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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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六十三章

 しばし言葉も無くLast Rebellionのメンバーは、楽器もそのままに楽屋でへたり込んでいた。久しぶりである、という以前に、肉体の限界まで酷使したライブとなった。リョウの気迫が全てを創り上げたのだ。シュンはふと我に返ると、テーブルの上のミネラルウオーターのペットボトルを手に取り、一気にその半分を飲み干す。

 「……凄かった。」最初に言葉を発したのは、ミリアだった。「お客さん、盛り上がってた。」

 「最後尾に、お前ん所の社長来てたぞ。あの秘書さん連れて。」シュンが腕で口を拭いながら言った。

 「本当?」

 「ああ。これから打ち上げ客も交えてここでやるから、暫くいてもらったら?」

 リョウも笑顔で肯く。

 「うん。言ってくる。」そう言ってミリアはギターのペグを緩めケースに入れると、そそくさと客席へと出て行く。

 「あいつ、元気だよな。ガキだから、疲れねえんだろうな。」リョウがその後姿を見ながら呟く。

 「ガキじゃねえだろ、もう。」シュンがため息交じりに言った。

 「ガキだろ。十五だぞ。」

 「お前はガキと付き合ったのか。」

 リョウは唖然としてシュンを見つめた。そして瞬きを繰り返す。アキも口をぽかんと開けている。

 「聞いたからな。朝っぱらからヤったかヤんねえか、怒鳴り散らして確認したらしいな。」

 リョウは「いや、あの、それは」などと口ごもりつつ、「酒飲んで知らねえうちに、ミリアと寝ちまったんだよ……。ああ、禁酒決意したのに、高校合格したからいいかなって、ちっと油断して、ああ、最悪だ……。」弁解の言葉をもごもごと口にする。

 しかし突如ソファから立ち上がると、「それよりお前がウン十年も昔の女の話をぐだぐだ抜かすから、面倒くせえことになったんだからな! てめえ、責任取れよ! 何で三年後にあいつとヤる約束取り付けるハメになってんだよ、俺は! 人権無視じゃねえか。」とシュンに向かって怒鳴り散らした。どっちが疲れ知らずのガキだ、シュンは呆れる。

 「お前、人権なんて言葉知ってたのか。」アキが目を丸くする。「大したもんだ。」

 「何せ俺は、裁判に出た身だからな。」ふふん、と鼻を鳴らす。

 「三年後ヤろうがヤるまいが、とにかく、お前はミリアと一心同体、一蓮托生なんだから覚悟決めろよ。俺がバラすまでもなく、あいつと、お前は、一生、一緒にいるんだよ。もう、それでいいだろが。」シュンは一語一語区切りながら、言った。

 リョウは座り込むと、ぐったりとソファに再び身を凭れかけさせた。


 燈の点いた客席にはテーブルが並べられ、酒と各種つまみが載せられている。リョウが出て行くと、すぐさまファンが囲み、いつもの談笑が始まった。

 話題は無論リョウの髪、である。

 ファンは改めてリョウを身近に見上げると、こぞって溜息を吐いた。

 「な、何だよ何だよ。」リョウは慌てる。

 「何があったんすか、もう、これからずっと短髪でいくんすか。」一応丁寧に尋ねてはいるが、目線は違う。誰もが批判の、というよりもほとんど糾弾の眼差しで見上げている。まるで罪人の扱いである。リョウは思わず身を潜めた。

 「いや、ちょっと、そのな、ちょっとばかし事情があって、切っただけだから……。」

 「まさか、就活っすか。」リョウに倣ったのであろう、赤い髪を腰まで伸ばした若い男が不満げに言う。

 「いやまさか。」

 「じゃあ、何なんすか。」今度は金髪の男が言う。「……まさか、結婚?」

 「ふざけんな! なあんで俺が髪切ってまで結婚しなきゃあいけねえんだよ。」思わずいきり立つ。

 「そりゃあ、一般的に親御さんは娘を長髪に嫁がせようとは思わねえでしょうし……。」

 「親なんかいねえよ。」思わずリョウはそう口走った。男たちの間に暫く沈黙が訪れた。

 「リョウさん、ご結婚なんですか。」背後から更に女の声がした。

 「だから、違ぇって!」そう言って振り向くと、そこには常連となった女子大生の姿があった。しかしいつもの違うのは、その隣に、背の高い短髪の男が立っている点である。

 「今日のライブ随分久しぶりでしたけれど、本当に素敵でした。これからももっともっと、リョウさんのこと、観たかったな。」

 「何、もう来ないの?」幾分心配そうに問いかけると、女は俯きながら微笑み、「私、今度結婚するんです。」と言う。「この人と。」

 リョウは口をぽかんと開け、「そりゃあ、……おめでとう。」と言った。

 「嬉しい! リョウさんに祝福してもらえるなんて! もう今月いっぱいで、大学卒業したらすぐ、関西の方に行くんです。だからこれからはあんまりLast Rebellion観れなくなっちゃうけれど、ツアーで関西来た時には行きますね。あ、赤ちゃん出来たら行けないかもしれないけど……。」と言って頬を染める。

 「ああ、そうか。」

 客席の遠く離れた所から、ミリアは眉根を寄せながらリョウと女子大生の様子を見ていた。たった今まで社長と次なる仕事の話をしている最中であったが、最早それどころではない。

 呆然と立ち尽くすミリアを社長は暫く面白そうに眺めていたが、「リョウはファンサービスがよいね。」と話しかけたが、ミリアは暫くそれには答えず、ごくりと生唾を呑み込むと「あのね、あのね、あの人、いっつも来るの。お客さんなの。リョウと何しゃべってるの?」

 「何だろうねえ。でも心配することはないよ。」

 「心配する。」ミリアは社長に真正面から向き合う。「だって、あの人、大学に行ってるんだもん。」

 「ふうん、女子大生なんだ。」

 「頭いいの。ミリアと違うの……。」ミリアはそう言って寂し気に背を丸める。

 「大丈夫だよ。だってあの人、ほら、男の人といるよ?」

 ミリアはふと頭を上げる。確かにかつて見たことのない、メタラーとは完全に風貌を異にする男性が彼女の隣で微笑んでいる。恋人、なのかしら――。ミリアは安堵のような羨望のような妙な感覚を覚える。

 「それに、リョウはミリアのことが大好きじゃないか。ライブ中も何度もミリアを見ていた。」

 「そうよ。」温かな微笑みを浮かべていた秘書兼夫人となった大塚も、「リョウさん、いつもミリアさんを気にしていた。」と言葉を継いだ。

 「そんなことないの。」ミリアは伏し目がちになり、「だって……。昨日リョウが酔っ払っちゃって、一緒に寝ただけなのに、朝、怒られた。」唇を尖らせて顔を上げた。

 「あはははは。何て?」

 「ヤってねえよなって。」

 社長は遂に腹を抱えて笑い出す。「凄い男だ、リョウは! なかなか普通の男にそんなマネはできん。」大塚も苦し気に笑い続ける。

ミリアは次第に怒りが思い出されてくる。「ヤってないって言ったら、リョウ、ほっとしたの! 警察に捕まっちゃうところだったって!」

 「真面目なんだなあ。まあ、そこが彼のいい所でもある。」

 「だから十八になったら、ヤるって約束した。」

 社長は目を見開く。「よくそんな約束、取り付けたなあ。ミリアにはあのリョウをほしいままにできる力があるんだな。よい夫婦になるな。」

 「うん。なるの。」

 「じゃあ、未来の奥さん差し置いていつまでも女と喋っているリョウに、ちょっと説教をしてやろうか。」


 リョウの背後から、「いつになったらミリアを妻にしてくれるんだ。」口許に堪え切れないといった笑いを浮かべながら社長が語りかけた。

 女子大生は目を丸くして社長を眺めた。「リョウさん、やっぱりミリアちゃんと結婚するんじゃないですか。」

 「それにゃあ国籍と年齢を超越する必要があるんだが、そこはわかってますかねえ、社長。」リョウは顔を顰めて社長の目の前に歩み寄る。

 「まーだそんな言い訳を。ミリアが高校に受かったら兄妹婚のできるスウェーデンに行って、とっとと結婚してくれるという約束だったじゃないか。」

 ファンはこぞって目を丸くする。「やっぱり?」「そうだったのか。」などという声があちこちから上がる。

 「リョウさん、おめでとうございます。」女が目を輝かせながら言った。

 「ありがとう。」ミリアが女の手を取って、笑顔で握手をする。

 「いや、してねえ。してねえ! 勝手にこいつが、」リョウはミリアを見た。今にも大声上げて泣き出しそうでもあり、怒りに任せ殴りりかかろうとするようでもあるミリアを。「ほら、でもまだ、十五だしな。それに兄妹だしな。」

 「ふーん。そうか、わかった。では考えておくよ。」意味深げに社長は静かな笑みを湛え、「でも、今日のプレイは素晴らしかったね。私はメタルなんぞ今まで聴いたこと、なかったが。」と感心したように肯く。

 「だろ?」リョウは得意気に身を乗り出す。「泣けるだろ? 戦いたくなるだろ? 絶望が愛しくなるだろ?」

 社長は深々と肯く。「CDもそこで、購入させてもらったよ。ミリアからね。いや、ミリアはやはり素晴らしい。私が目を付けただけのことはある。」

 「いやいやいや、俺なんかこいつが六歳の頃から目、つけてたぞ。社長より断然早えからな。俺のが凄ぇ。」

 「たしかに。」社長は素直に頷くと、「だから結婚をするんだもんな。」

 リョウは目を見開き、身を硬直させる。

 「そうなの。」ミリアが嬉し気に社長を見上げた。

 リョウを取り巻いていたファンの間から自然発生的に拍手が上がる。客席の離れた場所で同じくファンと談笑していたシュンやアキが何事かと、リョウを見遣る。

 「どうした、リョウ!」シュンが叫ぶ。

 「あの、ミリアちゃんとの結婚が決まったみたいっす!」ファンの一人が怒鳴った。

 「そうか! 式には呼べよ!」そう言ってシュンはガッツポーズを取った。

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