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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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六十四章

 ――幸福な夢を見ていた。

 それははかなくも消え去ってしまったけれど、とかく幸福な夢だったのは間違いない。

 それを打ち破ったのは他でもない、ミリアの執拗な声かけだった。

 「ねえねえ。ねえねえ。」

 これが、どれだけ続いたろう。「……ああ。」と返事ばかりしながら、肩を揺さぶるミリアの手を何度も追いやる。今朝のリョウの寝起きはとりわけ、悪い。

 「リョウ、起きてちょうだいよう。一大事なのよう。」

 ――一大事? リョウは顔を顰め眩げに目をこじ開けると、そこには水色のドレスに身を包んだミリアが困惑しきった表情で座り込んでいた。

 「何だよ?」

 「今日は社長の結婚式でしょうよう。だのにここが、」と言って後ろを振り向く。「上がんないのよう。」

 ファスナーがぱっくりと割れ、真っ白な背中が顕わになっていた。

 リョウは渋々上半身を起こすと、ファスナーを上げてやる。

 「ありがと。」ミリアは立ち上がって、くるりと右脚を軸にバレリーナのように回り、リョウに微笑んだ。「ねえ見て。可愛いでしょう。」

 リョウはまだ夢の続きを見ているような感覚に陥る。

 「今日はね、結婚式よ。」

 「……おめでとう。」

 「ミリアじゃない。社長と大塚さんだわよう。」ミリアは眉根を寄せて言う。

 でも目の前のミリアは美しいドレスに身を包み、まるで花嫁のようじゃないか。このままどこかへ嫁いでしまうのではないか? リョウは心配そうに見上げた。

 「じゃあね、行ってくるからね。今日、リョウは遅くなるのよね。気を付けて帰ってくるのよ。」

 リョウはよくわからぬまま「はい。」と答え、ミリアを見詰める。なんでこんなに小奇麗な格好をしているのだ? やはり嫁に行くのではないのか? 再び同じ疑念が生じ、何だか不機嫌になってくる。

 ミリアはその頬に軽く口づけをすると、そそくさと家を出て行った。


 リョウはそれから二度寝を決め込み、慌ててレッスンに出かけていく。そのさなか、今夜帰りが少しばかり遅くなることをミリアに伝えたか伝えていないか、そんなことばかりを考えていた。更にはミリアがどこかへ嫁いでしまう、そんな夢を見ていた気がしてリョウは何だか色々気乗りがしない。とかくできるだけ早く帰ろう、そう決心をしてバイクを飛ばし、夜八時過ぎにレッスンから帰ってくると、なぜだか部屋はまだ暗いままだった。

 ミリアは結婚式からまだ帰ってないのか、と訝りながらリョウは電気を点け、部屋に入る。するとベッドに突っ伏したミリアがいた。

 「どうした!」

 水色のワンピースを着たままのミリアにそう怒鳴った。

 「具合でも悪いのか。」そう言って慌ててミリアの顔を覗き込むと、ミリアの顔は涙に濡れている。手にはブーケがしっかと握られていた。

 「どうしたんだよ!」

 ミリアは唇を引き結び、「ミリアは……、」そこまで言って、ぐすり、としゃくり上げる。

 「ミリアは?」

 「……誰と結婚するの?」

 思わず絶句する。そして、そりゃあ、稀代の難問だ! リョウは胸中で絶叫した。

 「だ、誰、かなあ。何、いきなり? どうした?」

 「だって、これ。」ミリアはベッドの隅に置いていたユリのブーケをリョウの目の前に突き付ける。芳しい香りがリョウの鼻腔をくすぐる。

 「貰ったのか。」

 「大塚さんが、あ、もう大塚さんじゃない。アサミさんが後ろ向きにね、投げて、ミリアの目の前に落っこちてきたの。そしたらミリアが、次結婚する番なの。」

 とんでもねえ風習だ! リョウは咄嗟に叫び出しそうになりながらも、どうにか怒りを鎮め、「……そ、それより服、皴、になるから着替え、たら?」と小声でおそるおそる呟いた。

 ミリアは即座に背中のチャックを下ろそうとして、でも慌てているのか、なかなか下がらない。リョウは仕方なく下ろしてやる。

 「ミリアは牧師さん所まで、誰と歩くの? リョウと歩いたら、誰がそこに、待っててくれるの? リョウが待ってるんなら、誰がミリアと一緒に、歩いてくれるの? 一体全体、誰なの?」

 真っ白い背中を顕わに居ながらミリアは喚く。結婚式で妙な考えを起こしたな、とリョウは疲弊し始めた。

 「それにそれに、今まで育ててくれてありがとう、ってお手紙、誰に読むの? リョウに言うの? リョウはミリアの隣にいるんじゃあ、ないの?」

 リョウは更に問題が難化して来たことに気付き、慌てて寝室へ行くとタンスからミリアのTシャツを取り出し、ミリアの背に放った。ミリアは再び肩を震わせながら泣き始める。挙げ句の果てにはTシャツで顔を拭い、涙を拭いた。おいおい、とリョウは呆れ返る。

 「そうだなあ。俺はどこにいようかなあ……。」

 そうごまかそうとした矢先、ミリアはTシャツを握り締めたまま、濡れた瞳で睨み上げた。リョウはびくりとして「ああ、わかった。じゃあ、俺が、牧師の所まで一緒に歩いてやろう。なあ? あっははは。」

 「じゃあ、ミリアは誰と結婚するのよう!」

 「わかった! じゃあ、両方俺がやってやるよ。ほら、ささっとな、移動して。」

 「忍者じゃないのよう!」ミリアは叫んで足をじたばたとさせる。余計に背中が露わになっていく。リョウは途方に暮れる。

 リョウは肌蹴るワンピースを抑えながら、「わかった。じゃあ、牧師の所まで歩くの、シュンやアキに頼もう。ユウヤでも社長でもいいじゃねえか。ほら、いーっぱい、いるじゃねえか。よかったなあ、お前の回りには男がいっぱいいて。この、プレイボーイが。」何がどうよいのかは、無論わからない。

 その時、ミリアの脚が止まった。ミリアは起き上がると、濡れた睫の奥からリョウのことをひたと見つめた。

 「リョウは、牧師さんの前に、いてね。」

 それって、自分と結婚するということか? 一瞬疑問が過ったものの、射抜かれるような瞳に、思わずリョウはごくりと生唾を呑み込み、「……はい。」と頷いた。

 ミリアはぱっと笑顔になり、リョウに抱き付く。本格的にワンピースが脱げ落ちて、足元で輪になる。

 リョウはなすすべもなく、ただ、露わになった背中を手で覆った。

 「風邪引くから、早く服を来てくれ。そして飯にしよう。」

 ミリアは濡れた睫を瞬かせると、「今日は、ミリアが作ってあげる。結婚式で、ケーキ貰ったの。だから今日のデザートは、ケーキなの。」と微笑んだ。リョウはその代わり様にようやく安堵をしながらも、どこぞ騙されているような気がしないでも、ないのである。

 ミリアは台所に立ち、今日はお野菜炒めなの、などと言いながら、リズミカルに野菜を切り出す。

リョウは渋々、気持ちを静めるためにギターを持ち出し、爪弾いた。その時、携帯電話が鳴った。画面には〝ミリアの事務所“と掲示されている。

 「はい。黒崎ですが。」と出ると、

 「こんばんは。夜分遅くに申し訳ございません。Asia modelsの片倉と申しますが。お仕事の御依頼をさせて頂きたく、ミリアさんに取り次いで頂けませんでしょうか。」若い女の声がする。

 「へえ。社長の結婚式なのに、事務所はやってるんですねえ。」

 「実はその社長からの、直々の仕事の依頼なんです。」

 「はあ? 自分の結婚式の日ぐれえ、仕事のこと、忘れりゃあいいのに!」リョウは驚いた。

 「社長は仕事人間ですから。」女は苦笑交じりに答える。

 リョウは立ち上がると台所でフライパンを必死に振っているミリアに電話を渡した。

 「事務所から。仕事の依頼だって。何でも社長がお前にやってほしいみてえだぞ。ミリアも立派になったなあ。大したもんだ。」

 リョウはフライパンを代わってやる。

 「もしもし。」ミリアは話し始めた。

 そろそろ携帯電話でも買ってやらないと、まずいかな。リョウはふとそんなことを考える。基本的にミリアはあれが欲しい、これが欲しいとは言わないので、こっちから察してやらないとすぐに時代錯誤になってしまう。それに電話があれば、自分ともすぐに連絡を取れるしな、とリョウは高校合格の祝いに勝手に携帯をプレゼントすることに勝手に決めて、一人ほくそ笑んだ。ミリアと電話をするのが、何だか待ち遠しいのである。

 リビングでミリアは、「ええ、本当に? 素敵! 嬉しい!」と歓声を上げながら、飛び跳ねている。相当大きな仕事でも入ったのか、何なのか。リョウは微笑ましくその様を見守った。

 「うん、わかった。絶対大丈夫。……ああ、どうしましょ。」話は事務的な内容では終始しないようだった。ミリアは電話片手にユリのブーケを持ち、くるくると踊っている。「アサミさんありがとう。素敵なお花を。」

 リョウはとりあえず野菜炒めを作り終えると、大皿に盛り、次いでわかめと豆腐を切って味噌汁を創り上げた。

 「ねえ、今度の日曜日、お仕事が入ったの。あのね、元々決まっていた子が、インフルエンザになっちゃって、いけなくなって、ミリアになったの。」興奮冷めやらずと言ったように、ミリアがリョウに抱き付く。

 「ああ、そう。何? でかい仕事なの?」

 「ううん。お店のチラシなの。」ミリアは笑顔で首を振る。「あのね、それでね……。」と言って口籠り、「お迎えに来てほしいの。」と囁いた。

 「お迎え?」リョウは訝る。いつだって現場には電車で行って勝手に帰って来ていた。どこか辺鄙な場所なのかと思い、尋ねると、

 「F駅の前。」すぐ近くである。

 リョウはカレンダーを見ると、レッスンは三件ばかりしか入っていないので、日中で終わる。「その日はレッスン少ねえな。わかったよ。行ってやるよ。」その帰りに携帯電話を買ってやってもいいな、とリョウはふと思いついた。

 「じゃあ、昼間迎え来て!」

 「え、だって。撮影何時に終わるの?」

 「昼間。」

 リョウは顔を顰める。「……アバウトだなあ。」

 「リョウに合わせるから。」

 リョウは不審げに、「俺に合わせて撮影終わるって、あり得ねえだろ。……まあ、わかった。じゃあ、三時ぐれえには、行くよ。」と呟いた。

 「嬉しい!」

 ミリアはそう言って再び抱き付いた。迎えに行くのがそんなに嬉しいのか? 帰りに何かねだるつもりなのか? まあ、何でもいい。高校祝いだ。リョウはミリアを抱き締めると、一緒になってぐるぐると回った。目が回り、テーブルを蹴とばしたので、野菜炒めを盛った大皿もごとごとと踊った。二人はそれを見て、更に声を上げて笑った。

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