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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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五十六章

 二人は店を出ると喫茶店に入った。ミリアは紙袋を抱えながら座り、ちらちらと真正面に座ったリョウを見上げる。

 「お前さ、荷物脇に置いたら?」

 ミリアは袋に顔を埋め、「あの、……あの、……どうもありがとう。」と呟くように言った。

 「必要なもんならなんだって買ってやる、って言ってるだろ? 遠慮すんなよ。」

 リョウはそう言って、湯気をくゆらせているブラックコーヒーの入ったカップを持ち上げ、啜る。

 ミリアはミルクティーのたっぷり入ったカップを持ち上げて、そうして再び置き、幸福そうに紙袋を抱き直した。そうして今度ははっきりとリョウの顔を見上げ、言った。「ごめんね。」

 「え?」

 「リョウは一張羅なのに。ミリアばっかり。」

 「一張羅じゃねえよ!」リョウは思わず赤面する。「俺のデスメタルTシャツコレクションがどんだけあるか、知ってんだろ? タンス全部だよ、タンス全部。」

 「でもあれは、ライブやるのに必要だから……。」

 「お前だってそうだろが。結婚式に呼ばれたんだから、小奇麗な服着ていくのが礼儀っつうもんなんだよ。今まで買ってやんなかったのがまずかったぐれえだ。まあ、でも結婚式自体、招待されたこと、なかったからなあ。」

 ミリアは伏し目がちに小さな声で「……ありがとう。」と呟いた。

 リョウはその様を見て、心がほんのりと温かくなるのを感じる。「ミルクティー、冷めるぞ。」

 「うん。あの、それから……。」ミリアの唇が震え出す。

 何かまた出てくるな、リョウはそう思って暫くコーヒーを持ったまま黙って、ミリアを凝視した。

 「……彼氏って、嘘ついてごめんなさい。」と言った。

 リョウはぎくり、としながら小さく背を屈めたミリアを見下ろす。「……まあ、別に、害が、ある訳じゃ、ねえし……。」

 「……店員さんが、リョウのこと、かっこいい彼氏さんですね、って、いっぱい褒めるから、ミリア、……いい気になって。お兄ちゃんですって、言えなく、なって……。」

 そりゃどうも。リョウはそう言おうとして、ミリアのあまりに消え入りそうな声にさすがに、心を痛める。「お前なあ、んなこと気にすんじゃねえよ。三十男が年齢半分のモデルの子とできてるって思われるなんて、凄ぇことじゃねえか。俺もまだまだ捨てたもんじゃねえってことだな。」あははは、と笑おうとしてミリアが一緒に笑ってくれないばかりか、顔も上げないので困惑する。

 「おい、まさか……。」泣いているのか? 言おうとして、リョウは生唾を飲み込んだ。

 返事をする代わりにそろりそろりと上げたミリアの瞳は、やはり涙に濡れていた。

 「おいおいおい。泣くようなことかよ!」リョウは慌ててペーパーナプキンを差し出し、顔を拭かせる。慌てて店内を気まずそうに見渡した。そもそもあまり客はいないので、外で歩いている時のようにミリアに注目する人もいない。それにとりあえず安堵するが、「なんで泣くんだよ。俺が泣かしてると思われんだろうが。ほら、笑え笑え。」と手で頻りに煽りながら、小声で叱咤した。しかしミリアは相変わらず泣き濡れるばかり。

 やがて、「でも本当には、……付き合えないもの。」ミリアは震える声で言った。

 そりゃそうだ、兄妹なんだし。リョウはしかしさすがにそうとは口にできず暫く言葉を喪っていたが、やがて、ふと、結婚しろとせがまれるよりマシではないか、と思いなした。法に触れる心配もなければ、書類が必要なわけでもない。見たことも聞いたこともないスウェーデン語を一から習得する必要もなければ、百万円の渡欧費用もいらない。

 「わかった。じゃあ、付き合おう。」

 そう言うと、ミリアがかつて見たことのない、驚愕とも恐怖とも憎悪ともつかぬ一種壮絶な顔でリョウを見上げた。

 リョウは再び困惑する。「いや、だから、嘘ついちまったって泣くぐれえなら、マジにすりゃあいいんだろ? ダメか?」

 ミリアの肩が激しく上下し出す。

 「ああ、ああ、たしかに、意味わかんねえよな? ただ、お前がそーんなに、あの姉ちゃんに嘘ついちまったって泣く程辛くなるぐれえなら、嘘じゃなくしたらいいかなって、思ってさあ。……ただ、そんだけなんだけど。」

 再びミリアの瞳が潤んでくる。またダメか、今日は地雷ばかりだな、そう思った瞬間、ミリアは紙袋を抱いたまますっくと立ち上がり、腰を屈めてリョウの唇にキスをした。

 目を見開いたのはリョウの方である。柔らかい、幾分冷えた唇が今、確実に自分の唇を押さえつけるようにして触れている。一瞬、自分が今何をしているのかリョウにはわからなかった。頭が真っ白になる。ミリアは唇を離すと、再び何もなかったかのように座り込んだ。紙袋を抱き直す。

 リョウは瞬きを繰り返す。

 「……大好き。」ミリアは濡れた瞳でリョウを見詰め、微笑んだ。「リョウのことが、世界で一番、大好き。」

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