものには変わりないわ。それより白虎は?」
「退散させた。 悪魔一匹と、藤原種継を阻止できたからな」
「其方達、何処へ参る?」
「一先ず我が主の屋敷へ参ります。お話はそれから。急がねば追っ手が参ります故…」
「分かった…」
帝を歩かせるのはどうかと思うが、我慢して貰おう。
しかし、雅なお召し物を着ている姫君はずっと顔を隠していて、お付きの人に手を引かれている。
結構大変なんだな。
何とか師匠さんの屋敷に辿り着いた時にはホッとしてその場にしゃがみこみそうになった。
「何とか無事に着いたな…」
「でも、これからなんでしょう?」
「とにかくお師匠様とお話を…」
屋敷の奥の部屋へ帝達を案内し、急ぎ几帳を立てた。
そして御簾を下ろし、廊下に出た。
「失礼を承知の上、救済をさせて頂きました」
「うむ。あの者達には礼を述べる。悪しきものに我が心を奪われるところであった」
「あの悪しきものは異国のものでございます。我が国の術は効きませぬ。しかしながら、手立てはございますので、どうか御心穏やかに…」
「うむ…」
「珠光。聖なる水は役立ったか?」
「はい。効果はありました。それに…。柚葉の作った十字架なるものも効果がございました」
「十字架? ああ、十字ですか…。成る程。しかし、まだあの程度のものだから何とかなったもの。これからが大変ですよ?」
「心しております…」
「柚葉、其方は異国の天使なるものを存じていますか?」
「天使ですか? 有名なのは…」
「ふむ。どうやら話はつきそうですね。その天使が堕天使なるものを捜しています。その天使と力を合わせて闘って下さい」
「え? 天使とですか? 四神は?」
「もちろん使役します。どうやら異国のものやら自国のものやらが揃い出した様で…」
「はあ…。なんか大変な事になりそう、ですね…」
「私も力を尽くします」
もう、何だか訳がわからなくなってきたぞ。
堕天使からして分からないのに、天使まで加わるのか。天使。天使?ミカエルのこと?
堕天使ルシファーは悪魔で、それを倒すのがミカエル?でもって、日本の悪いものも参加するの?
一体どうなるのか…。
さっぱり分からなくなった……。